ヒト染色体6q21-23領域のがん抑制遺伝子の単離

文献情報

文献番号
199700747A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト染色体6q21-23領域のがん抑制遺伝子の単離
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
小川 誠司(東京大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 三谷絹子(東京大学医学部附属病院)
  • 千葉滋(東京大学医学部附属病院)
  • 半下石明(東京大学医学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒト染色体6q15-23の領域は、急性リンパ性白血病(ALL)の4~11%、非ホジキンリンパ腫の20~25%に認められる染色体異常であって、同欠失領域にはこれらリンパ系腫瘍の発症に関与する新規癌抑制遺伝子の存在することが推定されている。一方、同領域の欠失はALLの他、前立腺癌、乳癌、卵巣癌、悪性中皮腫、悪性黒色腫などの非造血腫瘍においてもしばしば観察されることから、同領域に存在することが想定される癌抑制遺伝子はこれらの腫瘍の発症に関与するが予測される。従って、本遺伝子の同定と単離は、これらの多くの悪性腫瘍の発癌の機構を明らかにする上で、極めて重要かつ興味深い課題と考える。悪性腫瘍における6q21-23領域の共通欠失領域については、我々の予備的検討も含めて国内外の研究者の報告間に差異が存在し、同領域内に複数の癌抑制遺伝子座が存在する可能性も否定しえない。こうした状況においては、正確な癌抑制遺伝子座の同定のためには欠失が予測される6q21-23の領域全体について高い解像度と多くの遺伝子欠失例を有する遺伝子欠失地図を作成することが極めて重要である。本研究の目的は、(1)ALLを中心とするリンパ系悪性腫瘍における染色体6q15 23領域の詳細な遺伝子欠失地図を作成し、最小の共通欠失領域を同定すること、および(2)同領域に存在する可能性のある新規癌抑制遺伝子を同定・単離することである。
研究方法
(1)染色体6q125-23領域におけるPACないしBAC クローンの単離と部分的contigの作成。D6S302からD6S468にマップされる既知のSTSマーカーを用いて、PCR法によりヒトPACライブラリーおよびBACライブラリーをスクリーニングすることによりPACないしBACクローンを単離する。また、後述する遺伝子欠失の解析により欠失が集積する領域については既存のPACないしBACクローンを起点として、各PAC/BACクローンの両端塩基配列決定による新たなSTSの単離とこれを用いたPAC/BACライブラリーのスクリーニングの繰り返し作業により、欠失集積領域近傍のPACないしBACクローンによるcontigの作成を行う。(2)造血器悪性腫瘍その他における6q21-23領域の欠失地図の作成。6q21-23領域の欠失が高率に期待されるリンパ系腫瘍の細胞株120検体およびリンパ系腫瘍患者検体130検体からカルノア固定標本を作成する。上記(1)で単離したPACおよびBACクローンをプローブとしてFISH法により特定領域における遺伝子の欠失を検討し、6q15-23領域における遺伝子欠失地図を作成する。
(3)6q15-23の共通欠失領域からの構造遺伝子の単離および当該新規癌抑制遺伝子の同定。
a)(2)で同定された欠失領域について当該領域の最小の欠失を完全に含むようなPACないしBACクローンによるcontigの作成を(1)に述べた方法に従って作成する。
b)各contigに属するPACないしBACクローンをプローブとしてI.M.A.G.E consotiumによる約20万クローンからなるESTパネルをスクリーニングし、陽性クローンについては遺伝子座の確認を行った後、そのcDNA全長をクローン化し、サザン法によるホモ接合性欠失の解析およびPCR-SSCP法を用いた変異解析を行う。
c)正常人末梢血リンパ球、その他の正常組織由来のcDNAに対して、欠失領域contigのクローンによるcDNA選択法によりこれらにハイフリダイズするcDNAクローンを単離し、bと同様にして解析を行う。
