遺伝子治療用DNA製剤の開発と癌治療への応用

文献情報

文献番号
199700738A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子治療用DNA製剤の開発と癌治療への応用
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
吉田 純(名古屋大学)
研究分担者(所属機関)
  • 萩原正敏(東京医科歯科大学)
  • 高橋利忠(愛知県がんセンター研究所)
  • 妹尾久雄(名古屋大学)
  • 小林猛(名古屋大学)
  • 寺川進(浜松医科大学)
  • 舛本寛(名古屋大学)
  • 若林俊彦(名古屋大学)
  • 水野正明(名古屋大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
癌、AIDSあるいは先天性代謝異常症に対するこれまでの治療は手術・放射線治療・化学療法などが中心となってきた。しかしながらいずれの治療法も満足できる治療効果は得られていない。そこで近年注目を集めているのが遺伝子治療である。この遺伝子治療を成功させるためには有効な遺伝子治療薬の開発が必須であり、その開発が本研究の目的である。遺伝子治療薬に求められる特徴として生体内に投与された後、特定の患部に集積し、必要な蛋白を必要量産生できることが上げられる。さらに安全に反復投与することができ、しかもその発現は生体外より調節できることが望まれる。このような特徴を備えた遺伝子治療薬の開発は多くの疾患に対し応用が可能と考えられることから、その開発の成功は広く社会に貢献するものと考える。具体的には?安全で効率の良い遺伝子導入ベクターの開発とその導入・発現機構の解明、?導入遺伝子ベクターのDDSの開発、?遺伝子治療の臨床研究の3課題を設け、理想的な遺伝子治療薬の開発研究を目指している。
研究方法
?課題1:安全で効率の良い遺伝子導入ベクターの開発とその導入・発現機構の解明(1)AAVベクタープラスミドとアデノウイルスのE1+E4 + VARNA蛋白発現プラスミドを包埋したリポソームを作製し、ヒトグリオーマ細胞に添加し、その遺伝子発現効率を検討した。遺伝子発現効率はb-ガラクトシダーゼ遺伝子の発現を定量化して評価した。次に同リポソームをマウス脳腫瘍モデルに定位脳手術的に注入し、in vivoでの発現を観察した。(2)マウスb型インターフェロン発現プラスミド(pSV2muIFN-b)を調製した後リポソームに包埋し、これをC57BL/6マウスの脳内に作製されたマウスグリオーマ(GL261)に投与し、抗腫瘍効果を観察した。投与は移植後4日目に行い、免疫学的評価は移植後11日目と23日目に行った。(3)DNA/リポソーム製剤の遺伝子発現機構を明らかにするため、分子生物学的手法ならびにビデオ型微分干渉顕微鏡を用いた画像解析法にて細胞死の過程をヒトグリオーマ細胞を用いて検討した。(4)TNFaをヒトグリオーマ細胞に添加した後の転写因子NF-kBの動きをNF-kB応答性ルシフェラーゼ遺伝子の発現を観察することで評価した。(5)遺伝子発現調節可能なベクターを開発するためTet system、Reverse Tet system、MMTV systemを用いた遺伝子発現調節機能付きベクターを開発した。これをヒトグリオーマ細胞あるいはヌードマウスに投与してその発現をb-ガラクトシダーゼやGFPあるいはインターフェロンを用いて評価した。?課題2:導入遺伝子ベクターのDDSの開発(1)ヒトグリオブラスーマ、乳癌、肺癌の一部の症例で認められる欠損型EGFR(Epidermal growth factor)遺伝子を特異的に認識するモノクローナル抗体の遺伝子の単離するため、先ず精製したモノクローナル抗体を気相法によりN末から部分的にアミノ酸配列の決定を行った。得られたアミノ酸配列を基にPCR用primerを設計し、ハイブリドーマから得られたRNAを用いてRT-PCRを行った。得られた抗体遺伝子を大腸菌発現ベクターに組み込み、大腸菌での抗体産生と精製を行った。産生された抗体の反応性は、免疫染色とELISA法により検討した。
