酸素運搬機能を有する人工赤血球の創製とその評価に関する研究

文献情報

文献番号
199700763A
報告書区分
総括
研究課題名
酸素運搬機能を有する人工赤血球の創製とその評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
土田 英俊(早稲田大学理工学部)
研究分担者(所属機関)
  • 関口定美(北海道赤十字血液センター)
  • 小林紘一(慶應義塾大学医学部)
  • 西出宏之(早稲田大学理工学部)
  • 武岡真司(早稲田大学理工学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
100,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、血液に匹敵する酸素輸送能と溶液レオロジーを持ち、且つ毒性が低く所定の安定度を満足する人工赤血球(酸素輸液)の創製を目指すものである。このため、品質と安全が保証できる製造工程を確立し、物性と機能の規格を明らかにすると共に、in vitro、in vivo試験による酸素輸送効力と安全性の厳密な評価を経て、改善と選定を重ね臨床試験に適合する人工赤血球としてこれを完成させる。
具体的には、長期間安定保存でき且つ高い酸素輸送能を持った酸素輸液を構成できる二つの候補、「細胞型」ヘモグロビン製剤(Hb小胞体)と「完全合成系」リピドヘム集合体を対象とし、無菌操作で確実に動物試験に供与できる量(実験室規模)の製造体制を整える。また、溶液物性や酸素親和度など基礎物性を確定すると共に、免疫細胞系に及ぼす影響についても検討する。更にこれらを動物に投与して酸素輸送効力を評価すると共に、肝臓の微少循環系における細胞型、非細胞型ヘモグロビンの生理作用の相違の解明することを目的とした。
研究方法
ヘモグロビン小胞体では、原料となる感染のない精製ヘモグロビンの製法確立と、その効果的プロセスを加熱処理と限外濾過処理を組合せた方法で行った。また、BMM膜を用いたパルボウイルスの除去効率を評価した。二酸化炭素によるpH制御法とカセットホルダー式連続型エクトルーダーを用いて、ヘモグロビン濃度(35wt%超)を含む小胞体の調整条件とこの連続プロセスの確立を行った。ストップトフローフラッシュホトリシス法を適用して酸素結合解離反応動力学を解析し、酸素輸液の構造と酸素親和度との相関を明らかにした。滴定型微小熱量計を用いて小胞体表面修飾時の熱量分析から修飾剤導入の安定度を測定した。免疫系への影響は、全血、単球及び好中球を用いたサイトカインと活性酸素の産生量から評価した。
完全合成系リピドヘムについて、原型構造(ヘム)の修飾から部分の化学修飾と活性変動の関連、最適ヘム化合物の特定と製造プロセスおよび合成プロトコールの確立を行い、溶液物性と酸素運搬量から、ヒト血液と同量の酸素運搬ができるリピドヘム量を確定した。更に、アルブミンにリピドヘムを導入させる方法を確立して、酸素輸液としての基本物性を評価した。
出血性ショックモデル(ラット、ウサギ)を用いて酸素輸液投与による回復試験を行い、血液学、血液生化学、および血液ガスに関する各種パラメータの計測、吸気-呼気酸素濃度格差から酸素運搬量と消費量の算出、微小酸素電極による組織酸素分圧(腎皮質、骨格筋)測定から酸素運搬効力を評価を行った。更に、肝微小循環系でのNADH代謝挙動の蛍光顕微観測から細胞内への酸素輸送の様子を観測、ヘムオキシゲナーゼ活性及びビリルビン濃度の推移から代謝過程を検討し、細胞型の安全性を実証した。
結果と考察
ヘモグロビン小胞体の研究では、1)20L規模のヘモグロビンの精製工程を確立、2)小胞体製造の連続プロセス装置(6L調整)を試作、短時間で80%以上の高収率の調整が出来ることを確認した。3)酸素結合解離反応動力学の解析のための新装置(ストップトフローフラッシュ法)を考案して、細胞型は非細胞型よりも酸素結合解離速度が遅くなることを具体的数値として表示できた、4)微量熱量分析から小胞体表面の修飾過程と安定度を計測、最適な修飾条件と成分を設定した。また、表面修飾による凝集抑制効果を微小循環観測から確認できた。5)貪食細胞にヘモグロビン小胞体を貪食させ、放出サイトカインや活性酸素の産生が増強されるなど、貪食細胞の機能に影響を与えていることが明らかとなった。