d)当該の欠失領域についてその最小の領域の全塩基配列を決定する。またこの経過中得られる塩基配列情報をもとにPCR法により当該領域に欠失を有する細胞株についてホモ接合性欠失の検討を行う。塩基配列の情報よりワークステーションを用いたエクソン検出プログラムによるエクソンの同定を試みる。
結果と考察
(1)PAC/BACクローンの単離とFISH法による遺伝子欠失領域の検討
既知のSTSを用いて6q15-23の領域から当初36クローンのPACないしBACクローンを単離した。得られたプローブを用いてFISH法により遺伝子欠失領域の検討を行い以下の結果を得た。(i)(1)6q15-23領域における欠失は計48検体に認められた。(細胞株25検体(21%)、患者検体23検体(13%))(ii)検討した領域内には、D1(6q23), D2(6q22-23), D3(6q21-22), D4(6q16.3-21)およびD5(6q15)の少なくとも5つの独立した欠失領域が存在した。(iii)5つの欠失領域のなかでは、D4領域の欠失がもっとも頻度が高く(41例16%)、ついでのD3領域の欠失頻度が高かった(34例14%)。(iv)D2、D3およびD4の欠失における最小の欠失領域はそれぞれD6S283を含む約0.5Mbの領域、WI4066を含む約0.3Mbの領域およびAFMA074ZG9近傍の0.3Mbのであり、これらが各欠失領域における癌抑制遺伝子座の最有力候補と考えられた。
(2)共通欠失領域からの癌抑制遺伝子の候補の同定と単離。 (1)で同定した5つの欠失領域のうちその最小の欠失領域が0.5kb以下と見積もられる3つの領域D2、D3、およびD4についてそれぞれの最小の欠失を完全に含むPACないしBACクローンによるcontigを作成した。D2、D3およびD4の各領域はそれぞれ11個、14個および28個のクローンからなるcontigにより被覆された。現在これらのcontigに属する各クローンを用いて研究の方法(2)に述べた方法により各contigに含まれる構造遺伝子の単離を試みている。
染色体6qの欠失はリンパ系腫瘍のほか、種々の固形腫瘍においてもしばしば観察される異常であるが、その欠失の領域は6番染色体長腕上に広く分布して観察され、染色体分析上でも腫瘍腫によりあるいは同一腫瘍においても症例によって、明確に異なるセグメントで欠失が記載されている。従って6qの欠失は細胞遺伝学的には複数の独立した欠失からなる異常であると推定される。本研究は分子レベルで6qにおける独立の遺伝子欠失領域を同定したもので、造血系悪性腫瘍においては今回検討した6q15 23の領域に少なくとも5つの独立した遺伝子欠失が存在することが明らかとなった。従ってKnudsonの仮説に基づけば、これらの各欠失領域はそれぞれ異なる癌抑制遺伝子座を代表すると考えられ、それらの各領域に存在する癌抑制遺伝子の同定と単離が本研究の最終的な課題である。
これら5つの欠失領域のうちD1, D4, D5の3つの欠失に関してはこれまでに他の研究グループにより同定された領域と部分的に一致していたものであり、D2およびD3領域に関しては本研究で新たに同定された欠失領域である。本研究による見積もりでは、欠失頻度が最大を示すD4およびD2領域における最小の欠失領域がそれぞれ約0.5Mbおよび0.3Mb、ついで高い欠失頻度をしめすD1についても約0.3Mb程度でありこれらは当該領域の全塩基配列を決定するに際しても現実的な大きさであると考えられた。
以上の検討をふまえ、以後本研究では最小の欠失領域の十分な評価が可能であったD1, D3, およびD4領域を解析の対象とした。これら3つの領域から癌抑制遺伝子の候補となる構造遺伝子を単離する試みが現在進行中である。
結論
(1)リンパ系腫瘍における染色体6q15-23領域の欠失領域の同定を行った。当該領域には少なくとも5つの独立した共通欠失領域が同定され、同領域には複数の癌抑制遺伝子座が存在することが示唆された。5つの欠失領域のうち3つについては最小の欠失領域を0.5Mb以下に同定できたことより、これらの領域からの新規癌抑制遺伝子の同定に重要な知見が得られた。

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