酸素運搬機能を有する人工赤血球の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700764A
報告書区分
総括
研究課題名
酸素運搬機能を有する人工赤血球の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
北畠 顕(北海道大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 佐久間一郎(北海道大学医学部)
  • 藤井聡(北海道大学医学部)
  • 仲井邦彦(東北大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
55,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
セルフリーHb修飾体を用いた酸素運搬体の開発は、欧米で臨床試験の最終段階にあり、獣医向け製品では既に臨床使用が許可されている。セルフリーHb修飾体は腎毒性など重大な副作用は見られないものの、臨床試験が進む中で血管収縮、腸管収縮、血小板活性化作用があることが相次いで判明した。NOは血管内皮依存性の弛緩、腸管運動の制御、血小板凝集抑制において重要な機能を担っており、HbのヘムによりNOが不活性化されることがその原因と考えられている。そこで本研究班では、まず各種Hb修飾体のNO消去能をラット単離拍動心で検索した。一方、最近Hbのベータ鎖システイン残基が低分子チオール存在下にNOを可逆的に結合・放出し、HbはNOのキャリアーとしても機能しうることが示されつつある。本研究斑はそこに着目し、HbによるNO不活性化に伴う副作用の軽減を目的とし、Hb修飾体のヘムを保護したままベータ鎖S-ニトロソ化したSNO-Hbの作製を試みた。そして、新たに作製されたSNO-Hbを用いて、麻酔下ラットで循環動態への影響を計測し、血中および脳内NO濃度を経時測定するとともに、血小板活性化を検索した。さらに、臨床応用上重要となる血中滞留時間の延長とNO放出作用とを合わせ持つ新たなHb修飾体として、PEG修飾HbをS-ニトロソ化したSNO-PEG-Hb作製を試みた。また、人工酸素運搬体の新たな機能評価法として、脳内ミトコンドリア内酸素濃度を特殊色素を用いて把握し、酸素供与能を検索する方法の応用を検索した。
研究方法
単離拍動心における各種Hb修飾体のNO消去作用は、ラット摘出心をLangendorff法で定流潅流し、冠潅流圧をモニターし、ブラジキニンによる内皮依存性冠動脈拡張を評価することにより検討した。各種Hb修飾体の生体内作用は、ウレタン麻酔下のラットで血圧をモニターし、マイクロダイアリシス法を用いて脳内、さらに採血した血中NO動態を、HPLCを用いたNO2-/NO3-濃度計測により把握した。採血した血液より血小板を分離し、レーザー散乱光を用いた血小板凝集計で血小板凝集能を、フローサイトメーターを用いた方法で血小板活性化を、さらにELISA法およびRIA法で血小板cGMP濃度を検討した。SNO-Hb作製にあたり、Hbはヒト期限切れ赤血球またはウシ新鮮赤血球から限外ろ過法により作成した。NO供与体としては、亜硝酸およびグルタチオンより自家製造したニトロソグルタチオンまたはDojindo製ニトロソグルタチオン、Dojindo製ニトロソシステイン、亜硝酸イソアミルを使用した。Hb濃度を50mMとし、0.1Mリン酸緩衝液(0.5mM EDTA)中にてNO供与体と室温で混合した。HbとNO供与体のモル比は1:5-10とした。 蛋白質に結合したNOの解析は、試料をHPLCゲルろ過カラム(Eicompak GFC-200またはTSK-GEL SW4000XL)を用いて移動相10 mM 酢酸緩衝液(pH5.5)、0.1mM EDTAにて分離、ポストカラムにて1.75mM HgCl2を混和後、1% sulfanilamide、0.1% N-naphthyl-ethylenediamine、2%リン酸により亜硝酸を発色させ、540nmの吸光度にて定量した。 HbへのPEG修飾は、日本油脂製サンブライトDEAC-30HS(平均分子量2956のアミノ基結合型修飾剤)を用い、50mMリン酸緩衝液(pH8.0)にて、Hb濃度0.25mM、Hb(テトラマー)とPEG修飾剤のモル比1:20で氷温下2時間反応させた。このPEG-HbへのNO付加はNO供与体としてニトロソグルタチオンを用い、室温で10時間反応させた。 脳における酸素供給能は、フェノバルビタール麻酔下ラットにおいて、ヘモグロビンおよびチトクロームの酸素化度を近赤外分光測定を用いて解析した。
結果と考察
心臓における各種Hb修飾体のNO消去作用は、Hbの分子サイズが小さいほど強かっ
