文献情報
文献番号
199700731A
報告書区分
総括
研究課題名
臨床応用に向けたハイブリッド型リポソームの確立とサルを用いた実証研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
金田 安史(大阪大学細胞生体工学センター)
研究分担者(所属機関)
- 本多三男(国立感染症研究所)
- 森下竜一(大阪大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
私達は生体組織への遺伝子導入法として独自のハイブリッドベクターであるHVJーリポソームを開発し、このベクターの遺伝子治療のための可能性について様々な疾患モデルを用いて検討し、疾患によってはかなりの治療効果が期待できると予想されている。しかしヒトへの応用を考えるとより強力でかつシンプルなベクター系へと改良する必要がある。この我が国独自の遺伝子治療のベクター系の研究をさらに推進しヒトの遺伝子治療へ応用可能なものとして確立し、その有効性、安全性の検討を行い、臨床応用にまで持ち込むことを目的とする。
研究方法
遺伝子導入の増強のためにリポソーム構成脂質の再検討を中性脂質の種類と混合比、負電荷脂質と正電荷脂質の混合比の観点から行った。遺伝子発現の長期化については、Epstein-Barr (EB)virusの潜伏感染装置, OriPとEBNA-1、をもつプラスミドベクターを構築し、これを改良型HVJ-リポソーム(HVJ-AVE-リポソーム、正電荷型HVJ-リポソーム)により培養細胞、マウス肝臓に導入した。ベクター構築要素の簡素化については、不活化したHVJ全粒子を用の代わりにHVJの融合蛋白(F、 HN)を精製しこれによる融合リポソームの作成を試みた。臨床応用に近づけるための有効性と安全性の評価実験として、まずハイブリッド型リポソームのウサギ頚静脈の移植後再狭窄の遺伝子治療実験、ハムスターでのエイズワクチンの投与実験を行った。大動物としてカニクイザルの眼球内への投与実験を行い、導入効率、病理変化、サルの行動変化を観察した。
結果と考察
1。遺伝子導入効率の増強:正電荷脂質のDC-Cholを加えた正電荷型HVJ-リポソームが培養細胞での遺伝子発現を現行HVJ-リポソームより数十倍以上増強できた。しかしさらに検討を重ねると正電荷脂質の含量が増すと培養細胞への遺伝子導入は増強するが生体の実質臓器への遺伝子導入効率は逆相関して減少することがわかった。そこでルシフェラーゼ遺伝子発現をもとに至適リポソームの脂質構成成分を検討したところ、スヒンゴミエリン, ホスファチジルコリン, ジオレオイルホスファチジルエタノラミン を1:1:1で含み、リン脂質とコレステロール比が1:1, DC-CholとChol比が1:4である時に最大の遺伝子発現が培養細胞において得られたが、マウス肝臓や骨格筋での遺伝子発現はDC-Cholesterolの入った正電荷リポソームでは殆ど認められなかった。しかしDC-Cholの代わりにPSを加え負電荷になったHVJ-リポソームは培養細胞での遺伝子発現は正電荷リポソームより低いが、肝臓、骨格筋での遺伝子発現は現行のHVJ-リポソームによる遺伝子発現の5-10倍であった。組織での最大の遺伝子発現が得られるリポソームの構成分はHIV膜の脂質に酷似しており私達はこのリポソームをAVE(Artificial Viral Envelope)-リポソームと称している。正電荷脂質含有リポソームは培養細胞系では遺伝子導入効率が負電荷リポソームに比較して高いが、生体組織では逆転する。組織内への遺伝子導入のためには組織内滲透性が重要で正電荷リポソームは表面でトラップされるが負電荷リポソームは拡散が可能であるために効率がよいのであろう。AVE-リポソームが高い遺伝子導入効率を有するのは、この組成のリポソームがサイズが最小(約380nm)であること、細胞膜に結合後、融合し膜成分の再配分がスムースにおこるのではないかと推察される。
2。遺伝子発現の長期化の検討:HEK293と BHK細胞においてEBの配列を持つpEBActlucの導入群では2日後からルシフェラーゼ遺伝子発現が上昇し低下は見られなかったのに対して、EBの配列を持たないpActlucの導入群では1日目をピークに低下しpEBActluc導入群の1/4以下となった。さらにヒト由来細胞に導入後長期に培養した時にプラスミドDNAが保たれ自律増殖していることがサザンブロットによって示された。マウスの肝臓にHVJ-AVE-リポソームで導入すると35日以上遺伝子発現が持続した。潜伏感染装置を持たないと一週間で発現がなくなった。齧歯類の細胞では自律増殖が不可能と推定されたが、核内によく保持されていると考えられる。
