難治癌に対するp53遺伝子を用いた遺伝子治療の基礎的・臨床的研究

文献情報

文献番号
199700735A
報告書区分
総括
研究課題名
難治癌に対するp53遺伝子を用いた遺伝子治療の基礎的・臨床的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
田中 紀章(岡山大学医学部第一外科)
研究分担者(所属機関)
  • 藤原俊義(岡山大学医学部第一外科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、p53遺伝子に突然変異や欠失などの異常を有する根治的切除不能な原発性あるいは再発性非小細胞肺癌症例において、正常型p53遺伝子発現アデノウイルスベクターの腫瘍内局所投与とDNA障害性抗癌剤の全身投与による副作用および治療効果を検討することである。基礎的研究では、臨床的に使用するベクターを用いて、多方面からその有効性の理論的根拠を確立することである。
研究方法
1) ヒト肺癌細胞H1299 (p53欠失株)、大腸癌細胞DLD-1 (p53変異株)、LoVo (p53正常株)において、p21遺伝子発現アデノウイルスベクターAd5CMVp21により細胞周期を止めた後、正常なp53遺伝子を発現するアデノウイルスベクターAd5CMVp53を感染させ、アポトーシス誘導を観察した。2) H1299、DLD-1細胞にAd5CMVp53を感染させ、reverse transcription-PCR (RT- PCR)によりFasリガンドの発現を検出した。また、抗Fasリガンド抗体(4H9)でFasシグナルをブロックして、アポトーシスが抑制されるかどうかを検討した。3) p53遺伝子に点突然変異をもつヒト肺癌細胞H226Br細胞にAd5CMVp53を感染させ、血管新生関連因子の発現をRT- PCR解析により検討した。また、in vitroでAd5CMVp53を感染させたH226Br細胞107個を封入した半透過性のセルロースエステル膜より成る膜チャンバーをヌードマウスの背部皮下に移植し、5日目にチャンバーに接した皮膚の血管新生を観察比較した。4) マウスを用いた基礎実験の結果および米国で進行中の臨床試験のデータの一部を含む遺伝子治療臨床試験実施計画書を、文部省および厚生省に提出した。
結果と考察
結果=1) Ad5CMVp21感染により、いずれの細胞株でも細胞周期のG1期停止が認められた。さらに、Ad5CMVp53を2重感染させると、p53遺伝子の変異の有無が異なる3種類の細胞株で、細胞周期が動くことなく(S期に入ることなく)直後より著しい細胞死がみられ、p53遺伝子導入が強いアポトーシス・インデューサーであることが明らかとなった。2) フローサイトメトリー解析により、H1299、DLD-1いずれの細胞株も、細胞表面のFas受容体が検出された。しかし、抗Fas刺激抗体(CH11)に対する反応性は異なっており、H1299はCH11でアポトーシスがみられたが、DLD-1はCH11抵抗性であった。Ad5CMVp53感染により、24時間をピークに一過性にFasリガンドのmRNA発現が上昇した。抗Fasリガンド抗体(4H9)によるFas/Fasリガンド・システムのブロックは、H1299細胞においてはAd5CMVp53のアポトーシスを部分的に抑制したが、DLD-1細胞では全く影響がみられなかった。3) Ad5CMVp53感染により、H226Br細胞では血管新生促進因子vascular endothelial growth factor (VEGF)の発現が顕著に低下した。これは、H226Br細胞が発現している3つのアイソフォーム(VEGF121、VEGF165、VEGF189)のいずれでも観察された。また、新しい血管新生抑制因子であるbrain-specific angiogenesis inhibitor (BAI1)の発現は、p53遺伝子導入により特異的に増強した。これらのin vitroの結果は、in vivoの血管新生アッセイでも反映されており、無処置のH226Br細胞およびコントロールウイルスであるAdRSVLucを感染させたH226Br細胞を封入したチャンバーが接した皮膚では、既存血管の径の増大やコイル状の微小血管の新生がみられ、血管新生が促進されていることが明らかであったが、p53遺伝子を導入したH226Br細胞のチャンバーではこのような変化が全く観察されなかった。4) 臨床プロトコール「非小細胞肺癌に対する正常型p53遺伝子発現アデノウイルスベクター及びシスプラチン(CDDP)を用いた遺伝子治療臨床研究」に関して、「がん遺伝子治療臨床研究合同作業部会」より提起
