ゲルゾリン遺伝子を用いた、ヒト膀胱癌に対する遺伝子治療の確立

文献情報

文献番号
199700750A
報告書区分
総括
研究課題名
ゲルゾリン遺伝子を用いた、ヒト膀胱癌に対する遺伝子治療の確立
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
篠原 信雄(北海道大学泌尿器科学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 葛巻暹(北海道大学附属癌研究施設遺伝子制御部門)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
一般に、表在性膀胱腫瘍の予後は比較的良好であるが、再発の頻度は高く、再発するにつれ浸潤癌や進行癌へ進展することがよく知られており、進行性膀胱癌に対する化学療法や放射線療法は一次的な効果は得られるものの予後の改善には至っていない。したがって新たな治療法の開発が急がれている。我々は、ヒト膀胱癌において、アクチン調節タンパク質であるゲルゾリンの発現が正常膀胱移行上皮に比べ低下または消失しており、このことが膀胱の発癌過程に関与していること、またゲルゾリンがヒト膀胱癌に対し腫瘍抑
制効果を持つことより、ゲルゾリン遺伝子が第9染色体長腕に存在する癌抑制遺伝子のひとつである可能性を初めて報告した。そこで本研究ではゲルゾリン遺伝子を用いた膀胱癌に対する遺伝子治療の臨床応用をめざすことを目的とした。
研究方法
1、アデノウイルスベクターの作製
アデノウイルスシャトルベクターpCA14、pCA14にゲルゾリンcDNAをligationしたプラスミド(pCA14-GSN)、pCA14にβ-ガラクトシダーゼ遺伝子をligationしたpCA17をおのおのアデノウイルスゲノムを含むpJM17と293細胞へリン酸カルシウム法にてco-transfectionし、24時間後アガロースをoverlayした。約2週間後に出現するプラ-クを採取し293細胞に感染させ、すべての細胞がcytopathic effectを起こした培地を2次ウイルス溶液とした。293細胞をまいた15cm-dishを20枚に用意し2次溶液を感染させた。すべての293細胞がcytopathic effectを起こしたのちこれを回収、遠心にてペレットとし20mlの培養液に溶解し、超音波破砕器にて細胞を壊したのち、塩化セシウムの密度勾配を利用して4時間、45000rpm 超遠心を行いウイルスを回収した。24時間透析を行いアデノウイルスベクターとした。293細胞を用いて限界希釈法でゲルゾリンアデノウイルスベクター(Ad-GSN)、コントロールアデノウイルスベクター(Ad-CMV)、β-ガラクトシダーゼ遺伝子を発現するアデノウイルスベクター(Ad-β-gal) につきそれぞれの力価を測定した。
2、遺伝子導入効率の測定
Ad-β-galを用いて遺伝子導入効率を計測した。すなわち6-well dishに膀胱癌細胞株UMUC-2を2×10^4個/wellまき、24時間後にそれぞれのwellにMOI 25、MOI 50、MOI 100、MOI 200、MOI 400でAd-β-galを感染させた。1時間、37℃で培養ののち培養液を加え、さらに48時間培養後X-galを投与し、5時間後に青染細胞数より力価を計測した。
3、in vitroにおける細胞増殖抑制効果の検討
6-well plateに膀胱癌細胞株UM-UC-2を2×10^4個/1wellまき、翌日Ad-CMVまたはAd-GSNをMOI 400で感染させ、1、3、5、7日後に生存細胞数を計測した。コントロールとして、膀胱移行上皮細胞株SVHUCを用い同様の操作を行った。
4、ヌードマウス膀胱内へのヒト膀胱癌移植モデルの樹立
