遺伝子治療のための標的遺伝子導入技術の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700734A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子治療のための標的遺伝子導入技術の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
島田 隆(日本医科大学第二生化学教室)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在、臨床試験で使われているウイルスベクターは、細胞に対する特異性がなく、標的細胞以外の細胞にも遺伝子が導入されてしまう。それ故、例えば生殖細胞にも遺伝子が導入されてしまう可能性があり、これは安全性の上で大きな問題である。又、他の細胞への感染でベクターが消費されてしまうため、標的細胞への導入効率を下げる大きな原因の一つとなっている。これらの問題点を解決するため、特定の組織にだけ遺伝子を導入し発現する標的遺伝子導入法の開発を行う。
研究方法
(1)キメラエンベロープを持つ標的ベクター:既にHIVに感染してしまっている細胞への特異的遺伝子導入法としては、HIVエンベロープ(gp120)を発現している細胞に結合できるような、キメラエンベロープを持つレトロウイルスの作製を試みた。CD4のN末端細胞外領域(アミノ酸1-97)をecotropic(E)レトロウイルスのN末端部位に挿入したキメラエンベロープ発現プラスミド(pCD4M/E)を作製した。pCD4M/Eをecotropic(E)レトロウイルスベクターの産生細胞(psi2)にトランスフェクションし細胞株を樹立した。レトロウイルスベクターとしてはbeta-galactosidaseとneomycin phophotransferase遺伝子を組み込んだG1bgSvNaを使った。HIVエンベロープgp120発現ベクターとしてはpCGPE(CMVプロモーター-gag-pol-env-rev)あるいはpHEX(HIVLTR-env-rev)を使った。(2) 二段階法による標的遺伝子導入:CAGプロモーター或いはAFPのプロモーターにより発現するE-レトロウイルスのレセプター(EcoRec)遺伝子を組み込んだアデノウイルスベクター(Ad.CAGEcoRec或いAd.AFPEcoRec)を作製した。レトロウイルスベクターとしてはpsi2細胞から産生されるecotropicベクター(RE.G1bgSvNa)を使った。EcoRecの発現は細胞に結合したE-レトロウイルスベクターの量を抗レトロウイルス抗体を使ったFACS解析により測定した。
結果と考察
(1)キメラエンベロープを持つ標的ベクター:キメラエンベロープ発現プラスミドpCD4M/EとレトロウイルスベクタープラスミドpG1bgSvNaを導入したpsi2細胞から産生されるベクター粒子はEcoRec発現細胞にもgp120を結合したプレートにも特異的に結合した。又、キメラエンベロープの細胞表面への発現はWestern解析によっても確認された。これらの結果はキメラエンベロープがpsi2細胞内で効率よく発現し、レトロウイルスベクター粒子に取り込まれていることを示している。このベクターは、マウス3T3細胞には感染したが、ヒトHeLa細胞には感染できなかった。しかし、あらかじめgp120発現プラスミドをトランスフェクションしたHeLa細胞に対しては遺伝子導入が認められた。この遺伝子導入は抗CD4抗体により完全に阻止された。又、gp120を持続的に発現しているPKS細胞に対しては10-100cfu/mlの効率で遺伝子が導入できることが示された。(2)二段階法による標的遺伝子導入:ヒトHeLa細胞にAd.CAGEcoRecをmoi 0.1で感染させると約70%の細胞がEcoRecを発現することがFACS解析により示された。E-レトロウイルスベクターはHeLa細胞に感染しないが、あらかじめAd.CAGEcoRecベクターを感染させておくとRE.G1bgSvNaによる遺伝子導入が認められた。ヒト由来の各種の付着系細胞や浮遊系細胞に対し同様にアデノウイルスベクターとの二段階感染を行うと、いずれの細胞に対してもE-レトロウイルスベクターによる遺伝子導入が確認された。次にAd.AFPEcoRecをAFP+のHepG2細胞とAFP-のHeLa細胞、HLE細胞に感染させるとHepG2細胞でのみEcoRecの発現が認められた。Ad.AFPEcoRecとRE.G1bgSvNaによる二段階感染を行うとHepG2細胞のみにE-レトロウイルスベクターが導入された。導入効率は約2 x 105cfu/mlであった。二段階法による導入効率と、