(2)リポソームベクターを標的組織全体に輸送するDDSとして組織内持続注入法の有用性を検討した。b-ガラクトシダーゼ遺伝子を包埋したMLV及びSUVリポソームをラット脳腫瘍モデルに定位脳手術的に投与し、4日後に脳を摘出、組織内分布の違いを検討した。投与方法としてOsmotic pumpまたはインフュージョンポンプによる持続注入を採用した。
結果と考察
?課題1:安全で効率の良い遺伝子導入ベクターの開発とその導入・発現機構の解明(1)AAVベクタープラスミドとアデノウイルスのE1+E4 + VARNA蛋白発現プラスミドを包埋したリポソームはヒトグリオーマ細胞における遺伝子発現を約10-20倍増強した。さらにこれを実験的脳腫瘍モデルに投与したところ、発現量及び発現域の向上を認めた。(2)マウスb型インターフェロン遺伝子包埋リポソームを投与してから3日目にはすでに多くのT細胞及びNK細胞の腫瘍内あるいは腫瘍周囲組織への浸潤が認められ、マウスb型インターフェロン蛋白を脳内に直接投与したときには認められなかった免疫担当細胞の賦活化が確認された。またこの免疫の賦活化は2週間以上持続されることがわかった。(3)ヒトb型インターフェロン遺伝子包埋リポソームをヒトグリオーマ細胞に添加したときに投与後48時間でアポトーシス型の細胞死が誘導されることを確認した。しかしこの細胞死は抗Fas抗体にて誘導されるアポトーシスとは異なっていた。詳細は現在検討中である。(4)TNFaを用いた研究ではTNFaで誘導される転写因子NF-kBがTNFaの殺細胞効果を抑制している可能性が示唆された。(5)Tet systemまたはReverse Tet systemを用いた遺伝子発現調節機能付きベクターを開発した。特にReverse Tet systemの応用ではヌードマウスといった動物個体で発現制御が可能なことが証明された。一方熱に感受性を持ち、遺伝子発現を誘導するMMTVプロモーターを組み込んだ遺伝子治療用プラスミドは電磁波に感応して磁性微粒子が発生した熱によりインターフェロンを産生した。さらにその結果、癌細胞の増殖抑制効果には温熱とインターフェロンの相乗効果が認められた。?課題2:導入遺伝子ベクターのDDSの開発(1)ヒトグリオブラスーマ、乳癌、肺癌の一部の症例で認められる欠損型EGFR(Epidermal growth factor)遺伝子を特異的に認識するモノクローナル抗体の遺伝子を単離し、組み換え型単鎖抗体の作製した。産生された抗体の反応性を免疫染色で検査したところ、変異EGFR遺伝子を導入した細胞に反応することを確認した。現在リポソーム等への応用を進めている。(2)SUVリポソームでは持続投与により組織内に広範に分布させることができた。このことは遺伝子治療の効果を高めることに結びつくと考えられた。?課題3:遺伝子治療の臨床研究(1)課題1、課題2で得られた基礎研究に基づき臨床研究を行う体制を名古屋大学内外で進めている。昨年10月には名古屋大学医学部付属病院遺伝子治療臨床研究審査委員会で「正電荷リポソーム包埋ヒトb型インターフェロン遺伝子による悪性グリオーマの遺伝子治療臨床研究」と題する臨床研究が承認された。
結論
現在行われている遺伝子治療の問題点(遺伝子導入効率、遺伝子発現調節、導入遺伝子の腫瘍内分布、ターゲッティング等)を検討し、それを改善するための研究を行った。その中でリポソームとウイルスベクターのコンビネーションは汎用性があり、有効な遺伝子治療薬になりうる可能性が示唆された。Tet systemやReverse Tet systemによる遺伝子発現調節はin vivoでも可能であることが証明された。ヒトグリオブラスーマ、乳癌、肺癌の一部の症例のターゲッティングに有用な欠損型EGFR(Epidermal growth factor)に対する組み換え型単鎖抗体の作製に成功した。組織内持続注入法は遺伝子発現域を広げるのに有効であった。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)