3。再構成HVJ-リポソームの開発:HVJをNP-40によりゆるやかに溶かしイオン交換クロマトグラフにかけることによって融合蛋白F, HNを同時に精製し、これと脂質をNP-40存在下に混合し透析することにより融合蛋白F, HNをリポソームに埋め込んだ融合ベジクルを作成した。この融合ベジクルは紫外線不活化HVJが1日しか融合活性を持たないのに対し30日以上融合活性を保持し、はるかに安定に保存できた。これと遺伝子を封入したリポソームを融合し再構成HVJ-リポソームを開発した。これによって培養細胞への蛍光オリゴヌクレオチドの導入は、ほぼ100%、マウス肝臓へのLacZ遺伝子の発現は10ー20%であり、従来のHVJ-リポソームと比較して同等以上の効率が示された。
4。遺伝子治療実験:心筋梗塞の治療に用いられる移植静脈バイパスにおこる再狭窄の遺伝子治療をウサギ頚静脈の移植モデルを用いて試みた。摘出したウサギ頚静脈にヒトp21遺伝子をHVJ-リポソームによって導入後、同じ個体の頚動脈に吻合すると、血管平滑筋の異常増殖が30日以上抑制された。この機構を解明するとp21の強発現によりアポトーシス促進因子のbaxの発現が増加し細胞死がおこったこと、ミオシン重鎖による平滑筋細胞の表現型はSM2の再発現がみられ表現型の再分化がおこっていることが原因と考えられた。またベクター投与による病理変化は認めなかった。
一方、エイズ治療をめざして開発されてきたワクチンの問題点の一つは有効な投与ベクターであったが、我々が開発した正電荷型HVJ-リポソームは極めて有効であることがわかった。即ちエイズウイルスの主要中和領域のペプチドを正電荷型HVJ-リポソームに封入しハムスターの鼻腔粘膜に投与すると全例においてエイズウイルスに対する抗体価と細胞性免疫の著明な誘導を認めた。このハムスターの血清はエイズ感受性細胞へのエイズウイルスの感染を阻害した。正電荷型HVJ-リポソーム投与によるハムスターの病的変化は認めなかった。
5。サルへのベクター投与実験:緑内障の遺伝子治療に向けてサルの眼球内にHVJ-リポソームを用いて蛍光オリゴヌクレオチド或いはLacZ遺伝子の導入を行った。前房内注入すると蛍光オリゴは線維柱体に特異的に導入され、10日間とどまった。LacZ遺伝子発現もこの部位に認められ、20ー30日間持続した。この線維柱体はヒトの緑内障における眼圧亢進の原因となる病変部位であり、ここに効果的に遺伝子導入できることは緑内障の遺伝子治療に大きな光明を与えると考えられる。しかしラットでは前房内注入では虹彩毛様体にとりこまれ線維柱体には導入されない。これはサルにおける前房水の流れがヒトに類似しているが、ラットでは異なるためであろう。次にサルの網膜下にHVJ-リポソームを注入すると視細胞にLacZ遺伝子の導入がなされた。これは緑内障の失明の原因となる視細胞のアポトーシスを阻止し視細胞の機能を保持できる可能性を示すものと評価できる。この実験では10頭のサルを用いたがHVJ-リポソームの投与による眼球内の病的変化は認めなかった。またサルの摂食・飲水活動にも影響はでなかった。少なくともこのような経路でのベクター投与は安全性は極めて高い事が示唆された。我々は大型動物でのHVJ-リポソームの急性毒性をみるためにブタの門脈内にLacZ遺伝子を封入したHVJ-リポソームを注入したが16%の肝臓細胞に遺伝子の発現を認め、導入48時間後の肝機能(GPT, LDH)は非導入群とほぼ同じ値を示し、ベクター投与による毒性は認めなかった。
2。遺伝子発現の長期化の検討:HEK293と BHK細胞においてEBの配列を持つpEBActlucの導入群では2日後からルシフェラーゼ遺伝子発現が上昇し低下は見られなかったのに対して、EBの配列を持たないpActlucの導入群では1日目をピークに低下しpEBActluc導入群の1/4以下となった。さらにヒト由来細胞に導入後長期に培養した時にプラスミドDNAが保たれ自律増殖していることがサザンブロットによって示された。マウスの肝臓にHVJ-AVE-リポソームで導入すると35日以上遺伝子発現が持続した。潜伏感染装置を持たないと一週間で発現がなくなった。齧歯類の細胞では自律増殖が不可能と推定されたが、核内によく保持されていると考えられる。
