神経系細胞株の開発と品質管理に関する研究

文献情報

文献番号
199700754A
報告書区分
総括
研究課題名
神経系細胞株の開発と品質管理に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
黒葛原 啓((財)ヒューマンサイエンス振興財団)
研究分担者(所属機関)
  • 真下喜世彦((財)ヒューマンサイエンス振興財団)
  • 池田弘美((財)ヒューマンサイエンス振興財団)
  • 榑松美治((財)ヒューマンサイエンス振興財団)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
神経系幹細胞は多段階の分化過程を経て、最終的な機能細胞であるニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトに分化すると考えられている。従って、脳の発生機構を理解するためには、まず神経系幹細胞の性状を解析し、その増殖と分化を制御する因子を明らかにすることが重要となる。そのためには、神経系幹細胞株の樹立が必要となる。現在まで神経系幹細胞株として報告されているのは約10株であるが、多くはニューロンとアストロサイトの2方向に分化する細胞株であり、オリゴデンドロサイトを含めた3方向に分化能をもつ細胞株はその内3株のみである。
今回我々は、マウス胎児前脳細胞の不死化に成功し、各種サイトカインに対する増殖性や分化に関連する細胞表面マーカーの発現について検討した。
研究方法
初代培養 胎生14.5日令のC3H/Heマウスの前脳を摘出し、髄膜を取り除いた後、細切し、パスツールピペットで分散した。分散した細胞は無血清培地(G5培地:インスリン、亜セレン酸、トランスフェリン、ビオチン、ハイドロコルチゾン、EGF、FGF-2を添加したD-MEM培地)に懸濁し、1.3 X 106個 / 35-mm dishの細胞密度でまいた。
不死化細胞の単離 16型ヒトパピローマウィルスのE7遺伝子をもつ組換えプラスミド pZE67Nを構築してマウスΨ2細胞に導入し、自己増殖能を欠損した組換えウィルスを調製した。この組換えウィルスを初代培養1日後の細胞に37℃で1時間感染させた。2日後から、ネオマイシンを含むG5培地で培養し、E7遺伝子が導入された細胞を選択した。3-4日ごとに培地を交換し、3-4週間後に、10コロニーを分離した。そのうちの1コロニーの細胞をEGFを含む無血清培地中で50回以上継代し、不死化したことを確認後、MEB5と命名した。
蛍光抗体法 MEB5細胞における各種細胞マーカーの発現については、1次および2次抗体を用いた蛍光抗体法で解析した。ポリLリジン、フィブロネクチン、ラミニンで表面をコーティングしたカバーグラス上でMEB5細胞を培養し、室温で30分間、抗体液と反応させ、オリンパスBH-2蛍光顕微鏡下で観察した。
結果と考察
マウス胎児前脳細胞の不死化 胎生14.5日令のC3H/Heマウス前脳を摘出し、EGFを含む無血清培地で初代培養した。培養1日後、E7癌遺伝子をもつレトロウィルスを感染させ、遺伝子が導入された約3 x 107個の前脳細胞から、10個のクローンを拾った。その内の1クローン(MEB5)につき、精査した。
MEB5細胞の染色体数を50個の細胞について測定した結果、いずれも2n=40であり、MEB5細胞が染色体数においては正常であることが示された。E7遺伝子の挿入部位についてSouthern blot解析した結果、1個所のみに挿入されていることが分かった。
E7遺伝子産物は、癌抑制遺伝子Rb蛋白質に結合し、不活化させる。また、E7遺伝子をゲッ歯類の線維芽細胞に導入すると、腫瘍化せず、不死化できることが知られている。このE7遺伝子をレトロウィルスベクターでマウス脳細胞に導入し、2倍体の細胞株が得られたことは、この癌遺伝子が中枢神経系細胞の株化に有用であることを示している。
MEB5細胞の性状 MEB5細胞はEGFを含む無血清培地で増殖し、その形態はコーティングなしの培養器質面では神経系幹細胞の初代培養系と同様"neurosphere"と称される細胞塊となり、フィブロネクチンとラミニンでコーティングした培養器質面では上皮様の形態を示した。神経系幹細胞を含む神経系前駆細胞のマーカーとして知られているネスチン、RC1およびA2B5を発現していることが、蛍光抗体法により確かめられた。また、ニューロンのマーカーであるclassIIIβ-tubulin、アストロサイトのマーカーであるGFAP、オリゴデンドロサイトのマーカーであるGalCはいずれも発現していなかった。