た(stroma free Hb(SFH)PEG-Hb > NRC)。SNO-Hb製作にあたり、NO供与体として、ニトロソシステイン、亜硝酸イソアミルを用いた場合、Hbのメト化が急速に進行し、低分子チオールとしてグルタチオンを加えるとメト化はかなり抑制されるものの、5-10%のHbがメト化した。一方、ニトロソグルタチオンをNO供与体とした場合、Hbとのモル比が1:10以下であれば室温で12時間反応させてもHbメト化は認められず、NOはHbのシステイン残基に選択的に結合した。Hbに結合したNOは低分子チオールを透析で除去しても、少なくとも12時間はHbに結合し安定であった。 ニトロソグルタチオンによるNO付加は室温でゆっくりと進行し、またpHが高いほど効率良く結合した。pH8.5、室温12時間の反応で、Hbテトラマー当り1.6個のNO分子が結合し、Hb表面の反応性システイン残基はテトラマー当り2残基と考えられるので、S-ニトロソ率はおよそ80%と算出された。 また、HbへのPEG修飾により、分子量100 kda以上のマクロHbが作製され、さらにこのPEG-HbへのNO付加により、SNO-PEG-Hbを作製することが可能であることが示された。 各種Hb修飾体の循環動態への影響では、SFH 125mg/kg静注では血圧が28mmHg上昇したが、SNO-Hb 125mg/kg静注では9mmHg低下した。その際、SFHでは脳内のNO2-/NO3-が減少し、SNO-Hbでは血中NO2-/NO3-が増加した。また、ラットでの血小板機能評価では、SNO-Hbの血小板凝集惹起作用が著しく弱いことが確認された。NRCを用いてラットを交換輸血した場合、50%および80%置換(最終Hb濃度は75%および60%となる)でも脳における酸素供給は良好に保たれていた。ただし、血圧は置換開始後10-20% 上昇した。考案として、心臓における各種Hb修飾体のNO消去作用は、Hbの分子サイズが小さいほど強かったことから、人工赤血球では分子サイズをより大きくすべきであると考えられる。NO消去作用の機序としては、培養内皮細胞を用いた実験から、小分子のHbが内皮細胞間に入り込むことを想定している。SFH静注では 血圧が上昇するが、SNO-Hbでは低下し、血小板凝集能活性化が抑えられた。SNO-Hb静注時、NO代謝物が血中で上昇したことから、 SNO-Hbは血中でNOを放出することが示唆される。このSNO-Hbの特徴は、特に臨床上血管内皮機能が傷害されNO生成が低下する糖尿病・高脂血症などの病態において、人工赤血球の素材として望ましものと考えられる。
SNO-Hbの作製に関しては、ヘムの酸化を引き起こすことなくHbのベータ鎖システイン残基のS-ニトロソ化が可能であり、また作成したSNO-HbのNOの半減期はかなり長く、SNO-Hbを実験的に製造が可能であることが示された。NO供与体としては、生体内で存在すると予想されるNO結合低分子チオールであるニトロソグルタチオンとニトロソシステインを検討したが、後者では機序は不明であるがNOによるHbのメト化が著しく、供与体はニトロソグルタチオンが適当と判断された。NO結合効率とメト化生成率は、pH条件、酸素の存在、時間、温度などさまざまな条件で規定されると考えられ、中規模スケールでの応用に向け今後とも詳細なデータ収集が必要と思われる。 PEG-HbへのS-ニトロソ化を検討する目的で、アミノ基を特異的に修飾するPEG鎖により独自にPEG-Hbを作成し、さらにシステイン基へのS-ニトロソ化を行い、SNO-PEG-Hbの作成に成功した。マクロHbへのS-ニトロソ化は新しいセルフリーHb修飾体として有用と思われるが、PEG-Hbの分子量分布は結合PEG鎖数や結合状態により広がりをもっており、また今後はHb分子間重合を加える予定であり、PEG修飾法とその後のS-ニトロソ化についてより詳細な評価を行う必要がある。 一方、NRCは80%置換でも脳において酸素を供給できることが確認され、この性質は人工赤血球として臨床上有用と考えられる。
結論
心臓における各種Hb修飾体のNO消去作用は、Hbの分子サイズが小さいほど内皮細胞間に侵入し易く、強くなるので、人工赤血球としてはより分子サイズの大きなものが望ましいと考えられる。SNO-Hbは血中でNOを放出し、血圧をむしろ低下させ、血小板活性化も抑制すると考えられ、人工赤血球の素材として、特にNO生成が低下する病態において、臨床上有用であるとが示唆された。また、血中滞留時間のより長いPEG-HbがS-ニトロ化されたSNO-PEG-Hbは、臨床上有望と考えられた。今後、Hbを分子間重合したより分子サイズの大きなHb修飾体を作製し、さらにS-ニトロソ化を加える予定である。一方、NRCは脳における酸素供給能が良好であり、臨床上有用であることが確認された。

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