3。再構成HVJ-リポソームの開発:HVJをNP-40によりゆるやかに溶かしイオン交換クロマトグラフにかけることによって融合蛋白F, HNを同時に精製し、これと脂質をNP-40存在下に混合し透析することにより融合蛋白F, HNをリポソームに埋め込んだ融合ベジクルを作成した。この融合ベジクルは紫外線不活化HVJが1日しか融合活性を持たないのに対し30日以上融合活性を保持し、はるかに安定に保存できた。これと遺伝子を封入したリポソームを融合し再構成HVJ-リポソームを開発した。これによって培養細胞への蛍光オリゴヌクレオチドの導入は、ほぼ100%、マウス肝臓へのLacZ遺伝子の発現は10ー20%であり、従来のHVJ-リポソームと比較して同等以上の効率が示された。
4。遺伝子治療実験:心筋梗塞の治療に用いられる移植静脈バイパスにおこる再狭窄の遺伝子治療をウサギ頚静脈の移植モデルを用いて試みた。摘出したウサギ頚静脈にヒトp21遺伝子をHVJ-リポソームによって導入後、同じ個体の頚動脈に吻合すると、血管平滑筋の異常増殖が30日以上抑制された。この機構を解明するとp21の強発現によりアポトーシス促進因子のbaxの発現が増加し細胞死がおこったこと、ミオシン重鎖による平滑筋細胞の表現型はSM2の再発現がみられ表現型の再分化がおこっていることが原因と考えられた。またベクター投与による病理変化は認めなかった。
一方、エイズ治療をめざして開発されてきたワクチンの問題点の一つは有効な投与ベクターであったが、我々が開発した正電荷型HVJ-リポソームは極めて有効であることがわかった。即ちエイズウイルスの主要中和領域のペプチドを正電荷型HVJ-リポソームに封入しハムスターの鼻腔粘膜に投与すると全例においてエイズウイルスに対する抗体価と細胞性免疫の著明な誘導を認めた。このハムスターの血清はエイズ感受性細胞へのエイズウイルスの感染を阻害した。正電荷型HVJ-リポソーム投与によるハムスターの病的変化は認めなかった。
5。サルへのベクター投与実験:緑内障の遺伝子治療に向けてサルの眼球内にHVJ-リポソームを用いて蛍光オリゴヌクレオチド或いはLacZ遺伝子の導入を行った。前房内注入すると蛍光オリゴは線維柱体に特異的に導入され、10日間とどまった。LacZ遺伝子発現もこの部位に認められ、20ー30日間持続した。この線維柱体はヒトの緑内障における眼圧亢進の原因となる病変部位であり、ここに効果的に遺伝子導入できることは緑内障の遺伝子治療に大きな光明を与えると考えられる。しかしラットでは前房内注入では虹彩毛様体にとりこまれ線維柱体には導入されない。これはサルにおける前房水の流れがヒトに類似しているが、ラットでは異なるためであろう。次にサルの網膜下にHVJ-リポソームを注入すると視細胞にLacZ遺伝子の導入がなされた。これは緑内障の失明の原因となる視細胞のアポトーシスを阻止し視細胞の機能を保持できる可能性を示すものと評価できる。この実験では10頭のサルを用いたがHVJ-リポソームの投与による眼球内の病的変化は認めなかった。またサルの摂食・飲水活動にも影響はでなかった。少なくともこのような経路でのベクター投与は安全性は極めて高い事が示唆された。我々は大型動物でのHVJ-リポソームの急性毒性をみるためにブタの門脈内にLacZ遺伝子を封入したHVJ-リポソームを注入したが16%の肝臓細胞に遺伝子の発現を認め、導入48時間後の肝機能(GPT, LDH)は非導入群とほぼ同じ値を示し、ベクター投与による毒性は認めなかった。
結論
従来のHVJ-リポソームが遺伝子導入の増強と発現の長期化の観点から改良され、生体組織への遺伝子導入効率を増強できる新しいHVJ-AVE-リポソーム、正電荷HVJ-リポソームが開発され目的に応じて脂質成分の異なるリポソームを使い分ける必要がある。またEB virusの潜伏感染装置の利用により培養細胞、生体組織において遺伝子が核内で比較的安定に保持され、遺伝子の長期発現がある程度可能になった。また実験的遺伝子治療においても循環器疾患やエイズへの有効性が確認され、大型動物を用いた実験において安全性も着実に検討されてきた。またさらに安全性の高い再構成HVJ-リポソームも開発され、ヒトの遺伝子治療に向けた準備が着々と進められている。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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