文献情報
文献番号
199700762A
報告書区分
総括
研究課題名
人工血小板の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
池田 康夫(慶應義塾大学医学部内科)
研究分担者(所属機関)
- 谷下一夫(慶應義塾大学理工学部)
- 末松誠(慶應義塾大学医学部)
- 高橋恒夫(東京大学医科学研究所)
- 山口隆美(名古屋工業大学大学院)
- 半田誠(慶應義塾大学医学部)
- 村田満(慶應義塾大学医学部)
- 武岡真司(早稲田大学理工学部)
- 池淵研二(北海道赤十字血液センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
100,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
血小板輸血は、癌・造血器腫瘍などの治療や、外科手術における欠くことの出来ない補助治療法として非常に重要な位置を占めており、現在その使用量が年間約10%も増加していることや、21世紀に於ける医療の展開を考えるとき、その重要性は一層増すことが予想される。しかし、血小板輸血には解決すべき2つの大きな課題がある。一つはその需要の増加と血小板の短い保存期間(72時間)の為に起こる供給不足・緊急時供給体制の不備であり、もう一つは他の血液製剤と同様、血小板製剤による輸血後のウィルス感染症をはじめとする輸血副作用発現の危険性である。緊急時にも使用可能で、かつウィルス感染症などの副作用発現の危険性を回避し得る人工血小板・血小板代替物の開発・臨床応用は21世紀の医療の当然目指すべき方向である。本研究の最終目的は臨床使用可能な人工血小板・血小板代替物を創製することであり、血小板減少時の出血の治療・予防に対して血小板輸血に代わり得る有効な血小板代替物を作るための道筋を示すことである。
研究方法
人工血小板・血小板代替物創製を目指して本研究班では、2つの基礎研究理論を重視した。即ち、血栓止血学であり、流体力学である。血栓止血領域における申請者らのこれまでの研究から、止血における重要な反応は、障害された血管部位に露出した血管内皮下組織中のフォン・ビルブランド因子(vWF)を標的にした血小板の粘着であり、その反応には、血小板膜糖蛋白GPIb/IX複合体が関与している。そこでまず、vWFの結合部位を含むGPIbαを遺伝子組み換え体として精製し、リポソームに固相化し、その機能評価を試みた。一方、流動状態下で血小板が、内皮下組織中に存在するコラゲンとどのような機序で粘着するかについて分子レベルでの解析を行った。リポソームを担体として止血に重要な機能蛋白を固相化することと並行してGPIbαの化学的重合体の作成、さらにアルブミン重合体を担体とした機能蛋白の固相化を試みた。流体力学理論に基づく人工血小板の最適設計に関して、実験的、理論的研究を計画した。ラット腸間膜微小循環系を用いた生体観察系において超高速超感度ビデオ撮像システムを使い、血管内における血小板動態を観察した。種々の血流・血管表面の状態における血小板の動きに関する理論的研究としては、スーパーコンピューターを用いた計算流体力学の手法により、微小粒子と血液の流れの相互作用の解析を行い、また、血管表面近傍の微粒子の運動の計測方法の開発が試みられた。
結果と考察
結果=血管内皮下組織中に存在するコラゲン、フォン・ビルブランド因子(vWF)を標的として、それに粘着し得るリポソームの作成を試み、その評価をまず行った。 ヒトGPIbαのvWF結合部位を含む遺伝子をベクターに組み込み、CHO細胞に移入、培養上清中に可溶性45kD蛋白としてGPIbαを得、トロンビン結合カラム等により精製を行い、リポソームに固相化した(GPIbα- liposome). (池田・村田)
平均粒子径は200~300nmであり、リン脂質濃度/蛋白濃度は1.4mg/1mgであった。GPIbα-liposomeはリストセチン存在下、vWFがこれに結合することにより、リポソーム同志の凝集がみられるばかりではなく、ヒト血小板ともvWFを介して凝集し得ることが示された。さらにGPIbαの変異体のうち、239番目のアミノ酸置換の組換え体(M239V)は正常型に比べ、その機能がはるかに強いことを見出した。(村田)
