O157感染症の菌学的特性に基づく動向調査に関する研究

文献情報

文献番号
199700769A
報告書区分
総括
研究課題名
O157感染症の菌学的特性に基づく動向調査に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
渡辺 治雄(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 宮島嘉道(秋田衛生科学研究所)
  • 鈴木重任(東京都立衛生研究所)
  • 西正美(石川県保健環境センター)
  • 江部高廣(大阪府立公衆衛生研究所)
  • 井上博雄(愛媛県立衛生研究所)
  • 牧野芳大(大分県衛生環境研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
32,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
腸管出血性大腸菌O157による感染症は,1982年にアメリカで食中毒集団発生事件として発見され,以後,世界中特に先進国で大きな問題を投げかけてきている新興感染症の一つである。わが国に於いては,1990年の浦和の幼稚園における集団事例に於いて一時注目されたが,それ以後年間100例未満の発生であったためあまり関心が向けられていなかった。ところが,1996年5月から,突如として腸管出血性大腸菌O157による集団及び散発の食中毒事件が日本全国で連続的に多数発生した。1996年度には,感染者総数17千にも及び犠牲者12人を出す惨事となった。1997年も集団発生こそ減少したが,散発事例は1996年度と同様な頻度で続いている。なぜこのような急激な発生が起こったのか。根本の汚染源は何なのか。今後の発生の予測ができるのか。多くの疑問点が上げられている。本研究はこれらの疑問点の解明と今後の発生制御に向けて,まず事件を起こした菌の菌学的特性を分子遺伝学的及び生化学的手法を用いて明らかにするとともに今後の動向を調査することにある。  
研究方法
国立感染症研究所と全国の地方衛生研究所との共同研究により以下の研究を行う。1996,1997年に各地方衛生研究所を中心に集団および散発の腸管出血性大腸菌食中毒事例の患者および原因食品ならびその他の食材等から分離され,国立感染症研究所に送付された1,794株のEHECO157を対象として調査した。日本全土の患者,食品,及び環境由来より収集された菌の表現形質として,生化学的性状および毒素型を検査する。遺伝学的性状としては,(1)制限酵素XbaIで菌体DNAを切断後,パルスフィールド電気泳動(PFGE:pulsed-field gelelectrophoresis)を用いてDNA切断パターンの差異を解析する制限断片長多型(RFLP:restriction fragment length polymorphism)法,及び(2)ランダムなプライマーにたいする菌体DNA内の相同性をサーチするrandom amplified polymorphic DNA-PCR(RAPD-PCR)法,を行いDNA上の差異を比較検討し,遺伝型での分類を行う。前者は微生物の染色体を制限酵素により特異的に切断した後、特殊な電気泳動装置を用いて分離、そのパターンを比較することにより、各分離菌の比較を行う。後者は複数のDNA 増幅産物が得られるような条件で、分離菌の染色体 DNA を鋳型として PCRを行いそのパターンを比較する。
結果と考察
EHEC O157:H7が産生するStx毒素は大きく分けて2種類(Stx1,Stx2)報告されているが,1996年度の18 例の集団発生例のうち 6 月に発生した群馬県境町と 10 月の北海道帯広市の 2例で Stx2のみ陽性の菌株があったものの、あとはすべて両者とも陽性であった。PFGEによる解析では、EHEC O157:H7 の染色体 DNA は20 kbから600 kb以上にわたる、20本以上の断片に分けられ、分離菌ごとに様々なパーターンを示した。分類の簡素化のために、100kb 以下、100 kb から 200 kb、350 kb以上の大きさのDNA断片に特徴的な泳動パターンがみられた場合、各領域をそれぞれType I-VIに分類し、その中の細分類を、アルファベット小文字で表わした[例えば、( Ia, I, I ) のように表わした。RAPD-PCR では、増幅されたバンドの大きさが 4.4-kb,2.3-kb, 1.3-kb の共通のバンドがありさらに0.7-kbのバンドの有無により大きくType I,IIの2種類に分類した。また、その中の細分類をアルファベット小文字で表した。PFGE を中心とした分子疫学的手法をもちいることで EHEC O157:H7による集団感染、散発事例由来株の遺伝子型の異同が明かになった。1996,1997年度
に起こった18例の集団発生例を中心に型別すると6つの型に分別できた。集団発生をおこした型の菌と同一パターンを示す一見散発発生例と考えられるケースも認められたが,散発発生例の多くは,上記の6型の範疇には入らず,細かく分別すると200種類以上に分けることができた。1996,1997年に日本全土で発生した腸管出血性大腸菌O157による集団および散発事例は,単一クローンの菌によるものでなく,数多くの異なるPFGEパターンの菌によるものであることを考えると,日本全土における当該菌による汚染度はかなり進んでいることが示唆された。今回の研究で得られた数多くのPFGEパターンの菌が日本全土に存在するという結果は,逆に,短期間に広域的に発生したPFGEパターンが同一である散発事例については,お互いの事件に共通汚染源等の因果関連があることを念頭に置いた組織的な疫学調査を徹底的に行う必要性を示唆するものと考えられる。わが国においては今回のEHECO157事件において初めて疫学調査なる言葉が一般社会にはいり込んだ様なところがある。今後は,事件の調査状況等をできるだけ公開し,一般的に認知される条件を整えるよう実績を積み重ねて行く必要がある。
結論
1996年に入って急激に増加した腸管出血性大腸菌感染症は,PFGE等の分子疫学的解析結果から単一のクロナールな菌による広がりではなく,多様な遺伝型のEHECO157によるものであることが明らかになった。この事は,我が国は当該菌による汚染がかなり進んでいることを表している。今後とも集団及び散発事例の発生が予測されることから,十分なる行政対応とともに,菌学的動向調査を続けることにより汚染源の調査に役立てる必要がある。

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