文献情報
文献番号
199700728A
報告書区分
総括
研究課題名
ゲノムインプリンティングがかかわる疾患ならびにゲノム解析
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
向井 常博(佐賀医科大学)
研究分担者(所属機関)
- 佐々木裕之(九州大学遺伝情報実験施設)
- 陣野吉広(長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
45,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
ゲノムインプリンティングは非メンデル遺伝を示す現象として新しく発見された遺伝現象である。その破綻により、発育障害や過成長を来す疾患、神経病、糖尿病のほか、種々の腫瘍、また未同定の疾患が発症する。これらの疾患は一部その責任遺伝子も特定されつつあるが、まだ未解明の部分が多い。ヒト 11P15.5領域はインプリンティング領域として知られており、ベックウィズ-ウィードマン症候群の発症に関与している。しかも、ウィルムス腫瘍を初めとして小児腫瘍を多発することも知られている。本研究はゲノム解析法を利用してインプリンティング領域のヒト 11P15.5 とそれに対応するマウスゲノムの解析を行い、それをもとに疾患解析ならびに疾患モデル動物の作成を含む機能解析を行う。特にインプリンティング研究の現状は、遺伝子として未同定のものが多いので一部は他の領域も含めて新規遺伝子の単離を重視して進める。
研究方法
患者解析は従来準備していたプライマーを用いて、直接シークエンスで決定した。p57KIP2 変異体の細胞レベルでの機能解析として、変異の導入はプライマーのシーケンス上に目的の場所の変異導入箇所を設定し、得られたPCR産物を適当な制限酵素部位でつなぎ換えることにより作成した。マウス7F4/F5領域のゲノム配列を明らかにするために、STSマーカーの配列をもとにPCR法でMITのYACラーブラリーをスクリーニングし、クローンを分離して整列化した。つぎにこれらのYACクローンをコスミドにサブクローン化し、部分的に物理地図に沿って整列化した。
結果と考察
ベックウィズ-ウィードマン 症候群に関しては、今までの研究によりサイクリンキナーゼインヒビターp57KIP2 遺伝子がこの疾患の原因であることが示唆された。それは9例中2例の変異だったので、今回さらにベックウィズ-ウィードマン 症候群患者を国内でさらに15例、英国と共同でさらに約67 名について解析を行った。その結果、 前者で2名、後者で6 名の患者にp57KIP2 の新たな変異が見つかった。今までの変異の結果をまとめると、患者ではC末付近に位置するグルタミン、スレオニンリッチな QTドメインが常に欠失していることがわかった。今までのサイクリンキナーゼインヒビターp57KIP2 遺伝子変異の結果をまとめると、日本人の例は24例中4人 (17%) である。一方、英国の例は67名中、6人 (9%) である。ただ、父性ダイソミーが20-30% といわれているので、全体として 30-50% にはなる。ここでは、コーディング領域だけしか解析しなかったので残りの患者はプロモーターやイントロン等の異常が考えられる。
この変異が細胞レベルでどのような影響を与えるかを明らかにするために、患者変異体を細胞に導入して機能解析を行なった。一つは変異体のp57KIP2 タンパクを細胞で発現させ核移行を観察すること、さらにこれらの変異体にリン酸化の阻害活性があるのか観察することである。その結果、Cdk 阻害ドメインが欠失している変異株(患者6、変異がN 末にあるのでQT ドメインも欠失している)では核移行能、リン酸化の阻害活性両方とも失われていることがわかった。一方、Cdk 阻害ドメインは残り、QTドメインのみが欠失している変異株(患者8)ではリン酸化の阻害活性はあるものの、核移行が行われないことがわかった。ここで見られた変異に共通してみられたのはC末付近に位置するグルタミン、スレオニンリッチな QTドメインが常に欠失しており、蛋白質としてこの領域が重要であることが示唆された。QT ドメインには核移行シグナルが存在すると言われており、また最近ではこの蛋白のC 末には PCNA の結合部位があるといわれている。我々の実験では、患者6のみならず患者8でも核移行ができないという形で正常に機能しないことが細胞レベルで証明された。
