神経堤幹細胞の株化と血管平滑筋細胞への分化誘導に関する研究

文献情報

文献番号
199700749A
報告書区分
総括
研究課題名
神経堤幹細胞の株化と血管平滑筋細胞への分化誘導に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
栗原 裕基(東京大学医学部第三内科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 発生は、生命現象において最も劇的であると同時に、最も謎に包まれている。分子生物学の進歩により生体のさまざまな現象が分子の言葉で記述できるようになった現在でも、個体発生の機構に関しては未だ緒についたばかりである。さらに、発生機構の分子・細胞レベルの研究は、さまざまな疾患の病態を理解する上でも重要な視点を提供する。
本研究では、心血管発生機構の中で、神経堤細胞から血管平滑筋細胞への分化発達に焦点を当てた。神経堤細胞は、神経外胚葉に由来する幹細胞で、その発生学的重要性から、外・中・内胚葉に次ぐ「第4の胚葉」とも呼ばれている。特に、エンドセリン-1(ET-1)遺伝子ノックアウトマウスの解析から明らかになった、神経堤細胞から血管平滑筋細胞への分化機構におけるET-1の新しい発生学的役割を中心に研究を進めるとともに、神経堤細胞の株化へ向けての基盤研究を進めた。 
研究方法
研究方法・
1.ET-1遺伝子ノックアウトマウスの解析
ET-1ノックアウトマウスホモ接合体は全例呼吸ができずに死亡し、下顎・耳介・舌など頭頚部に明らかな形成異常を認めた(1)。組織学的検索では、ホモ接合体は前頚部の腺組織・結合織の発達が乏しく、口蓋裂を認め、外耳および中耳構造が欠損していた。骨格系では下顎骨・側頭* 怐E舌骨・甲状軟骨などに著しい異常を認め、経時的解析により、鰓弓由来のMeckel・Reichert軟骨の発達不全からこれらの骨格異常をきたしていることが明らかになった。また、一部のホモ接合体の心血管系においては大動脈弓遮断・右鎖骨下動脈起始異常・心室中隔欠損・大動脈起* n異常などを示し、その頻度・程度は母体への抗ET-1モノクローナル抗体やET-A受容体拮抗薬の慢性投与によって増加した(2)。
こうした結果は、ET-1が頭頚部の形態形成に必須な因子であることを示している。実際、胎生期におけるET-1の作用と発現部位を検討したところ、ET-1は下顎弓の器官培養において舌上皮発達を亢進させる作用を示し、かつ胎生中期においてET-1mRNAの発現は鰓弓の上皮細胞・心流出路の心内膜細胞・大血管の内皮細胞に最も著明に認められた。ET-B受容体遺伝子の発現は神経堤細胞に強く認められた。頭部神経堤細胞においては、ET-B受容体は神経堤およびその近傍に発現しているのに対し、ET-A受容体は、神経堤細胞の遊走部位に一致して発現していた。
鰓弓は、全ての脊椎動物の胎生期に共通に出現する前頚部の分節構造である。ヒト(他の哺乳類もほぼ同じ)では、鰓弓は頭頚部の多くの組織・器官の原基となっている。MeckelおよびReichert軟骨を中心とする骨格系の他、鰓嚢の発達とも関連して、口蓋や舌・歯・腺組織・軟部* g織などの構造を形成する。鰓弓を構成する細胞は、外胚葉・中胚葉・内胚葉全てに由来するが、中でもその主要となるのは神経堤細胞に由来する外胚葉性間葉細胞である。神経堤細胞は、神経板の陥入過程で神経溝の両縁に生ずる外胚葉由来の細胞集団である。幹細胞としての性質を* ?ヲ、神経節や皮膚・副腎などに遊走して、神経細胞やグリア細胞・メラノサイト・副腎髄質細胞など様々な細胞に分化する。頭部の神経堤細胞は鰓弓部に遊走し、間葉系の細胞に分化した後、さらに鰓弓部の骨格系や軟部組織・腺支持組織を形成する。その細胞系は、他の骨格系が中* ?tに由来するのと対照的である。心血管系では、神経堤細胞は心流出路のあたりに遊走し、鰓弓部から大動脈弓付近の血管を形成する鰓弓動脈の中膜や大動脈-肺動脈中隔の形成を行う。その分化の機構はあまり明らかにされていないが、上皮間葉相互作用をはじめとする細胞間の相互作用や細胞外基質の働きが重要と考えられている。ET-1は、この上皮-間葉相互作用の介在因子の一つとして、神経堤細胞の分化・増殖を促進している可能性が考えられる。
