腎細胞がんに対する免疫遺伝子治療―IV期腎細胞がん患者を対象とするGM-CSF遺伝子導入自己複製能喪失自家腫瘍細胞接種に関する臨床研究

文献情報

文献番号
199700736A
報告書区分
総括
研究課題名
腎細胞がんに対する免疫遺伝子治療―IV期腎細胞がん患者を対象とするGM-CSF遺伝子導入自己複製能喪失自家腫瘍細胞接種に関する臨床研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
谷 憲三朗(東京大学医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 浅野茂隆(東京大学医科学研究所)
  • 奥村康(順天堂大学)
  • 藤目真(順天堂大学)
  • 濱田洋文(癌研究会・癌化学療法センター)
  • 佐藤典治(東京大学医科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在、腎細胞がんにより年間約2,800人が死亡している。特に他臓器への転移、浸潤を認めるIV期進行腎細胞がん患者では、いずれの既存の療法によってもその治療成績は極めて不良で、多くの患者は2年以内に死亡している。従ってIV期腎細胞がん患者に対する新たな治療法の開発が強く望まれる。一方で、最近腎細胞がんに対する免疫療法の有効性が示唆されてきている。これまでのマウス自家腫瘍細胞系を用いた前臨床試験では、放射線照射・GM-CSF遺伝子導入自家腫瘍細胞の抗腫瘍免疫誘導能ならびにその際の免疫担当細胞が明らかにされていた。また米国、オーストラリア、オランダでは、腎細胞がんならびにメラノーマ患者に大量放射線照射後のGM-CSF遺伝子導入自家腫瘍細胞(GVAXと以下省略)を実際に接種し、その臨床結果が報告された。いずれの臨床試験プロトコールにおいても、接種細胞数が多い患者体内で抗腫瘍免疫誘導効果が認められた。われわれは以上のような知見を基礎に、患者の抗腫瘍免疫活性をより増強させ臨床効果に結びつける目的で、これまで米国を中心に検討されてきたGVAX臨床試験の結果から最適と考えられる、皮内ならびに皮下接種投与量(細胞数)を新たに設定し、その投与実施の可能性ならびに安全性の評価を第一の目的とした臨床研究計画を立てた。同時に、実際に患者にもたらされた抗腫瘍免疫誘導効果をいくつかの特別な免疫学的研究法により評価し、画像診断技術を用いた臨床面での腫瘍縮小効果と併せて検討することも第二の目的とした。今年度は特に本邦での本臨床プロトコールの開始にむけて、本附属病院内において患者自家腎細胞がん細胞の大量培養ならびにレトロウイルスベクターを用いたGM-CSF遺伝子の導入が実際に安全かつ効率的に行い得るか否かの確認を行うと共に、本臨床プロトコールに付随した基礎的検討を病理学ならびに免疫学的観点より行うことを目的とした研究を行った。
研究方法
97年度は遺伝子治療実施の前段階としてのテストランを東京大学医科学研究所附属病院において実施すると共に、いくつかの基礎研究も併せ行った。
(I). テストラン研究
腎細胞がん患者に研究内容を十分に説明し、その内容を理解できた患者の中で同意書に署名をした患者5人より腎細胞がんを得、腎細胞がん細胞の培養、GM―CSF遺伝子導入、その他の前臨床的検討を行った。
すなわち、患側腎の全摘出術を行い、東大医科研病院附属臨床細胞工学室内バイオハザード室内の安全キャビネット内で腎細胞がん細胞浮遊液を得、初代培養腎細胞がん細胞を培養した。第一継代腎細胞がん細胞に対し、Cell Genesys社より予め空輸され凍結保存されているMFGs-GM-CSFレトロウイルスベクター液を用いて、GM-CSF遺伝子導入を行った。その後さらに継続して細胞培養を行いGM-CSF遺伝子が導入された細胞を増幅後、遺伝子導入培養細胞を回収し、15,000ラドの放射線照射を行い、細胞保存液に懸濁し、プログラム凍結を行った。最終回収細胞の5%は安全性検討(複製可能レトロウイルス(RCR)、細菌、真菌、マイコプラズマなどの汚染がないことの確認)のため、英国Q-One Biotech社へ空輸するとともに、東大医科研病院臨床検査室もしくは病態薬理学研究部において遺伝子導入細胞の機能検査(GM-CSF産生能のELISA法ならびにウェスタンブロッティング法での検討、HLA typingによる最終回収細胞における患者HLAの保存性、病理組織的検討など)を行った。
(II). 培養腎細胞がん細胞の組織的検査