ウィルムス腫瘍患者のp57KIP2 の解析も行った。約 50 例の弧発例につき、サザン法で構造解析を行ったが、欠失、再編等は見いだされなかった。ついで、直接シーケンスを行い変異の観察を行ったが、やはり意味のある変異は見いだされなかった。ところが 、mRNA の発現を RT-PCR で観察したところ、少数例 (7 例) ではあるがほとんど発現していない例が半数以上を占めた。一方、ベックウィズ-ウィードマン 症候群を発症し、ガンを併発した患者について KIP2 遺伝子に異常がないか検討した。5例について調べたところ、KIP2 変異は見いだされなかった。
次にマウス7F4/F5領域のゲノム解析を行った。スクリーニングの結果、当該マウス領域約1MbをカバーするMITのYACを約10クローン得て、STSマーカーを用いて整列化した。そのうち2つのクローンが長いインサートを持ち(930および800kb)かつ当該領域全体をカバーするのに十分であることが分かったので、この2つをコスミドベクターを用いてサブクローン化した。さらにそれらをSTSマーカーを用いて整列化し、1Mbの約半分をカバーする3つのコンティグを作成した。当領域内のIgf2遺伝子付近のDNA断片をプローブとしてノーザンブロッティングを行い、複数のセンス鎖、アンチセンス鎖の転写物があることを発見した。コスミドの解析によりこれらの転写単位を決定し、またRT-PCRによりこれらが父由来染色体からだけ発現することを示した。またH19遺伝子の下流にはL23mrp遺伝子を同定し、この遺伝子が両アレル発現を示すことをみつけた。この結果から、H19とL23mrpの間にはインプリンティングドメインの境界があると考えられた。当該マウス領域のYACやコスミドによるクローン化と物理地図作成は間もなくコスミドの整列化を終える予定である。これにより、ヒトにおいて新規遺伝子の探索を支援する土台が完成する予定になる。この工程でIgf2遺伝子付近に新たなインプリンティングを受ける転写物を見つけたが、これらがヒトの疾患に関わるかどうかは不明である。また同様に、新たに分離したL23mrp遺伝子はミトコンドリアのリボソーム蛋白質をコードするが、これに関わると思われる疾患の報告はない。しかしL23mrpの発見により、インプリンティングドメインの境界と思われる領域を特定できたので、広い領域にわたるインプリンティング制御のメカニズムの見地から研究を進めたい。
次に、ヒトH19 遺伝子上流の配列のヒトとマウスでの著しい相異に端を発して、ヒトH19 遺伝子下流の 5 塩基反復配列の H19 インプリンティングにおける役割(シス因子としての可能性)を検討すべく、新しい遺伝子の単離を試みた。H19 遺伝子下流の 5 塩基反復配列をターゲットにして試みた結果、 11p15 にマップされるクローンが得られた。この遺伝子 は全長 2.3 kb、7つのエクソンから成り、遺伝子 上流に5 塩基を単位とする繰り返し配列が存在した。この遺伝子は 149 個のアミノ酸をコードし、ノーザンブロット解析では、胎児脳に 2.8 kb と 3.2 kb が検出された。この遺伝子は両方のアリルから発現していたが、胎盤では強い発現をするアリルは全て母由来だった。この遺伝子は非定型的ではあるが刷り込み遺伝子に属すると考える。
この変異が細胞レベルでどのような影響を与えるかを明らかにするために、患者変異体を細胞に導入して機能解析を行なった。一つは変異体のp57KIP2 タンパクを細胞で発現させ核移行を観察すること、さらにこれらの変異体にリン酸化の阻害活性があるのか観察することである。その結果、Cdk 阻害ドメインが欠失している変異株(患者6、変異がN 末にあるのでQT ドメインも欠失している)では核移行能、リン酸化の阻害活性両方とも失われていることがわかった。一方、Cdk 阻害ドメインは残り、QTドメインのみが欠失している変異株(患者8)ではリン酸化の阻害活性はあるものの、核移行が行われないことがわかった。ここで見られた変異に共通してみられたのはC末付近に位置するグルタミン、スレオニンリッチな QTドメインが常に欠失しており、蛋白質としてこの領域が重要であることが示唆された。QT ドメインには核移行シグナルが存在すると言われており、また最近ではこの蛋白のC 末には PCNA の結合部位があるといわれている。我々の実験では、患者6のみならず患者8でも核移行ができないという形で正常に機能しないことが細胞レベルで証明された。
