難治がん・進行がんに対する生体内標的遺伝子治療の戦略の研究

文献情報

文献番号
199700739A
報告書区分
総括
研究課題名
難治がん・進行がんに対する生体内標的遺伝子治療の戦略の研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
吉田 輝彦(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 小菅智男(国立がんセンター病院)
  • 新津洋司郎(札幌医科大学)
  • 斎藤泉(東京大学医科学研究所)
  • 濱田洋文((財)癌研究会癌研究所)
  • 落谷孝広(国立がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
80,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年における固形がんの治療成績の改善は、主として早期診断技術の向上と術後ケアや栄養管理、感染・造血器障害等に対する対策の改善に寄るところが大きい。一方、難治がん及び進行期がんの治療そのものに関しては従来の外科・化学・免疫・ホルモン・放射線療法の限界が明らかになってきており、新しい原理に基づく治療法の開発が急務である。また、社会の急速な高齢化に伴い、優れたがん細胞殺傷・抑制効果と並んで、患者にとってより侵襲の少ない、高いQOLを実現する治療法が必要とされている。遺伝子治療の戦略にはがん細胞やベクターの特質に基づく様々な標的機構を組み込める可能性がある。しかし、従来のがん遺伝子治療法では悪性黒色腫に対する免疫賦活療法と、脳腫瘍に対する自殺遺伝子局所導入療法を除いて有効性が強く期待できるものはなく、固形がん、特に消化器系固形がんで体内に播種したものを標的する治療法の研究は今後の重要課題となっている。本研究では複数の方法論を組み合わせて難治・進行固形がんに対して標的性、有効性、安全性の3点で優れた治療法を確立することを目的とする。今年度の具体的研究目的は下記の通りである。・がんの血管新生の抑制の標的となる血管内皮細胞に特異的な転写因子の同定、・膵がんのsurgical adjuvantとしての局所的遺伝子治療の適応となる膵がんの臨床病態の把握と、適切な局所遺伝子導入法の基礎的検討、・TNF受容体p55遺伝子を用いた新しい「免疫自殺遺伝子治療」の開発、・Cre-loxP系を利用した、高効率アデノウィルスベクター作製法の開発、・アポトーシスや細胞周期の制御系や、がん抑制遺伝子異常を標的にした腫瘍特異的遺伝子治療の開発、・ファイバー・ノブ改変アデノウィルスベクターを用いた腫瘍細胞の標的法の開発、・生体親和物質包埋アデノウィルスベクターによる生体内発現制御システムの開発。
研究方法
上記「研究の目的」で掲げた研究目的順に、研究方法を述べる。・組織特異的転写調節因子である可能性の高い、Kruppel様因子のzinc fingerドメインからファミリー間で良く保存されている塩基配列を元に、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)のRNAを鋳型としてRT-degenerate PCR法を行い、新規Kruppel様因子をクローニングした。・膵がんの中で、術前・術後の局所的遺伝子治療の適応となる亜群を把握する目的で、膵頭部がん27 例について臨床病理学的検討を行った。また、組織非特異的プロモーターにより駆動されるルシフェラーゼ遺伝子をレポーターに用いて、腹腔内局所的遺伝子導入に適したベクターとしてのリポフェクション試薬の比較検討を行った。・サイトメガロウィルス初期遺伝子プロモーターによりp55遺伝子を発現するアデノウィルスベクターAdCMV/TNFR-p55を構築した。ヒト肝がん細胞株PLC/PRF/5と、ヒト大腸がん細胞株M7609をヌードマウスに移植、腫瘍内に上記アデノウィルスベクターを注射した後、TNFを尾静脈より注射し、腫瘍サイズと生存期間を観測した。・Creの標的として種々のloxP配列変異体を合成し、DNA断片に直接結合させてCre依存性組換えの効率と特異性を迅速に解析する系を作り、最も有用と思われる変異loxPを同定した。・アポトーシス誘導遺伝子を発現するアデノウィルスベクターを構築するため、Cre/loxP系に基づくON/OFF制御システムとアポトーシス耐性293細胞の樹立を行った。これらの材料を用いてアポトーシスの制御や細胞周期調節に関わる遺伝子を組み込んだアデノウィルスベクターを作製した。用い
