マイクロマシン技術を利用した経神経的循環器疾患治療の基盤技術の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700755A
報告書区分
総括
研究課題名
マイクロマシン技術を利用した経神経的循環器疾患治療の基盤技術の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
砂川 賢二(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 福西宏有(日立製作所基礎研究所)
  • 間野忠明(名古屋大学環境医学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(治療機器等開発研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
79,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
先天性奇形や事故により臓器欠損を有する患者や末期臓器不全に苦しむ患者に対する治療手段として、各種の人工臓器や機能代行装置の開発は、保健医療水準の向上にとって最重要課題であり、近年の工学・エレクトロニクス・マイクロマシン技術のめざましい進歩を背景に精力的に研究開発が進んでいるが、現時点においてはこれらの装置と生体との機能的融合をめざした研究開発は全く行われていない。真に生体と融合した機能は、神経系とインターフェイスして初めて可能となる。あるいはまた、高血圧や不整脈などの生体制御機構の失調が関与する疾患を経神経的な生体制御機構の最適化により治療できるようになる。
本研究は、生体と人工臓器や機能代行装置との機能的融合および生体制御機構の最適化治療に関する基盤技術すなわち経神経的治療法を確立することを目的とする。
研究方法
本研究課題は、以下の二つの小課題の遂行により推進される。
1.埋め込み型微小神経電極の開発に関する研究
国立循環器病センター研究所と日立基礎研究所が協同し、神経再生原理を利用した埋め込み型微小神経電極の設計を行い、製作工程の検討を行った。
本電極の原理は、次のとおりである。末梢神経系を構成する神経細胞の軸索を切断すると、細胞体から見て切断箇所より遠位の部分は髄鞘を残して変性するが、近位側は再び切断箇所から標的組織・器官へと軸索を再生する。したがって、一旦、神経線維を切断し、断端間に多数の細孔をもつ電極をはさみこむように埋め込み、神経軸索をその細孔を通って再生させると、各細孔は、それぞれ独立した電極として機能させることができる。
電極に要求される条件は、生体適合性が良いこと、可能な限り薄いこと、直径5-50ミクロンの細孔を多数もっていること、埋込に耐え得る強度を持っていることが挙げられる。したがって、シリコンと金属を主材料とした半導体製造技術が本電極の製作には欠かせない。そこで、平成9年度は、生体適合性が良い金属である、金、白金、銀、タングステン、チタンをシリコンウエハ上に薄層として形成させることが可能か否かの試料検討を行った。
2.神経活動に含まれている情報を生体情報へ翻訳する、あるいは生体情報を神経活動に符号化する規則の解明に関する研究
(1)自律神経系による循環調節の解析
国立循環器病センター研究所では、動物実験を中心にシステム工学的手法を用いて、自律神経系による循環調節に関わる翻訳と符号化の規則を検討した。
?心臓交感神経と迷走神経活動の心拍数への翻訳における相互作用
ウサギの心臓交感神経と迷走神経を電気刺激し、心拍数への伝達関数を推定した。
?迷走神経活動の心収縮性への翻訳
イヌの交叉潅流心-自律神経標本を用いて、迷走神経を電気刺激し、心収縮性への伝達関数を推定した。
?心臓組織内ノルエピネフリン濃度と心収縮性の関係
ネコ心室壁組織内のノルエピネフリン濃度を微小透析法を用いて連続測定し、心収縮性との関係を検討した。
?血圧の圧受容器神経活動への符号化
ウサギの大動脈減圧神経支配領域に圧刺激を加え、圧から圧受容器活動への伝達関数を推定した。
?圧受容器反射における設定値の解析的同定法の開発
ラットの頚動脈洞圧受容器領域を体循環から分離し、頚動脈圧-交感神経関係および交感神経-体循環血圧関係を求めた。
(2)聴覚皮質野における神経活動の統計的揺らぎの解析
日立基礎研究所では、独自に開発した128チャンネルのフォトダイオードアレイからなる光学的神経膜電位計測システムを開発し、聴覚皮質における情報処理にみられる誘発神経活動および自発発火神経活動の統計的特性について検討した。
?モルモットに純音を聴かせ、聴覚皮質活動電位を電位感受性色素を用いて、マッピングした。
?モルモットの聴覚皮質活動の誘発応答成分と背景成分をパワースペクトル解析および相互相関解析を行った。