腎細胞癌の同定を目的として5患者より樹立した初代腎細胞癌培養細胞についてサイトケラチン陽性細胞の割合を、4種類の抗サイトケラチン単クローン抗体を用いて調べ、特異性のある染色条件とその有効性について検討した。またHLA class I, II、 EGF-R、 Uro-3(尿細管)および非腎細胞の標識形質としてCD34, CD45の染色を行った。更に、正常腎細胞と腎細胞癌の識別を目的とした、甲状腺ホルモン関連蛋白(PTHrP)、Yeast Kex 2 familyに属するFurin及び細胞膜貫通型糖鎖分子(CD44)に対する染色も行った。また転移能を有する癌細胞に強く発現している糖タンパク質の一つであるMUC1ムチンの腎細胞がんにおける発現と転移・予後との関連についてモノクローナル抗体MY.1E12を用いて、免疫組織化学的ならびにウェスタンブロット法による検討を行った。
(III). 腫瘍特異的細胞傷害性T細胞の誘導
腎細胞がん患者末梢血Tリンパ球のオリゴクロナリティーの解析を、長期転移性腎細胞癌を持った8例の患者末梢血について行った。まず患者末梢血単核細胞からRNAを調製し、T細胞受容体(TCR)β鎖の定常領域に対する特異的プライマーを用いて逆転写反応を行い、TCRβ鎖cDNAに対するPCRによりTCRβ鎖CDR3領域を増幅し、TCRレパートアの偏りを調べた。更に、各Vb1~24のPCR産物を鋳型にした蛍光標識CbプライマーによるPCRを行い、CDR3 サイズ断片長解析からT細胞のクローン性増殖を調べた。また共刺激因子(CD80, 86)を用いた効率の良いCTL誘導法開発の試みとして、尾静脈投与で多臓器転移を惹起するA/Jマウス由来神経芽腫C1300に共刺激分子 CD86を遺伝子導入し(CD86+C1300)、CD86+C1300で誘導した細胞障害性 T 細胞(CTL)を用いてC1300担癌同系マウに養子免疫療法を行い、その抗腫瘍治療効果について検討すると共に、ヒト初代培養癌細胞(肺癌、腎癌、前立腺癌)に共刺激分子CD80遺伝子をアデノウイルスベクターを用いて導入し、癌患者末梢血リンパ球および胸水浸潤リンパ球より自家腫瘍特異的CTLをin vitro誘導し、その細胞障害活性を測定した。
(IV). アデノウイルスベクターを用いた免疫遺伝子治療法の開発
抗腫瘍免疫誘導強化法の開発を目的に、腫瘍拒絶抗原としてメラノーマとメラノサイトに特異的な抗原の一つであるgp100を用い、その発現アデノウイルスベクターAxCAhgp100(略してAd・gp100)を作成し既知の抗原に対して強い抗腫瘍免疫が得られるワクチン投与法をC57BL/6マウス/メラノーマB16腫瘍系を用いて検討した。
結果と考察
(I). テストラン研究
遺伝子導入細胞の安全性や性状の検討を行った結果から、複製可能レトロウイルス、マイコプラズマ、細菌、真菌ならびにエンドトキシンは全く検出されなかった。また5人の患者中3人でGM-CSFの高い発現を認め、残り2例では低いGM-CSF遺伝子発現を認めた。なお遺伝子導入効率を検討した結果から、遺伝子導入操作中のレトロウイルスベクターの濃度を高くする必要があることが明らかになった。さらに遺伝子導入培養腎細胞がん細胞では遺伝子導入前と較べ、MHC class I, II発現、上皮細胞抗原の発現などに変化は認められなかった。なおこれらの細胞処理操作時に室内環境は規定の清浄度で維持された。これにより本臨床細胞工学室において作製された遺伝子導入腎細胞がん細胞は患者へ安全に投与できる品質を有していることが証明された。
(II). 培養腎細胞がん細胞の組織的検査
サイトケラチン染色結果では、抗体の種類によって各症例間で染色強度に多少の違いが認められた。腎細胞癌5症例のうちCase 1, 2, 5は強陽性であったが、Case 3, 4は弱陽性であった。全症例とも初代培養細胞内に線維芽細胞は殆ど混入していないことが分かった。HLA-ClassI染色では5症例とも全て陽性であり、GM-CSF遺伝子導入腎細胞癌細胞でも同様の結果が得られた。HLA-Class II発現は全て陰性であった。 PTHrP染色結果では、腎癌組織のみに発現が認められ、組織上は正常と腎細胞がんの識別が可能であったものの、培養系においては抗PTHrP抗体は両者を認識し得るものと結論された。Furin抗体も正常細胞と癌細胞の識別に一般的には使用できないものと判断された。シアル化MUC1ムチン染色結果では、陽性率が5%以上の群で有意に予後不良であった。ウェスタンブロット法の結果から正常腎組織では分子量46万と51-52万の2本のバンドを認め、がん組織では1本のバンドを分子量が44万から53万の間に認めた.