EGFに依存した生存と増殖 MEB5細胞の増殖に対する各種サイトカインの効果をみた結果、本細胞株はEGFまたはEGFの構造類似体であるTGF-αにより増殖が促進され、FGF-2、PDGF、NT-3、CNTF、HGFなどのサイトカインでは増殖が促進されなかった。
EGFを培地から除去1日後では、約50%の細胞が死滅した。核とDNAの断片化が認められることから、MEB5細胞においてアポトーシスが誘導されることが分かった。TGF-βはEGFと同様、MEB5細胞に対し増殖作用を示し、FGF-2はEGF除去後におこるMEB5細胞のアポトーシスを回避させたが、増殖作用は示さなかった。グリア前駆細胞では生存因子の欠乏により、アポトーシスがおこることがin vivo、in vitroの実験で分かっている。しかし、神経系幹細胞がアポトーシスをおこすという知見は現在まで報告されていない。EGFで増殖する神経系幹細胞は、ヒトを含む各種哺乳動物の発達期や成体の脳室壁周辺から分離されている。EGFリセプターもそれらの領域で主として発現していることが明らかになっている。in vivoにおいてもEGF(あるいはTGF-α)を増殖因子とする神経系幹細胞が、それら増殖因子の欠乏により、アポトーシスをおこしている可能性がある。MEB5細胞は、神経系幹細胞の生存・増殖に対するEGFの作用を解析するためのモデル系になると考えられる。EGF除去後におこる分化誘導 EGF除去3日後のアポトーシスを回避した細胞では明確な形態変化がみられた。分化マーカーをみた結果、70-80%の細胞が双極性の長い突起を伸ばすclassIIIβ-tubulin陽性のニューロンで、20-30%が線維芽細胞様形態を示すGFAP陽性のアストロサイトであった。EGF除去7日後の細胞では少数(>1%)ながら、多数の突起をもつGalC陽性のオリゴデンドロサイトが出現した。EGF存在下のMEB5細胞で発現していた神経系前駆細胞のマーカーであるネスチン、RC1、A2B5は、EGF除去7日後のいずれの細胞においても発現量が低下、あるいは発現していなかった。以上の結果から、EGF除去後、アポトーシスを回避した細胞はニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトの3方向に分化することが明らかになった。均一の細胞集団が、3種類の細胞群に分化していく機構は不明である。
MEB5細胞から出現したニューロンの機能面について検討した。ニューロン様の形態を示す48個の細胞について、パッチクランプ法でNa+チャネル型細胞内方向の電流を測定した結果、31個の細胞において、平均0.27nAの電流が検出された。次に、神経伝達物質の発現の有無を蛍光抗体法でみた。ニューロン様形態を示す約90%の細胞において抗GABA抗体で陽性となり、他の神経伝達物質(サブスタンスP、セロトニン、ニューロペプチドY、チロシンハイドロキシラーゼ、コリンアセチルトランスフェラーゼ)に対する抗体では、陰性であった。以上の結果から、MEB5細胞から出現するニューロンは電気的興奮性をもち、神経伝達物質を発現する成熟したニューロンであることがわかった。
leukemia inhibitory factor(LIF)によるアストロサイトへの分化誘導 脳内に存在することが知られている各種サイトカインをMEB5細胞に添加し、分化マーカーの発現を蛍光抗体法でみた。LIFで処理した7日後の細胞では、98%以上がGFAP陽性のアストロサイトに分化した。LIFで処理した細胞は、無処理の細胞に比べ偏平であり、classIIIβ-tubulinあるいはGalCの発現はなかった。以上の結果から、多分化能をもつMEB5細胞はLIFの作用によりアストロサイトへの1方向的な分化誘導がおこることがわかった。最近、LIFリセプターのノックアウトマウスではGFAP陽性のアストロサイトが著しく減少することが報告されており、LIFがアストロサイトの分化に関与することが示唆されている。LIFが神経系幹細胞に直接作用し、アストロサイトへの分化を誘導する可能性がある。
結論
 今回我々が樹立した、マウス神経系幹細胞株MEB5は無血清培養が可能であり、EGFにより増殖し、LIFによりアストロサイトへの分化が誘導された。MEB5細胞は神経系幹細胞の増殖と分化の制御機構を解析するための良いモデル系となりうる。

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