(3)ヒトにおける交感神経活動の解析
名古屋大学環境医学研究所では、健常人を対象として、圧受容器反射に重要な筋交感神経活動の重力に対する応答を検討した。健常人をティルトテーブルに固定し、血圧波形とともに筋交感神経活動をマイクロニューログラフィを用いて記録しながら、ティルト角を多段階的に増加させた。血圧波形と筋交感神経活動の周波数解析およびティルト角と筋交感神経活動の関係を解析した。
結果と考察
1.埋め込み型微小神経電極の開発に関する研究
試料検討結果:金、白金、銀、タングステン、チタンなどの生体適合性が良いとされる金属は、一般的な半導体製造過程て用いられる通常のフォトリソグラフィでシリコンウエハ上に薄層形成させることができた。次年度はこの材料を用いた微小電極の試作を行い、動物に実際に埋め込み、生体適合性、耐久性、シグナルノイズ比を検討しながら、神経活動電位の導出や電気刺激の効率等について研究する。
2.神経活動に含まれている情報を生体情報へ翻訳する、あるいは生体情報を神経活動に符号化する規則の解明に関する研究
(1)自律神経系による循環調節の解析
?心臓交感神経と迷走神経活動の心拍数への翻訳における相互作用
心臓交感神経と迷走神経は、互いに拮抗的に心拍数を制御しているが、拮抗作用は、他方がある程度の緊張を保っている場合には強く現れた。この交互作用は定常応答、過渡応答の両者で認められた。
?迷走神経活動の心収縮性への翻訳
迷走神経の陰性変力作用は陰性変時作用を介した機序がほとんどで直接的な陰性変力作用は全陰性変力作用のうちたかだか数パーセント以内であった。
?心臓組織内ノルエピネフリン濃度と心収縮性の関係
心臓交感神経の電気刺激に応じて心臓組織内ノルエピネフリン濃度は増加し、これに比例して心収縮性が増加した。経静脈的にノルエピネフリンを投与した場合にも心臓組織内ノルエピネフリン濃度と心収縮性が増加するが、この時の心臓組織内ノルエピネフリン濃度と心収縮性の関係は、心臓交感神経刺激時のものに一致した。
?血圧の圧受容器神経活動への符号化
圧受容器における圧から神経活動への伝達特性は微分的で入力周波数の増大に伴ってゲインは増加した。
?圧受容器反射における設定値の解析的同定法の開発
頚動脈圧-交感神経関係および交感神経-体循環血圧関係の交点は、閉ループ時の動作点と一致した。この一致は、出血時、麻酔薬大量投与時にも見られた。
以上のような結果から、例えば、自律神経活動によりペーシングレートが変化する人工ペースメーカの開発や自律神経により収縮性の変化する人工心臓などの機能代行装置の究極のマン・マシンインターフェイスの開発はほぼ可能と考えられた。また血圧情報の圧受容器活動への符号化にも成功したことは、圧受容器機能不全にもとづく失調性血圧などの病態に対しては、循環中枢へ血圧情報を人工的に書き込むといった治療も可能となることが示唆された。
(2)聴覚皮質野における神経活動の統計的揺らぎの解析
?聴覚皮質活動電位の伝搬様式
聴覚野では音刺激により誘発された電気的興奮が背側から腹側に伝搬することが明らかになった。
?聴覚皮質活動の音刺激時の背景成分
非刺激時に皮質神経活動にみられる自発発火活動に比べ、音刺激時には、音刺激に対して非決定論的に発火する自発発火活動が増加した。
聴覚科学の分野では、これまで神経細胞の自発発火は単なるノイズとして処理されてきたが、今回の研究結果から、統計的揺らぎ解析が、このノイズの機能を探る手段として有効である可能性が示唆された。自律神経活動にみられる背景成分に含まれる情報を翻訳する場合にも応用し得る技術である。
(3)ヒトにおける交感神経活動の解析
拡張期圧から筋交感神経活動へのコヒーレンスは、0.4±0.35秒の遅れをもってピークを示し、筋交感神経活動から血圧上昇へのコヒーレンスは、5.4±0.4秒の遅れをもって、ピークを示した。ティルト角度の増加に伴い、筋交感神経活動はその活動を増加させ、体位傾斜角度の正弦値との間には正の相関が成立した。
今回得られた結果から、経神経的治療により交感神経活動を、体位傾斜角度に依存して変化させることができれば、Shy-Drager症候群などの失調性血圧の治療が可能となることが示唆された。
結論
「マイクロマシン技術を利用した経神経的循環器疾患治療の基盤技術の開発に関する研究」は、埋め込み型微小神経電極の開発と神経活動に含まれている情報を生体情報へ翻訳する、あるいは生体情報を神経活動に符号化する規則の解明という二つの課題を同時に推進することにより可能となる。半導体製造技術、神経科学、システム生理学、循環器学などの学際的かつ統合的研究遂行により経神経的循環器疾患治療の基盤技術が形成されつつある。

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