ET-1の遺伝子欠損マウスの報告に引き続いて、ET-3およびET-B受容体遺伝子のターゲティングが報告された(3, 4)。これらのマウスはほぼ同一の表現型を示し、体幹部神経堤細胞に由来する皮膚メラノサイト・腸管神経叢の発達異常により、体毛の白色化やHirschsprung病様の巨大結腸が起こる。実際、Hirschsprung病の家系でET-B受容体の遺伝子異常が見つかっている(5)。このように、ET-1-ET-A受容体系は頭部神経堤細胞の、ET-3-ET-B受容体系は体幹部神経堤細胞の発生分化にそれぞれ役割が分担され、形態形成に重要な細胞間相互作用のメディエーターにな* チていると考えられた。
2.神経堤細胞の発生分化におけるETの関与とメカニズム
神経堤細胞→メラノサイトの分化にはSteel factor-Kit系の関与がよく知られているが、我々はMurphy Mらとの共同研究により、ET-3─ET-B受容体系と協調的にメラノサイトへの分化誘導を促進することを明らかにした(6, 7)。これらの結果は、体幹部神経堤細胞の分化誘導において、Steel factor-Kit系によるチロシンキナーゼ活性化経路とETによるG蛋白を介したシグナルの協調作用が重要であることを示唆している。
頭部神経堤細胞の発生分化においては、上に述べたようにET-1─ET-A受容体系の関与が明らかになっている。受容体の発現パターンからは、頭部神経堤細胞の分化遊走の過程でET-B受容体からET-A受容体へのスイッチングが起こり、より分化した細胞に発現しているET-A受容体にET-1が作用すると考えられる。この際、Kitのような受容体型チロシンキナーゼを介したシグナルが協調的に働いていることが予想されるが、その関与はまだ証明されていない。ET受容体のスイッチングがいかにして起こるか、ET-1が分化誘導にどう関わっているか、どのような因子、例え* ホ受容体型チロシンキナーゼのリガンドがET-1とともに分化誘導に働いているかなどが今後の課題である。
さらに、胎生9~10日でET-1ノックアウトマウスホモ整合体と野生型マウス胎仔における遺伝子発現を比較すると、ET-1ノックアウトマウスにおいて、神経堤および心臓に強く発現しているbHLH型核転写因子であるHAND遺伝子(dHAND, eHAND)(8, 9)の発現が、著明に低下していた。神経堤細胞に発現するホメオボックス遺伝子Msx1, 2の発現は遺伝子欠損マウス及び野生型マウスで差が見られなかった。これらの結果は、HAND遺伝子がET-1─ET-A受容体系のシグナルの下流に存在する可能性を示している。さらに、HAND遺伝子の発現は、神経堤細胞に由来する外胚葉性* ヤ葉細胞に認められ、鰓弓上皮や血管内皮細胞などに強く発現するET-1と対照をなしている(1, 2, 8-10)。以上より、ET-1は器官形成過程の重要な機序である上皮-間葉相互作用の介在因子として、HAND遺伝子を含めた細胞系特異的な遺伝子転写系の活性化により、頭部/心臓神経堤細胞* ゥら血管平滑筋細胞などへの分化・増殖を促進している可能性が考えられる。
3.神経堤細胞の単離培養と株化の試み
マウス9日胚の神経管を取り出し、コラーゲンゲル上にexplantすることにより、神経堤細胞の初代培養を得た後、fibronectinでコートしたディッシュ上で培養を行った。この細胞は神経堤細胞の分子マーカー陽性であり、ET-1添加によりコロニー形成の促進が見られた。このソースとしてp53ノックアウトマウス、SV40 T抗原過剰発現マウスをもちいること、レトロウィルスにより各種核転写因子を導入することにより株化を現在試みている。
結果と考察
結論
 ET-1ノックアウトマウスの解析から、ET-1が頭部/心臓神経堤細胞の発生分化に重要な因子であることを明らかにし、さらにその機序解析と併せて神経堤細胞の単離培養と株化を試みてきた。胚葉誘導や器官形成など発生現象の分子機構の研究は現在急速な進歩を遂げているが、神経堤細胞の分化誘導や形態形成に関与する機構はまだ多くは解明されていない。上に述べた神経堤細胞の発生学的重要性を考えると、本研究の今後の発展により不死化細胞株を用いた神経堤細胞の発生分化研究がより進められることが期待される。 

公開日・更新日

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