既に臨床試験で使われているamphotropicレトロウイルスベクターによる遺伝子導入効率をbeta-ガラクトシダーゼ活性で比較すると、二段階法の方が約2倍効率が高いことが示された。特定の細胞だけを治療するための遺伝子導入法の開発は遺伝子治療を実用化するための最も重要な基盤技術と考えられており、これまでにも多くの研究が行われている。最も単純な方法は組織特異的プロモーターを使って、遺伝子の発現レベルで特異性を出そうとする方法である。組織特異的プロモーターを内部プロモーターとして持つレトロウイルスベクターを使った方法が報告されている。しかし、この方法では発現しない遺伝子が、標的細胞以外の細胞にも組み込まれてしまうことになる。レトロウイルスはエンベロープが細胞側レセプターと結合し、引き続いて起こるエンベロープと細胞膜との融合により細胞内に進入する。従って、レトロウイルスの宿主域は一義的にはエンベロープと細胞膜との相互作用により決定されていると考えられている。それ故、エンベロープを改変して特定の細胞だけ結合できるようなベクターを作る試みが行われてきたがほとんど成功していなかった。最近になってエリスロポエチンを組み込んだキメラエンベロープを持つベクターによる赤芽球系細胞に対する遺伝子導入と、LDLレセプターに対する単鎖抗体を組み込んだキメラエンベロープを持つベクターによる肝細胞への遺伝子導入が相次いで報告された。本研究ではCD4を組み込んだキメラエンベロープを持つベクターによりHIVに感染しgp120を表面に発現している細胞への特異的遺伝子導入が可能であることを示した。我々はこれまでHIVを改変したHIVベクターを開発し、このベクターがCD4+細胞に特異的に高い効率で遺伝子導入できる事を明らかにしてきた。HIVベクターはリンパ球を標的とするエイズの遺伝子治療のための理想的なベクターと考えられる。しかし、HIVが既に感染してしまった細胞ではCD4の発現が抑制されるためHIVベクターによる遺伝子導入は難しい。このような細胞を治療するためにCD4キメラエンベロープを持つベクターを有用であると考えられる。キメラエンベロープを持つ標的ベクターの共通した欠点は導入効率が低い点である。我々のCD4キメラベクターも10-100cfu/mlの力価しかなかった。この原因としてはエンベロープの構造が変化しているため、エンベロープと細胞膜との融合の効率が低いためと考えられる。更に、最近の研究から、細胞に高い親和性で結合するにも関わらず全く遺伝子導入が起こらないEGFレセプターを標的としたキメラエンベロープをもつレトロウイルスベクターの例も知られている。現時点では、どの細胞側分子がレトロウイルスのレセプターとして効率よく機能できるか予測することは不可能である。これらの問題点を解決するため新たに二段階感染法による標的遺伝子導入法を開発した。この方法はエンベロープを操作するのではなく、細胞側のレセプターの発現を操作することで特異的遺伝子導入を行おうとするものである。最初に、導入効率は高いが、染色体に組み込まれないアデノウイルスベクターにより、EcoRecを組織特異的プロモーターを使って標的細胞にのみ発現させる。次にecotropicレトロウイルスベクターにより、EcoRecが発現している細胞にのみ特異的に遺伝子を導入する。組織特異的プロモーターとして、AFPプロモーターを使った実験では、105cfu/ml以上の高い効率で、AFP陽性のHepG2細胞への特異的遺伝子導入が可能であった。導入効率が高い理由としてはアデノウイルスの感染効率が高いため多くのHepG2細胞がレトロウイルスに感受性になったことと、エンベロープを修飾していないため細胞膜との融合活性が高いためと考えられた。レトロウイルスベクターとアデノウイルスベクターは、共にヒトへの臨床試験で使われており安全性の点では問題がないことが確認されている。又、多くの組織特異的プロモーターが知られており、この二段階遺伝子導入法は一般的な標的遺伝子導入技術として、早期に臨床応用が開始されることが期待される。
結論
標的遺伝子導入ベクターとして、gp120を
発現しているHIV感染細胞にだけ特異的に結合できるCD4配列を組み込んだキメラエンベロープを持つレトロウイルスベクターを作製した。このベクターによりgp120依存性の遺伝子導入が確認された。更に、新規の標的遺伝子導入法として、レトロウイルスのレセプターを組織特異的プロモーターを持つアデノウイルスベクターを使って発現させておき、次いでレトロウイルスベクターを感染させる二段階遺伝子導入法を開発した。Alpha-fetoprotein(AFP)のプロモーターを使った実験では、AFP+細胞への特異的かつ高率(105cfu/ml)の遺伝子導入が認められた。

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