文献情報
文献番号
199700741A
報告書区分
総括
研究課題名
研究基盤高度化に必要ながん細胞、幹細胞に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
黒木 登志夫(昭和大学腫瘍分子生物学研究所)
研究分担者(所属機関)
- 難波正義(岡山大学)
- 小山秀機(横浜市立大学)
- 瀬山敏雄(放射線影響研究所)
- 石岡千加史(東北大学)
- 中辻憲夫(国立遺伝学研究所)
- 永森静志(東京慈恵医科大学)
- 原宏(兵庫医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
28,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
ヒトゲノム上の30億の塩基配列解析は、ゲノム研究先進諸国の共同作業により着々と進行しており、2005年には完成するものと予想されている。ゲノム解析によりがん、エイズなどの難病に係わる遺伝子群が明らかにされ、それに基づく遺伝子治療も現実化してきた。
遺伝子機能を解析し、遺伝子治療を実施するためには、広範な研究領域からのバックアップ体制が必要である。遺伝子解析とその情報は国際的、国内的に研究基盤が整備され、データベース化が進みつつある。しかし、細胞レベル、個体レベルの研究基盤は、他の研究先進諸国に比べてわが国は大幅に遅れているのが現状である。特にそれ自身が生きた存在である細胞についての開発と供給に多くの労力を必要とする。
本研究はこのうち・がん細胞などの細胞株と・幹細胞(stem cell)についての研究基盤を確立し、ヒトゲノム解析と遺伝子治療をバックアップする目的で設定した。このような研究基盤の整備、高度化の必要性は科学技術基本法でも指摘されているところである。
遺伝子機能を解析し、遺伝子治療を実施するためには、広範な研究領域からのバックアップ体制が必要である。遺伝子解析とその情報は国際的、国内的に研究基盤が整備され、データベース化が進みつつある。しかし、細胞レベル、個体レベルの研究基盤は、他の研究先進諸国に比べてわが国は大幅に遅れているのが現状である。特にそれ自身が生きた存在である細胞についての開発と供給に多くの労力を必要とする。
本研究はこのうち・がん細胞などの細胞株と・幹細胞(stem cell)についての研究基盤を確立し、ヒトゲノム解析と遺伝子治療をバックアップする目的で設定した。このような研究基盤の整備、高度化の必要性は科学技術基本法でも指摘されているところである。
研究方法
1)細胞株の品質管理と特性分析:マイコプラズマ感染はVero細胞との共培養およびHoechst 33258による蛍光染色法によって検出した。マイコプラズマ染色が発見された場合はMC210 0.5μg/ml添加により除染した。細胞株の種同定はCorning社のオーセンティキットによるアイソザイム分析によった。接触阻止現象に鋭敏な細胞株(3T3細胞など)は培養細胞の形態と増殖によって判定した。2)細胞株の親ストックの維持:平成7年度後半からヒューマン・サイエンス財団が細胞株の供給業務を行うことになった。このため各研究施設は親ストックの維持を担当した。3) 新たな細胞株の開発と収集:各研究施設で新たに株化し、特性解析、品質管理を終了した細胞を細胞バンクに登録する。また他の研究者によって有用な細胞株が樹立されたときにも、細胞バンクへの登録を依頼し、収集する。4)遺伝子変異のスクリーニング:本年度は各研究施設で保存している細胞株について、遺伝子の変異の有無を系統的に検索するためのアッセイ系の開発を行った。5)幹細胞の培養系:それぞれの班員の分担する幹細胞の培養系の樹立を行った。このうち臍帯血幹細胞、肝細胞、表皮細胞などのヒト細胞についてはインフォームドコンセントにより倫理面に配慮して、細胞、組織を入手、培養した。
結果と考察
1. ヒトがん細胞を中心とする細胞株の開発と供給本研究の母体は1984年「対がん10カ年総合戦略」の一環として、がん研究振興財団の中に作られたリサーチ・リソース・バンク(Japanese Cancer Research Resources, JCRB)の細胞バンクである。JCRB発足以来の10年間におよそ25,000件の細胞株を供給してきたが、本研究に所属する4研究施設はそのうち約25%を担当した。本研究はこのようなJCRBの実績の上にそれを継続、発展させるべく設定された。各研究者の専門とする細胞種は次の通りである。黒木登志夫(ヒト上皮細胞、ヒトがん細胞、突然変異検出系用細胞);小山秀機(核酸代謝変異細胞、DNA修復変異細胞);難波正義(ヒト肝および肝がん細胞);瀬山敏雄(ヒトがん細胞)。これらの細胞株の遺伝子変異の系統的検索は、石岡千加史(東北大・加齢研)が担当した。1)細胞株の品質管理と特性分析:4研究施設に登録されている細胞株は総計153株に達する。