また、静止系であるが、固相化されたvWFへGPIbα-liposomeは粘着した。流動状態下での粘着が同様に認められるかは、現在検討中である。半田らは彼らが独自に開発した微量質量センサーを組み込んだ流動状態下血小板粘着連続測定法ならびに近年広く用いられるようになった蛍光顕微鏡と連動した連続画像解析装置を用いて、血管内皮下組織のもう一つの主成分であるコラゲン(type I)への血小板粘着を検討した結果、血小板膜α2β1インテグリンとコラゲン相互作用とGPIbαとコラゲンに結合しているvWFとの相互作用が共に重要であることが確認された。一方、生体内半減期の短さ、単球などによる貧食など、リポソームのもつ担体としての問題点も指摘されており、事実、リポソームがヒト単球、好中球により貧食されると炎症性サイトカイン産生、活性酸素の産生などが起こることが報告された。(池淵)リポソームを担体として用いる人工血小板/血小板代替物ではなくて、他の蛋白重合体に止血機能を付加する試みとして、vWFのレセプターであるGPIbαを化学的に重合させ、vWFとの反応性について等温滴定型微小熱量分析計を用いて定量を試みた。即ち反応性の異なる置換基を両末端にもつポリエチレン グリコール(PEG)を合成し、高分子量のスターチにGPIbαを結合させ、GPIbα-PEG-starch
を得た。この複合体はリストセチン存在下でvWFと結合した。(武岡)末松等は、ラットの腸間膜微小循環系を用いた生体観察系において超高速超高感度ビデオ撮像システムを駆使し、血管内における血小板密度、対赤血球速度を解析し、shear rateの高い細動脈側の内皮細胞近傍では、中心部に比べ、血小板密度が高く、内皮周辺で血小板のローリング、一過性の粘着などが起こっていることを明らかにした。エンドトキシン処理でこの現象は一層著明となるが、この反応は、抗P-selectin抗体で抑制された。血管表面での血小板の運動、種々の血流状態での血小板と血流の相互作用の解析について、山口らは、スーパーコンピュータを用いた計算流体力学の手法により、微小粒子と血漿の流れの相互作用に関する解析は、これまで彼らが開発してきた血流と血管内皮細胞の相互作用に関する計算システムを利用して行うことが可能であることを明らかにした。谷下らは血管表面近傍の微粒子の運動の計測方法の開発を行った。血管内皮細胞のミクロレベルの形態の変化が細胞近傍の流れに影響を及ぼし、その流れが微粒子の運動を支配するからである。実際の内皮細胞の形態を測定して拡大モデルをつくり、トレーサ懸濁法で流れ場を可視化した。作動流体としてチオシアン酸カリウム飽和水溶液を用い トレーサ粒子としてシリカビーズを使用した。トレーサ粒子の軌跡を観察し、流跡像をコンピュータに取り込み、流速ベクトルを算出するというものであり、この方法は人工血小板の運動の計測に用いることが出来ることが明らかとなった。本研究班では、このほかやや方向性を異にしたアプローチとしてヒト血小板の凍結乾燥へむけてその最適条件の設定、巨核球系細胞のex vivo増殖や、血小板様小体の産生を検討する基礎研究を行った。ヒト血小板の凍結感受性は、他の血球と比較し感受性が高いこと、冷却速度は1℃/分以下が機能の維持に必要なこと、しかし最適条件下においても半分の細胞集団が細胞機能、膜蛋白GPIb等を失うことがあきらかになった。また、細胞浮遊液単独では凍結過程において氷晶形成後、共晶による塩析がみられるが、DMSOを濃度をあげていくことによりこの塩析は抑制された。また高分子ポリマーを添加することにより塩析は減少し、一方ガラス転移温度は著しく上昇したという結果が得られた。(高橋)
また、池淵はヒト造血系細胞を培養し、止血機能を有する血小板様粒子が作成出来るかについて基礎検討を行った。巨核球系細胞株(CMK)の分化誘導により、GPIbα発現増加がみられ、血小板様粒子の産生もみられたが、その条件下で、細胞増殖は十分ではなかった。ヒト末梢血由来CD34陽性細胞を種々の造血因子存在下で培養を試みたところ、トロンボポエチンの添加により、巨核球系細胞数は増加し、一部は巨核球形態を示した。
平均粒子径は200~300nmであり、リン脂質濃度/蛋白濃度は1.4mg/1mgであった。GPIbα-liposomeはリストセチン存在下、vWFがこれに結合することにより、リポソーム同志の凝集がみられるばかりではなく、ヒト血小板ともvWFを介して凝集し得ることが示された。さらにGPIbαの変異体のうち、239番目のアミノ酸置換の組換え体(M239V)は正常型に比べ、その機能がはるかに強いことを見出した。(村田)