た遺伝子は、Fas、FasL、Bcl-2、Bcl-2アンチセンス、Bax、Bad、FLICE、CPP32、FLIP、Bcl-xL、Bcl-xs、CDK inhibitors(p16、p19、p21、p27)、IκBδN、などである。これらのアデノウィルスベクターを感染させた細胞におけるアポトーシス誘導効果など、生物学的効果を解析した。また、p53が非活化している細胞でのみ増殖可能な、E1B55Kを欠失したアデノウィルスAxE1AdBを作製し、in vivo抗腫瘍効果を検討した。・アデノウィルスベクターの細胞側受容体分子とアデノウィルスとの吸着を担うファイバー蛋白質のC末端にリジン20個の挿入変異を導入した変異アデノウィルスAx-F/K20を作製し、グリオーマ細胞を標的とした遺伝子導入効率の検討を行った。・アデノウイルスベクターとしては、β-ガラクトシダーゼなどのレポーター遺伝子やヒトHST-1(FGF-4)遺伝子を組み込んだアデノウイルスを、またキャリアとなる生体親和材料としてはアテロコラーゲンを選択し、両者を最適の比率で混合して動物の体内に導入し、遺伝子の発現と生物活性を経時的に観察した。
結果と考察
「研究の目的」で掲げた研究目的順に、結果と考察を述べる。 ・ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)において高い発現を示す新しいKruppel様因子の遺伝子U64Zをクローニングした。その構造から組織に特異的な分化・増殖・機能を司る転写因子である可能性があり、血管新生のみならず、間質の造成・再構築を抑制することで腫瘍増殖や転移の抑制を図る遺伝子治療法の標的遺伝子として検討する必要がある。・新しい病理学的スコアにより、膵がんのsurgical adjuvantとしての遺伝子治療が適応となる群を同定することができた。また、直鎖状PEIを用いたリポフェクション法が、膵がんに対する局所遺伝子導入に有用であることを示した。・TNF受容体p55遺伝子をアデノウィルスベクターにて導入後、TNFを投与することにより、in vivo腫瘍モデルにおいて明らかな抗腫瘍効果と生存期間の延長が認められた。TNFが抗腫瘍免疫を賦活することを勘案すると、新しい「免疫自殺遺伝子治療」の開発の基礎ができた。・本来のloxPとは独立に働く、2種類の新しい変異loxP配列を同定し、複数遺伝子の発現ON/OFF制御や、複数遺伝子の細胞内ノックアウトなどを可能にする、次世代の導入遺伝子制御技術の基盤となる材料を得た。・アポトーシスや細胞周期の制御に関わる遺伝子を発現する一連のアデノウィルスベクターを作り、生物学的効果を検討した。FADD、FLICE、Baxなどの高発現によりアポトーシスが強力に誘導されたが、FasL遺伝子導入ではアポトーシス耐性を示す細胞が見られた。E1B55K欠失アデノウィルスはp53遺伝子異常がある膵がん細胞に特異的に抗腫瘍効果をin vitro、in vivoで示し、その有用性が示された。・アデノウィルスファイバー・ノブ蛋白質C末端にリジン20個を挿入したAx-F/K20ウィルスを考案し、従来型のアデノウィルスベクターの数10倍の効率でグリオーマ細胞に遺伝子導入可能であることを示した。・アテロコラーゲンが生体でのウイルスベクターの長期間の徐放化と発現維持に有効であることを証明した。また、このアテロコラーゲン包埋アデノウイルスベクターは、生体内投与後も随時物理的な除去が可能であること、アデノウイルスに対する中和抗体を有する動物に対しても遺伝子導入・発現が可能であることを示した。
結論
体内に浸潤・播種している固形がんの標的治療の確立を目的として、今年度は下記の成果を得た。・ヒト臍帯静脈内皮細胞において高い発現を示す新しいKruppel様因子の遺伝子をクローニングした。がん間質の造成に関わる転写因子として、遺伝子治療の標的遺伝子となる可能性がある。・膵がんのsurgical adjuvantとしての遺伝子治療が適応となる群を同定した。直鎖状PEIを用いたリポフェクション法が膵がんに対する局所遺伝子導入に有用であることを示した。・TNF受容体p55遺伝子を用いた新しい免疫自殺遺伝子治療を開発した。・複数遺伝子の発現ON/OFF制御等を可能にする新しい変異loxP配列を2種同定した。・アポトーシス制御に関わる遺伝子のうち、FADD、FLICE、Baxなどの高発現によりアポトーシスが
強力に誘導されることを見出した。E1B55K欠失アデノウィルスがp53遺伝子異常があるがんに特異的に抗腫瘍効果を示すことを見出した。・アデノウィルスファイバー・ノブ蛋白質C末端にリジン20個を挿入したウィルスを考案し、従来型のアデノウィルスベクターの数10倍の遺伝子導入効率を達成した。・アデノウィルスベクターを生体親和物質であるアテロコラーゲンに包埋し、ベクターの長期徐放化と発現維持、物理的除去による発現停止、アデノウイルスに対する中和抗体を有する動物への遺伝子導入が可能であることを示した。

公開日・更新日

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