ウィルムス腫瘍患者のp57KIP2 の解析も行った。約 50 例の弧発例につき、サザン法で構造解析を行ったが、欠失、再編等は見いだされなかった。ついで、直接シーケンスを行い変異の観察を行ったが、やはり意味のある変異は見いだされなかった。ところが 、mRNA の発現を RT-PCR で観察したところ、少数例 (7 例) ではあるがほとんど発現していない例が半数以上を占めた。一方、ベックウィズ-ウィードマン 症候群を発症し、ガンを併発した患者について KIP2 遺伝子に異常がないか検討した。5例について調べたところ、KIP2 変異は見いだされなかった。
次にマウス7F4/F5領域のゲノム解析を行った。スクリーニングの結果、当該マウス領域約1MbをカバーするMITのYACを約10クローン得て、STSマーカーを用いて整列化した。そのうち2つのクローンが長いインサートを持ち(930および800kb)かつ当該領域全体をカバーするのに十分であることが分かったので、この2つをコスミドベクターを用いてサブクローン化した。さらにそれらをSTSマーカーを用いて整列化し、1Mbの約半分をカバーする3つのコンティグを作成した。当領域内のIgf2遺伝子付近のDNA断片をプローブとしてノーザンブロッティングを行い、複数のセンス鎖、アンチセンス鎖の転写物があることを発見した。コスミドの解析によりこれらの転写単位を決定し、またRT-PCRによりこれらが父由来染色体からだけ発現することを示した。またH19遺伝子の下流にはL23mrp遺伝子を同定し、この遺伝子が両アレル発現を示すことをみつけた。この結果から、H19とL23mrpの間にはインプリンティングドメインの境界があると考えられた。当該マウス領域のYACやコスミドによるクローン化と物理地図作成は間もなくコスミドの整列化を終える予定である。これにより、ヒトにおいて新規遺伝子の探索を支援する土台が完成する予定になる。この工程でIgf2遺伝子付近に新たなインプリンティングを受ける転写物を見つけたが、これらがヒトの疾患に関わるかどうかは不明である。また同様に、新たに分離したL23mrp遺伝子はミトコンドリアのリボソーム蛋白質をコードするが、これに関わると思われる疾患の報告はない。しかしL23mrpの発見により、インプリンティングドメインの境界と思われる領域を特定できたので、広い領域にわたるインプリンティング制御のメカニズムの見地から研究を進めたい。
次に、ヒトH19 遺伝子上流の配列のヒトとマウスでの著しい相異に端を発して、ヒトH19 遺伝子下流の 5 塩基反復配列の H19 インプリンティングにおける役割(シス因子としての可能性)を検討すべく、新しい遺伝子の単離を試みた。H19 遺伝子下流の 5 塩基反復配列をターゲットにして試みた結果、 11p15 にマップされるクローンが得られた。この遺伝子 は全長 2.3 kb、7つのエクソンから成り、遺伝子 上流に5 塩基を単位とする繰り返し配列が存在した。この遺伝子は 149 個のアミノ酸をコードし、ノーザンブロット解析では、胎児脳に 2.8 kb と 3.2 kb が検出された。この遺伝子は両方のアリルから発現していたが、胎盤では強い発現をするアリルは全て母由来だった。この遺伝子は非定型的ではあるが刷り込み遺伝子に属すると考える。
結論
ベックウィズ-ウィードマン症候群の原因遺伝子として p57KIP2 を検討した。その結果、本邦では 17 %, 英国では 9 % の変異が見つかった。原因遺伝子として確認するために、細胞にその変異体を導入しその影響を調べたところ、リン酸化阻害活性、あるいは核移行の欠如などが観察された。一方、この症候群に伴って発症する小児腫瘍についても検討した。変異は見いだされなかったが、発現が抑制を受けていることがわかった。一方、ヒト11p15.5に対応するマウス第7染色体バンドF4/F5領域にある約1Mbのインプリンティング領域をYACでクローン化し、さらに整列化コスミドによりその50%をカバーした。またこの領域から新規な転写単位を幾つか同定し報告したが、今のところ疾患との関連は明らかでない。ヒトH19 遺伝子下流の 5 塩基反復配列をプローブとして、これと類似の反復配列を 5' 端上流に持つ新しい遺伝子を単離した。この遺伝子は胎盤で母由来アリル優位の発現を示し、非定型的刷り込み遺伝子に属すると考えられた。
公開日・更新日
公開日
-
更新日
-