また、静止系であるが、固相化されたvWFへGPIbα-liposomeは粘着した。流動状態下での粘着が同様に認められるかは、現在検討中である。半田らは彼らが独自に開発した微量質量センサーを組み込んだ流動状態下血小板粘着連続測定法ならびに近年広く用いられるようになった蛍光顕微鏡と連動した連続画像解析装置を用いて、血管内皮下組織のもう一つの主成分であるコラゲン(type I)への血小板粘着を検討した結果、血小板膜α2β1インテグリンとコラゲン相互作用とGPIbαとコラゲンに結合しているvWFとの相互作用が共に重要であることが確認された。一方、生体内半減期の短さ、単球などによる貧食など、リポソームのもつ担体としての問題点も指摘されており、事実、リポソームがヒト単球、好中球により貧食されると炎症性サイトカイン産生、活性酸素の産生などが起こることが報告された。(池淵)リポソームを担体として用いる人工血小板/血小板代替物ではなくて、他の蛋白重合体に止血機能を付加する試みとして、vWFのレセプターであるGPIbαを化学的に重合させ、vWFとの反応性について等温滴定型微小熱量分析計を用いて定量を試みた。即ち反応性の異なる置換基を両末端にもつポリエチレン グリコール(PEG)を合成し、高分子量のスターチにGPIbαを結合させ、GPIbα-PEG-starch
を得た。この複合体はリストセチン存在下でvWFと結合した。(武岡)末松等は、ラットの腸間膜微小循環系を用いた生体観察系において超高速超高感度ビデオ撮像システムを駆使し、血管内における血小板密度、対赤血球速度を解析し、shear rateの高い細動脈側の内皮細胞近傍では、中心部に比べ、血小板密度が高く、内皮周辺で血小板のローリング、一過性の粘着などが起こっていることを明らかにした。エンドトキシン処理でこの現象は一層著明となるが、この反応は、抗P-selectin抗体で抑制された。血管表面での血小板の運動、種々の血流状態での血小板と血流の相互作用の解析について、山口らは、スーパーコンピュータを用いた計算流体力学の手法により、微小粒子と血漿の流れの相互作用に関する解析は、これまで彼らが開発してきた血流と血管内皮細胞の相互作用に関する計算システムを利用して行うことが可能であることを明らかにした。谷下らは血管表面近傍の微粒子の運動の計測方法の開発を行った。血管内皮細胞のミクロレベルの形態の変化が細胞近傍の流れに影響を及ぼし、その流れが微粒子の運動を支配するからである。実際の内皮細胞の形態を測定して拡大モデルをつくり、トレーサ懸濁法で流れ場を可視化した。作動流体としてチオシアン酸カリウム飽和水溶液を用い トレーサ粒子としてシリカビーズを使用した。トレーサ粒子の軌跡を観察し、流跡像をコンピュータに取り込み、流速ベクトルを算出するというものであり、この方法は人工血小板の運動の計測に用いることが出来ることが明らかとなった。本研究班では、このほかやや方向性を異にしたアプローチとしてヒト血小板の凍結乾燥へむけてその最適条件の設定、巨核球系細胞のex vivo増殖や、血小板様小体の産生を検討する基礎研究を行った。ヒト血小板の凍結感受性は、他の血球と比較し感受性が高いこと、冷却速度は1℃/分以下が機能の維持に必要なこと、しかし最適条件下においても半分の細胞集団が細胞機能、膜蛋白GPIb等を失うことがあきらかになった。また、細胞浮遊液単独では凍結過程において氷晶形成後、共晶による塩析がみられるが、DMSOを濃度をあげていくことによりこの塩析は抑制された。また高分子ポリマーを添加することにより塩析は減少し、一方ガラス転移温度は著しく上昇したという結果が得られた。(高橋)
また、池淵はヒト造血系細胞を培養し、止血機能を有する血小板様粒子が作成出来るかについて基礎検討を行った。巨核球系細胞株(CMK)の分化誘導により、GPIbα発現増加がみられ、血小板様粒子の産生もみられたが、その条件下で、細胞増殖は十分ではなかった。ヒト末梢血由来CD34陽性細胞を種々の造血因子存在下で培養を試みたところ、トロンボポエチンの添加により、巨核球系細胞数は増加し、一部は巨核球形態を示した。
結論