これらの細胞株について、マイコプラズマの感染をモニターし、汚染のない細胞株を供給した。2)細胞株の分与:本研究に課せられた任務の一つは、研究者の要請に応じ細胞株を供給し、厚生科学に寄与することである。細胞株供給業務は、平成7年度後半期よりヒューマン・サイエンス財団に委託され、本研究グループはそれらの親ストック153株を保存することとなった。 3)品質管理法の開発:樹立された細胞株の均一性を調べる方法として、一本のtubeに1細胞づつ分注後、RT-PCRにより遺伝子を増幅させるsingle cell PCR法を検討した。この方法は、他の動物種の細胞やほかの細胞株の混入を検討するのに有用である。4)DNA合成に関する変異株の分析:小山ら(横浜市大・木原研)は胎児幹細胞(ES細胞)を用いてDNA合成酵素topoisomerase IIのヘテロ変異株を樹立した。しかし、ホモ欠損株は樹立できなかった。また、マウスFM3A株から新たにX線感受性株SX10を分離した。
5)SCIDマウス移植がん細胞からの培養株樹立:瀬山ら(放影研)は、SCIDマウスにがん組織を移植した後培養に移す方法を用い、ヒト肺がんから3株を樹立した。このうち1株についてマイコプラズマ汚染マウス細胞汚染などの品質管理を終了し、登録を準備中である。6)ヒトがん細胞の薬剤耐性:ヒト肺がん株を中心にシスプラチン感受性およびEGFレセプター抗体の細胞増殖抑制作用を検討した(昭和大・腫瘍分子研・黒木)。7)ヒト上皮細胞への遺伝子導入:遺伝子治療の目的に開発されたアデノウイルスベクターを用い、ほぼ100%の効率でヒト正常ケラチノサイトに遺伝子を導入するのに成功した(昭和大・腫瘍分子研・黒木)。8)ヒトがん由来細胞株の遺伝子変異:12株のヒト肝がん細胞株についてp53, p21,cdKなど細胞周期調節遺伝子変異を系統的に検索し、サイクリンEの過剰発現を見出した(岡山大・医・難波)。APC,BRCA-1などのがん抑制遺伝子の変異スクリーニング法としてストップコドンアッセイ法を開発した(東北大・加齢研・石岡千加史)。2. 幹細胞の開発と応用組織構築の中核を成す幹細胞の開発は、基礎研究にとって重大であるだけでなく、細胞移植、遺伝子治療などへの応用面が広い。幹細胞研究グループは平成9年度「ヒトゲノム遺伝子治療研究事業」の設定にあたって本研究班に参加した。研究対象として生殖系列幹細胞(ES細胞;担当、国立遺伝研・中辻憲夫)、末梢血および臍帯血幹細胞(兵庫医大・輸血部・原 宏)、ヒト肝細胞(慈恵医大・内科・永森静志)、ヒト上皮細胞(昭和大・腫瘍分子研・黒木登志夫)を扱った。1)生殖系より幹細胞(ES細胞):近郊系C57BL/6系統および遺伝研において確立された日本産野生マウス由来近交系MSM系統から数種類のES細胞株を樹立した。不死化遺伝子導入マウス系統の胚から初期中枢神経系原基を分離して多数の脳神経系の細胞株を樹立した(国立遺伝研・中辻憲夫)。2)ヒト肝細胞:ヒト肝に代わる人工臓器として、ヒト肝由来細胞株の応用可能性を検討した。
バイオリアクターでの培養では、アルブミン/AFP比は、正常肝と類似の値を示し40日以上持続可能であった(東京慈恵医大・永森静志)。3)ヒト臍帯造血幹細胞の培養:臍帯血(臍帯および胎盤)に含まれている血液幹細胞を用いる臍帯血移植のための造血幹細胞の増幅を試みた。SCIDマウスに移植して2カ月後にヒト血液細胞が増幅していることを示した。しかしCD34(-) 細胞からの造血前駆細胞の産生は証明できなかった(兵庫医大・原 宏)。4)ヒト表皮幹細胞の培養:ヒト表皮の三次元培養系では、DNA合成する細胞は生体内の皮膚と同じように基底細胞層に存在する。幹細胞と考えられるこの細胞のパラクライン増殖因子を検討したところ、KGFであることが判明した。HGFは二次元培養ではパラクラインに働くが、三次元では増殖を促進しなかった。3. 倫理面への配慮本研究はいずれも細胞レベルの研究であるため、倫理面に問題となる点は少ない。問題となり得るのは、ヒト細胞の分離培養である。この場合でもがん細胞の分離培養については、病理検査の一部として行われるため、informed consentを必要としないことが多い。しかし、ヒト正常細胞、特に臍帯血、肝細胞の培養にあったてはinformed consentによる供給者の同意を得ている。
結論
本研究の4研究施設はヒューマン・サイエンス財団による細胞株供給業務をバックアップし、細胞株と培養技術に関する基礎研究を進めている。また、生殖系列、ヒト肝、臍帯血、ケラチノサイトなど幹細胞の実験系はいずれも遺伝子治療、人工臓器などへの応用の可能性が高い。本研究はいずれもヒトゲノム遺伝子治療研究の基礎整備にとって不可欠である。
公開日・更新日
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