人工免疫グロブリン等の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700765A
報告書区分
総括
研究課題名
人工免疫グロブリン等の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
松浦 善治(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 石井孝司(国立感染症研究所)
  • 鈴木哲朗(国立感染症研究所)
  • 井原征二(東海大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
58,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国には百万人以上ものHCVキャリヤーが存在し、さらにHCV感染と肝癌発症の相関が血清疫学的に証明されており、既感染者の発症予防やウイルスの排除法の確立が強く望まれている。非常に稀ではあるが、慢性C型肝炎からインターフェロン(IFN)等の治療なしに自然に治癒することがある。この様な例ではエンベロープ蛋白が哺乳動物細胞へ結合するのを阻止する抗体(結合阻止抗体)が高率に出現することから、この抗体がHCVの生体からの排除に重要な役割を演じていることが示唆された。そこで、この様な中和活性を持った人工免疫グロブリンを遺伝子組換え技術で大量に供給できれば、有効性や副作用等の問題の多いインターフェロン治療以外に未だ打つ手のない、C型肝炎対策に極めて有望な手段になるものと思われる。人工抗体はこれまでに、血小板凝集阻害剤や非ホジキン病の抗体医薬として有効であることが示されている。これらの抗体はヒトとマウスのキメラ抗体であり、繰り返しの使用はできなかった。そこで"キメラ抗体"でも"ヒト化抗体"でもないHCVの感染を中和できる"ヒト抗体"を作製し大量に供給できれば、HCV感染者にとって福音となると思われる。
研究方法
HCVのエンベロープ蛋白を持続的に分泌発現できる哺乳動物細胞株の樹立を試みた。また、E1 及び種々の変異体の遺伝子を作製し、プラスミドpJW4303のCMVプロモーターの下流に挿入した。これらのプラスミドをヒト由来細胞 293T に正電荷リポソームを用いてトランスフェクションして発現させ、その細胞内での存在様式を解析した。また、種々の目的蛋白を発現させた後に小胞体 (ER)フラクションを分離し、プロテアーゼ消化を行ってトポロジーの解析を行った。
細胞へのHCVエンベロープ蛋白の結合阻止活性を指標に抗体ライブラリーをスクリーニングする前に、実際にHCV抗体産生クローンが選択できるかどうかを調べるため、HCV感染者が高率に抗体を有することが知られているNS3蛋白に対する抗体のスクリーニング用抗原を大腸菌発現ベクターを用いて作製した。
高い結合阻止抗体価を示し、慢性C型肝炎の自然治癒された方からインフォームドコンセントを得て、末梢血から B リンパ球を分画しRNA を抽出した。Touch down PCR でIgG 抗体遺伝子のL 鎖の全領域及び H 鎖の Fd 領域を増幅し、 L 鎖と H 鎖 Fd のDNA 断片を発現ベクターFab-1にクローニングした。抗体分子はM13ファージの第III遺伝子産物との融合蛋白としてファージ粒子表面に発現される。パンニングを三回繰り返し、反応性の高いクローンを濃縮し、ファージから DNA を回収し、L 鎖と H 鎖の両方を含んだ断片を Fab-His ベクター(Fab-1からGIIIを除いたもの)にクローニングし、コロニーから産生される抗体の活性を ELISA 法で調べた。陽性サンプルを結合阻止アッセイにかけてエンベロープ蛋白が哺乳動物細胞へ結合するのを阻止する活性を調べた。
結果と考察