考察ならびに結論=本年度の研究によりvWFの結合部位を有するGPIbαを遺伝子組み換えにより大量に作成し、これを固相化したリポソーム(GPIbα- liposome)は、ヒト血小板の重要な機能の一部である凝集機能を有することが明らかとなった。さらに静止系ではあるが、固相化されたvWFにこのリポソームは粘着するとことも確認された。
血管損傷時、vWFが内皮下組織において血小板粘着の標的になっていることを考えると我々の作成したリポソームはin vivoにおいても血管損傷部位に集積し、止血機能を示すことが示唆されるが、そのためにはin vitroにおける流動状態下での粘着実験や、in vivoにおける動物実験などを行い、確認する必要がある。さらに流動状態下でのコラゲンへの血小板粘着機序の解析から、血小板膜糖蛋白、α2β1インテグリン、あるいはα2β1インテグリンとGPIbαを同時に固相化したリポソームや、GPIbα変異体(M239V) 固相化リポソームなどの作成は、より有効な人工血小板・血小板代替物創製への道を拓くことになる可能性を示している。一方、止血に必要な機能蛋白を担う担体としてリポソームが最適であるか否かについては、なお解決すべき点も少なくなく、GPIbαの重合体、アルブミン重合体へのGPIbα、α2β1インテグリンの付加などによりvWF、コラゲンなどとの結合親和性を高める工夫が計画されている。さらに流体力学における実験的、理論的考察からどのような形状の担体が血管損傷部位に集積しやすいかについて検討されることも重要である。現在、人工血小板・血小板代替物の開発は、海外においても緒に付いたばかりであり、米国では主として保存期限切れの血小板の凍結・融解を繰り返した後、高速遠心によって得られた膜小片を加熱・乾燥したものが、Infusible Platelet Membranes (IPM) として作られ、動物実験を経て、第二相臨床試験へと進んでいるが、その評価については、必ずしも高くない。本研究班では、前記のアプローチ以外凍結乾燥血小板作成の為の最適条件の設定や、造血幹細胞・巨核球系前駆細胞からの血小板様小体の産生機序の解明などの基礎研究もすすめ、生体内で良好な止血機能を有する人工血小板・血小板代替物として、どのようなものが最適であるかの科学的データを集積することも念頭に入れている。
血管損傷時、vWFが内皮下組織において血小板粘着の標的になっていることを考えると我々の作成したリポソームはin vivoにおいても血管損傷部位に集積し、止血機能を示すことが示唆されるが、そのためにはin vitroにおける流動状態下での粘着実験や、in vivoにおける動物実験などを行い、確認する必要がある。さらに流動状態下でのコラゲンへの血小板粘着機序の解析から、血小板膜糖蛋白、α2β1インテグリン、あるいはα2β1インテグリンとGPIbαを同時に固相化したリポソームや、GPIbα変異体(M239V) 固相化リポソームなどの作成は、より有効な人工血小板・血小板代替物創製への道を拓くことになる可能性を示している。一方、止血に必要な機能蛋白を担う担体としてリポソームが最適であるか否かについては、なお解決すべき点も少なくなく、GPIbαの重合体、アルブミン重合体へのGPIbα、α2β1インテグリンの付加などによりvWF、コラゲンなどとの結合親和性を高める工夫が計画されている。さらに流体力学における実験的、理論的考察からどのような形状の担体が血管損傷部位に集積しやすいかについて検討されることも重要である。現在、人工血小板・血小板代替物の開発は、海外においても緒に付いたばかりであり、米国では主として保存期限切れの血小板の凍結・融解を繰り返した後、高速遠心によって得られた膜小片を加熱・乾燥したものが、Infusible Platelet Membranes (IPM) として作られ、動物実験を経て、第二相臨床試験へと進んでいるが、その評価については、必ずしも高くない。本研究班では、前記のアプローチ以外凍結乾燥血小板作成の為の最適条件の設定や、造血幹細胞・巨核球系前駆細胞からの血小板様小体の産生機序の解明などの基礎研究もすすめ、生体内で良好な止血機能を有する人工血小板・血小板代替物として、どのようなものが最適であるかの科学的データを集積することも念頭に入れている。
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