された117項目のコメントに対して、平成9年9月16日詳細な回答書を提出した。また、再コメントに対して、平成10年1月15日回答書を提出した。米国では非小細胞肺癌および頭頸部癌に対する第・相試験がすでに終了しており、近々、第・相試験が開始される。
考察=米国ではすでに遺伝子治療の臨床応用が開始されてから6年が経過し、現在はその見直しの時期にさしかかっている。その検討結果の中で注目される点は、基礎研究に立ち戻って、疾患治療の理論的根拠を確立することや、ベクターの改良・改善などの技術的向上に重点を置くべきという意見である。われわれも、米国で進行中のp53遺伝子治療の作用機構の検討を行うことで、より効果的な治療法としての確立に寄与しようと考えた。p53遺伝子導入が抗癌治療として期待されるのは、まずその直接的な殺細胞効果がみられるためである。アポトーシスは抗癌治療の終局的な実行機構として、近年精力的に研究が進んでいる。たとえば、抗癌剤や放射線は細胞増殖が盛んな細胞でより抗腫瘍効果が観察され、増殖が緩やかな細胞ではその効果が減弱する。ヒトの癌は、ヌードマウスに培養ヒト癌細胞を移植した場合に比べて増殖が遅く、この差が動物実験と臨床効果のdiscrepancyを生んでいると考えられる。われわれのデータは、p53遺伝子導入によるアポトーシスが細胞周期停止より優位に作用し、増殖の遅いヒト癌でも十分効果が期待できることを示唆している。また、アポトーシスのシグナル伝達機構としてはFasリガンドや抗Fas抗体によるFas受容体刺激が重要と考えられているが、p53依存性アポトーシスにはFasシグナルは部分的にしか関与していないことが明らかになった。これはp53蛋白質により起動されるアポトーシスの多様性を示しており、抗腫瘍活性に複数の経路が存在すると思われる。局所投与という投与経路を考えると、現在のアデノウイルスベクター・システムで癌組織を形成する100%の癌細胞に遺伝子導入を期待することはできない。しかし、遺伝子導入効率の低いレトロウイルスベクターによる臨床試験でも明らかな腫瘍縮小がみられたという事実は、遺伝子導入された細胞が周辺の遺伝子導入されなかった細胞に何らかの抗腫瘍効果を与えた可能性を示している。p53遺伝子導入によるVEGFの発現抑制およびBAI1の発現増強を介した血管新生阻害は、腫瘍の低酸素状態を惹起し、周辺の癌細胞死を引き起こす可能性を示唆している。すなわち、血管新生抑制はbystander効果の作用機構の一つかもしれない。bystander効果は、p53遺伝子治療の局所治療としての有効性を評価するために重要な現象であり、今後さらにそのメカニズムの解析が期待される。臨床的に遺伝子治療はまだ非常に未熟な実験的な段階にある。しかし、臨床応用の結果得られるデータは重要であり、動物実験では予測されなかった副作用や臨床効果が確認される場合も多い。したがって、最低限の安全性を確保した上で臨床応用を試みることは十分に意義あることと考えられる。われわれは、実施計画書の審査と平行して、Ad5CMVp53を用いたp53遺伝子治療の臨床応用を想定し、生検材料の遺伝子解析からウイルス液の保管、注入や患者の隔離方法についてのシステムを検討し、そのシュミレーションを行ってきた。研究室の環境を充実させることで、臨床サンプルの迅速な解析と統計処理、および米国の臨床試験へのフィードバックが可能と考える。今後、本邦でも研究を発展させることで、p53遺伝子治療がより生理的なかつ効果的な高いquality of life (QOL)を望める癌治療法として確立されることを期待する。
結論
1) p53遺伝子導入はp53遺伝子の変異の有無にかかわらず癌細胞にアポトーシスを誘導した。2) p53遺伝子導入によるアポトーシスは細胞周期停止より優位に作用した。3) p53遺伝子導入によるアポトーシスには、Fas/Fasリガンド・システムは部分的に関与している。4) p53遺伝子導入によりin vivoでの血管新生が著しく抑制された。5) p53遺伝子導入による血管新生抑制は、bystander効果に関与している可能性がある。6) p53遺伝子治療は臨床的にも非小細胞肺癌患者に応用可能である。

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