エンベロープ蛋白を持続的に分泌発現できる哺乳動物細胞株を樹立し、エンベロープ蛋白を大量に安定供給できる系を確立できた。レセプターとの結合やウイルス中和抗体のターゲットになるなど主要な役割を果たしているのは E2 であるが、もう一方のエンベロープ蛋白であるE1 の機能については不明な点が多い。E1 のER膜上での存在様式に関して解析を行ったところ、インタクトな E1 及びC端から10アミノ酸を欠失させた変異体はERに留まっていたが、23アミノ酸を欠失させると細胞表面に移行するようになり、43アミノ酸を欠失させると細胞外へ分泌されるようになった。また E1 の中央にある疎水性アミノ酸のクラスター27アミノ酸を欠失した場合も細胞表面へ移行した。これらの結果より E1 には細胞膜貫通部位が2カ所あると推定されたため、細胞質ドメインと推定される領域の2カ所の糖鎖付加部位に変異を導入したが発現産物に変化は見られず、これらの部位は糖鎖が付加しないことから、細胞質に存在することが明らかとなった。また ER フラクションのプロテアーゼ消化により、分子量が小さくなった蛋白が検出されたことからもE1には細胞質ドメインが存在することが強く示唆された。アルファウイルスは HCV と同様にエンベロープ蛋白がヘテロダイマーを形成し、そのE2蛋白は今回推定した構造と同様の構造をとり、細胞質ドメインでヌクレオキャプシドと結合して粒子形成を行っていることが示されている。HCV については現在まで粒子形成の具体的なメカニズムは不明であるが、E1 とコア蛋白が細胞内で結合するという報告があり、また最近HCVの構造蛋白をバキュロウイルスを用いて昆虫細胞で発現させることにより中空粒子を作製できることが報告されている。この中空粒子は人工抗体作製の抗原として用いるのに最適であるが、現在の所はまだ非常に生産量は低レベルである。我々の行っている解析はHCVの粒子形成のメカニズムを解析する上で重要な情報を提供できるものと期待される。人工抗体作製のためには HCV エンベロープ蛋白に euthentic な構造をとらせ、それを認識できる抗体の作製が重要であるるため、エンベロープ蛋白とコア蛋白と相互作用の可能性について現在検討を進めている。
大腸菌発現ベクターを用いてHCV NS3全体あるいはNS3のN末端側を発現させた。C型肝炎の抗体診断に関する研究から、この領域とオーバーラップするaa 1192 - 1457を抗原としたC33c抗体はHCVキャリヤおよび慢性肝炎患者で高い抗体価を示す傾向があることが知られている。得られたNS3蛋白は、ファージデイスプレーライブラリーからHCV抗体産生クローンのスクリーニングに有用であると思われる。
L 鎖の全領域とH 鎖のFd 領域を Touch down PCR で増幅し、発現ベクターにクローニングし、抗体ライブラリーを作製した。 このライブラリーにM13ファージを感染させ、抗体を提示したファージを回収した。これを HCV 蛋白を抗原にしてパンニングを三回繰り返し、反応性の高いクローンを濃縮し、ファージから DNA を回収した。これを Nhe1とNot1で切断し、L 鎖と H 鎖の両方が入っている断片を別の発現ベクターにクローニングし、各コロニーから産生される抗体の活性を ELISA 法で調べたが、今のところ高い活性を示すものは得られていない。ファージディスプレイ法はヒト抗体遺伝子をクローニングする新しい技術として登場し、ここ数年間で各種抗体の分離に応用されてきた。我々は独自にこのシステムを構築し、HCVの組換え抗体の作製を試みているが、最大の問題点は入手可能な血液が、数十mlしか無い点である。そこで少量のRNAでもプライマーと鋳型のアニーリングが効率よく起こる"Touch down PCR"を用いることにより、増幅産物が効率よく得られる様になった。しかしながら、大きなライブラリーを作製することや、パンニングの効率を上げることがが今後の課題と思われる。
結論
HCVエンベロープ蛋白を持続的に分泌発現できる哺乳動物細胞株を樹立し、本研究で要となるエンベロープ蛋白を大量に安定供給できる系を確立した。HCVのエンベロープ蛋白と水泡口内炎ウイルスのエンベロープ蛋白とのキメラ蛋白を作製し、HCVエンベロープ蛋白に存在する小胞体残留領域を同定した。抗体ライブラリーの陽性対照として、HCV蛋白の中で最も免疫源性が高いNS3蛋白の対する抗体の検出用にNS3蛋白を多量に発現精製した。高い結合阻止抗体価を示し、慢性C型肝炎から自然治癒したヒトの末梢リンパ球からファージデイスプレーライブラリーを作製し、結合阻止活性を指標にして選別を試みたが、今のところ高い活性を示すものは得られていない。

公開日・更新日

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