6週令の雌ヌードマウスの腹腔内に麻酔液を注入後尿道より22Gのカテーテルを挿入し0.02%トリプシン100μlを30分間留置した。30分後トリプシンを排出し、PBS100μlに溶解した2×10^6個のUMUC-2を経尿道的に注入、3時間膀胱内に注入液がとどまるように外尿道口を軽く結紮し、3時間後に開放した。4日後、8日後、12日後(あるいは14日後)にマウスを解剖し、腫瘍の生着の可否、広がり、水腎の有無等を観察した。また、解剖しないマウスについては、その予後を検討した。
5、in vivoにおける細胞増殖抑制効果の検討
ヌードマウスの膀胱に対し、経尿道的にUMUC-2を注入し膀胱内腫瘍モデルを作製、2日後経尿道的にAd-CMVまたはAd-GSNを1×10^8 PFU(plaque forming unit)投与した。14日後にマウスを解剖し、膀胱およびその他の臓器を肉眼的、病理学的に検討し、安全性、抗腫瘍効果等を確認した。
結果と考察
1、ウイルスベクターの作製
アデノウイルスシャトルベクターpCA14、pCA14-GSN、pCA17をそれぞれpJM17と293細胞へco-transfectionし、約10日後にプラ-クが出現した。 293細胞に感染、増幅後に超遠心、透析を行い、ゲルゾリンアデノウイルスベクター(Ad-GSN)、コントロールアデノウイルスベクター(Ad-CMV)、β-ガラクトシダーゼ遺伝子を発現するアデノウイルスベクター(Ad-β-gal) を得た。各ウイルスDNAを抽出後、特異的なプライマーを用いてPCRを行い目的のウイルスベクターが得られたことを確認した。またE1領域のプライマーを用いてwild typeのアデノウイルスが混入していないことを確かめた。またおのおのの力価は、5~8×10^10PFUであった。この力価はin vitro、in vivoともに充分であると思われた。
2、遺伝子導入効率の測定
Ad-β-galのUMUC-2に対する導入効率は、MOI 200で約78%、MOI 400で約88%であった。またSVHUCでは、MOI 200で約70%、MOI 400で約84%であった。どちらの細胞もアデノウイルスの導入効率は、良いものと思われた。
3、in vitroにおける細胞増殖抑制効果の検討
in vitroにおいて、作製したAd-GSNを投与されたUMUC-2は、Ad-CMV投与に比べ有意に細胞増殖が抑制されていた。すなわち、Ad-CMVを投与されたUMUC-2は、5日後約30倍に増殖するのに対して、Ad-GSNを投与されたUMUC-2は、ほとんど細胞数に変化がなかった。一方、コントロールであるSVHUCでは、投与されたウイルスベクターにかかわらずその増殖数にほとんど差を認めなかった。したがって、Ad-GSNは癌細胞以外に対しては毒性を示さないことが示唆された。
4、ヌードマウス膀胱内へのヒト膀胱癌移植モデルの樹立
まず経尿道的操作のみで膀胱内へUMUC-2を注入し生着を確認したが、14日後でも明らかではなかった。そこで一部のマウスについては下腹部横切開を加え、確実に直視下に膀胱内へカテーテルを挿入しUMUC-2を注入したところ8日目で全例腫瘍の生着を確認できた。また14日後では明らかな水腎症を認める症例はなかったものの、膀胱内腔に広範に腫瘍が広がっていた。
5、in vivoにおける細胞増殖抑制効果の検討
UMUC-2注入2日後にAd-GSNを投与したマウスは、Ad-CMVを投与したに比べ有意に抗腫瘍効果を示した。すなわち12日後の病理組織にてAd-GSN投与群では33%に腫瘍形成を認めたのに対して、Ad-CMV投与群では80%で腫瘍形成を認めた。腫瘍形成を認めた例では、Ad-GSN投与群の方が明らかに腫瘍は小さかった。アデノウイルス投与後12日間は全例明らかな活動性の変化を認めなかった。以上より腫瘍増殖抑制効果と安全性が確認された。
結論
ゲルゾリンをアデノウイルスベクターにより遺伝子導入することにより、in vitro、in vivoともに膀胱癌に対し著明な抗腫瘍効果を示した。

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