他方、完全合成系リピドヘム小胞体については、新しいヘム誘導体を合成し酸素結合状態との関連から錯体寿命に延長を認め、7)ヘム製造及び製剤化の過程について見通しを付け、現在10g単位の合成手順を検討している。また、アルブミンにヘムを複数(~8個)担持させたアルブミン-ヘムに関して基本物性を測定し、酸素輸液として評価した。
出血ショック状態の動物への投与による回復試験は、8)血液学、血液生化学、血液ガスなどの各種パラメータ計測と微小酸素電極による組織酸素分圧測定から、酸素輸送効力の評価は見通しがほぼできた。また、アルブミン-ヘムも末梢組織に酸素を輸送していることが確認された。9)非細胞型の修飾ヘモグロビンを合成して、微小循環系における収縮血管の特定と血圧上昇作用との関連に関する予備的知見を得た。10)肝微小循環系での細胞内への酸素輸送の確認、ヘムオキシゲナーゼ活性及びビリルビン濃度の推移から、細胞型ヘモグロビンは非細胞型とは異なり、血管収縮せずに肝組織に酸素を充分輸送し、更にヘムオキシゲナーゼ活性やビリルビン濃度に大きな変化を与えないことが明らかになった。 赤血球と同様の細胞型構造を持つヘモグロビン小胞体では、溶液物性(粘度、膠質浸透圧、酸素親和度)は血液の値に調節することができる。また、非細胞型ヘモグロビンはその大きさが数nmであるが、ヘモグロビン小胞体では200~250mmである。この相違によりヘモグロビンは肝臓の類洞血管の小孔(100~150mm)を前者は用容易に透過してDisse腔や肝実質細胞に取り込まれ、生理作用(一酸化炭素捕捉による血管収縮やヘム代謝によるビリルビン排泄量の増大)を引き起こす。他方、細胞型の生理作用は赤血球と同等であり、これは小孔を透過しない機序によるものと思われた。また酸素放出速度では、非細胞型は赤血球よりも二桁速く、これが体内酸素分布や血流分布に変化を招来すると指摘されている。今回細胞型は非細胞型よりも1桁遅いことが確認され、循環動態の観測結果が待たれる。
分子集合を厳密に制御したヘモグロビン小胞体やリビドヘム集合体では、その製造工程が煩雑となるためことが非細胞型と比較した弱点と考えれていた。しかし今回、制御条件の確定により分子集合は極めて再現性高く、自発的に起こることが明らかとなり、集合挙動に関する基礎知見を集積することができた。これを利用して、具体的な量調整の装置化まで踏み込むことができた。また、加熱処理と限外濾過処理工程を組み合わせるヘモグロビンの精製工程は短時間で収率も高く、ウイルスの高い除去率が期待できる。
アルブミン-ヘムに関しても、酸素輸液としての基本物性を満足することが確認され、しかも8個までヘムを担持できることから、ヘモグロビンよりも高い酸素輸送効力が期待できる。
出血ショック状態の動物にヘモグロビン小胞体やアルブミン-ヘムを投与することにより、赤血球投与群と同等に低酸素状態が回避されることから、酸素輸液としての効力は確認できた。今後安全性を含めた動物試験成績を集積して行く予定である。また、細胞型酸素輸液の課題は、細網内皮系(貪食細胞)への捕捉(速度、量)とその機能に与える影響を明らかにすることである。今回その予備的知見が得られたものの、その結果を評価すると共に、今後細網内皮系への取込を回避できる表面修飾法を検討する。
結論
ヘモグロビン精製法やリピドヘム合成法、およびこれらを利用した酸素輸液の製剤工程について目途を付けることができた。また、酸素輸送動力学、分子集合挙動、貪食細胞の機能、微小循環動態に関する測定法を確立して、酸素輸液の評価を行った。酸素輸液を動物に投与して酸素輸送効力を実証、微小循環系における細胞型、非細胞型ヘモグロビンの生理作用の相違を解明した。

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