以上の結果から、既存の単クローン抗体を用いた免疫染色法やその他の染色法では、腎細胞がん細胞と正常腎細胞の区別は困難であることが判明し、できる限り細胞の正常の変化しない低継代数での遺伝子導入腎細胞がん細胞の使用が望ましいものと考えられた。またMUC1ムチンの発現の抑制とがんの免疫療法の強化との関連性も示唆され、今後の検討を要する事項として上げられた.
(III). 腫瘍特異的細胞傷害性T細胞の誘導
長期転移性腎細胞癌を持った8例中1例の患者に於いて、末梢血中にT細胞の単クローン性(Vb 3 - Jb 2.7)増殖を認め、8例中6例には多クローン性増殖を認め、1例でのみ正常人と同様のT細胞増殖パターンを認めた。マウスの系での検討結果では、 CD86+C1300を刺激細胞としたときに細胞障害活性の誘導が認められた。この細胞障害活性はC1300特異的であった。C1300担癌マウスに対する養子免疫療法のin vivo効果は、CD86+C1300誘導CTL投与群では転移が著しく抑制され、生存日数も延長した。ヒトの系での検討結果から、癌患者末梢血リンパ球ならびに胸水浸潤リンパ球からIL-12とIL-2を併用して誘導されたCTLは、自家腫瘍に対して特異的に高い細胞障害活性を示し、この活性は抗CD3抗体で抑制された。以上の様に長期転移性腎細胞癌を持った患者末梢血についてT細胞クロノタイプ解析ならびに今回の遺伝子治療臨床研究により、腎細胞がん特異的CTLクローンの同定ならびにクローン化への道が開かれるものと期待される。また共刺激分子遺伝子導入腫瘍細胞はCTLを介して細胞性免疫能を増強することが判り、今後の新たな養子免疫療法の可能性が示唆された。
(IV). アデノウイルスベクターを用いた免疫遺伝子治療法の開発
メラノーマ腫瘍拒絶抗原としてgp100をモデルとした本研究によって、a)アデノウイルスベクターAd・gp100の投与により抗腫瘍免疫の増強が得られること、b)投与法は静脈内よりも皮下投与がよいこと、c)アジュバントの使用によりさらに強いワクチン効果が得られること、などが明らかとなった。今後抗腫瘍効果のエフェクター細胞の解析や臨床応用への可能性を検討する必要がある。
結論
  東京大学医科学研究所附属病院内で作製されたGM-CSF遺伝子導入患者腎細胞がん細胞は、複製可能レトロウイルス検査を含む10種類以上の検査結果から、安全かつ有効に本臨床研究目的に使用できる品質を有することが示された。また、長期にわたり腎細胞がんを有している患者の末梢血中の、T細胞クロノタイプ解析を行った結果より、8例中1例の患者に於いて、末梢血中にT細胞の単クローン性(Vb 3 - Jb 2.7)増殖を認めた。また本臨床研究では将来的には腎細胞がん細胞上の腫瘍特異的抗原の同定をめざしており、それに必要な細胞障害性T細胞(CTL)誘導に関する予備的検討が行えた。さらにメラノーマ特異的抗原発現アデノウイルスベクターを用いたマウスin vivo研究結果は、今後の免疫遺伝子治療研究に対して新たな方向性を示した。

公開日・更新日

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研究報告書(紙媒体)