ボデイーマッピング法により得られた神経核cDNAの解析

文献情報

文献番号
199700751A
報告書区分
総括
研究課題名
ボデイーマッピング法により得られた神経核cDNAの解析
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
内匠 透(神戸大学医学部講師)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトゲノムプロジェクトは世界中で精力的に進行しているが、それと同時に今後はその機能の解析が急務でありかつ必要不可欠である。cDNAプロジェクトに関してもいろいろな形で行なわれているが、本研究はそのひとつとしてbody map法を用い、神経核を標的にして解析しようとするものである。本研究で取り扱う視交叉上核(SCN)は、直径1mm足らずの神経核で脳視床下部に存在し、機能(サーカデイアンリズムのセンター)が明らかであり、かつ、細胞集団も神経核の中で比較的均一な神経核であるという特徴を備えている。また、概日リズムに関して、高等動物、特にヒトにおいては分子レベルでの解析がほとんど進んでいない。本研究の目的は、cDNAの体系的機能解析によりヒトを含めた高等動物の体内時計の分子機構を明らかにすることにより、ポストゲノム時代の機能解析の具体例を示そうとするものである。
研究方法
1)cDNAプロジェクトとしてのbody map法により明らかになった遺伝子群を、PCR法及びmultiple in situ hybridization(MISH) 法により視交叉上核(SCN)における発現を検索する。2)ショウジョウバエで同定された時計遺伝子をもとに、body mapで集められた遺伝子群や遺伝子データベースより検索し、その全長cDNAを単離、解析する。3)ヒトにおける時計遺伝子を単離することにより、睡眠・覚醒リズム異常、躁鬱病等の精神神経疾患等の病態との関連を明らかにする。4) 時計遺伝子のin vivoでの役割を明らかにするため、また将来の遺伝子治療に備えて、ノックアウトマウスによる個体レベルでの解析を行う。
結果と考察
1)サーカデイアンサイクルからのアプローチ:i. 我々は、時計遺伝子として有名なショウジョウバエperiodの哺乳類ホモログper1を同定し、脳内では哺乳類のリズムセンターといわれる視交叉上核(SCN)に時間特異的に発現することを明らかにした。さらに、per遺伝子ファミリーを単離し、ショウジョウバエでは見られない時計遺伝子の分子多様性が哺乳類に存在することを明らかにした。マウスper2はper1同様SCNに時間特異的に発現した。SCNでの発現はper2の方がper1より特異的であり、時計機構へのより中心的な関与の可能性が示唆された。per2 mRNAの発現は、恒暗条件下でも概日リズムを示したので、per2はリズムペースメーカーとして働いていると考えられる。発現のピークは夕刻であり、per1やショウジョウバエのperとも異なる性質の時計である。さらに、ごく最近第三の時計遺伝子per3を単離し、現在解析を行っている。このように、哺乳類では、複数の時計遺伝子から構成される体内時計の機構を有し、より安定な概日リズムも形成していると予想される。ii. ヒトPeriod遺伝子の一次構造上の特徴:我々はヒトPeriod遺伝子に18アミノ酸(54塩基対)のリピートがあることを発見した。現在までのところ、2、3、4回の繰り返し構造がわかっており、今後、睡眠・リズム障害などの病態との関連を追及したいと考えている。2)細胞膜(アウトプット)側からのアプローチ:リズム発振のアウトプットとしてのイオンチャネルをクローニングする目的で、マウス脳より非選択的陽イオンチャネル(NSC1)を単離し、脳内での発現を検討した結果、視交叉上核(SCN)のみならず、小脳プルキンエ細胞、海馬に強い発現が見られた。アフリカツメガエル卵母細胞発現系でのNSC1の電気生理学的、薬理学的性質をもとに、小脳スライス培養において、生理的な非選択的陽イオンチャネル(NSC1)の同定に成功した。このことはNSC1が生理学的にニューロンの脱分極維持に関与している可能性を示唆している。3)新規時計(関連)遺伝子の検索:i. body mapping;様々な時間ステージのマウス百匹の視交叉上核(SCN)を実体顕微鏡下に
パンチアウトし、RNAを抽出、DNA合成、MboI制限酵素により消化後、短フラグメントcDNAライブラリーを作製した。2464個のindependent clonesのランダムシーケンスにより塩基配列を決定した。ホモロジー解析の結果、少なくとも631個の新規遺伝子を含めた1716種類の遺伝子を単離し、multiple in situ hybridization(MISH)法及びPCR法によりSCNにおける発現を検索中である。ii. differential display;生後2日、10日、20日、50日のラット脳スライスよりパンチした視交叉上核(SCN)を用いて、各ステージに特異的に発現するクローンを単離した。現在までに、in situ hybridization法により発現部位を検討した結果、発生期のSCNに特異的に発現するクローンを6個単離した。その中で、zinc-finger motifをもつ新規転写因子の解析を発生期を中心に行った。以上の結果から、ヒトを含めた哺乳類にも時計遺伝子Periodが存在し、しかも哺乳類にはファミリーが存在し分子多様性があることを明らかにした。この分子多様性が、哺乳類における安定した概日リズムの形成に関与していると考えられる。mPer2におけるHLHモチーフの存在は、Perプロモーター領域のEボックス配列の存在を考えあわせれば以下の様な仮説が成り立つ。すなわち、bHLH-PAS蛋白(例えばCLOCK)のヘテロ(ホモ)ダイマーがPerプロモーター領域に結合することによりPerの転写が活性化される。またPERが多量に産生されるとPER(HLH-PAS)とbHLH-PAS蛋白のヘテロダイマーがPerに結合しPerの転写が不活化する。このネガテイブフィードバックループ機構によりPer転写物の発現に概日リズムができると考えられる。今回我々が単離した時計遺伝子Perには蛋白間相互作用に重要なPAS領域を含んでおり、PAS領域の構造解析は創薬に対して極めて重要な方向と思われる。なお、このPAS領域は時計遺伝子のみならず、ダイオキシンレセプターや脳発生に関与する蛋白に共通の機構に関係しており、その応用に対し広い発展が予想される。一方、物理的創薬のみならず、生物時計の分子機構が明らかになれば、薬物の体内動態の理解に重要な示唆が与えられる。このことは、これまで開発された薬物の生物リズムによる体内動態を考えた再評価をすることが可能となる。
結論
我々は、時計遺伝子の同定を行う中で、Periodファミリーのひとつとして、マウス脳より新しい哺乳類時計遺伝子mPer2を単離した。mPer2はmPer1に高い相同性を示し、特に蛋白間相互作用に必要なPAS領域、細胞質移行配列(CLD)などのいくつかのモチーフはショウジョウバエPerとも相同性を示した。mPer2mRNAは脳内では主に視交叉上核に発現していた。その時間的発現は著明な概日リズムを示し、mPer2が時計遺伝子であることを示唆している。mPer2は恒暗条件下で主観的午後に強く発現し、朝型のmPer1とは異なっている。詳細な定量的in situ hybridization法によりmPer2転写物の発現ピークはmPer1に比べて明暗条件下で8時間、恒暗条件下で4時間遅れていることが明らかになった。また、光刺激によりmPer2転写物の一過性の上昇が見られた。視交叉上核ニューロンにおいてmPer2はmPer1と共存していた。以上のことより、哺乳類Period遺伝子は異なる振動体からなる分子多様性を示し、このことが哺乳類の安定した概日リズムの形成の要因と考えられる。ヒトPer遺伝子に特異的な繰り返し配列があることを発見した。一方、リズムアウトプットの一つとして非選択的陽イオンチャネルが視交叉上核に存在することを明らかにした。

公開日・更新日

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