老化、癌化におけるDNA修復の役割に関する研究

文献情報

文献番号
199700725A
報告書区分
総括
研究課題名
老化、癌化におけるDNA修復の役割に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
田中 亀代次(大阪大学細胞生体工学センター)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトを含めた全ての生物は、遺伝情報を安定に維持し細胞死や突然変異から生体を守るため、DNA障害を修復する多様で複雑なDNA修復系を持っている。ヌクレオチド除去修復 (nucleotide excision repair; NER) 機構は紫外線 (UV) や多種の要因によるDNA障害を修復できる重要なDNA修復機構である。色素性乾皮症 (xeroderma pigmentosum; XP) はNER機構の初期段階に異常を持つヒト遺伝疾患であり、日光紫外線による高頻度皮膚発癌や種々の精神神経症状を合併する。XPにはAからG群の7つの遺伝的相補性群 (XP-A~XP-G)が存在するが、最近、A、B、C、D、F、G群XP遺伝子 (XPA、XPB、XPC、XPD、XPF、XPG 遺伝子) がクローニングされ、NERの分子機構が急速に明かになりつつある。一方、転写されているDNA鎖上のDNA障害は、非転写鎖上のDNA障害よりも効率よくNER機構によって修復され、「転写と共役した修復 」(transcription coupled repair; TCR) 機構と呼ばれる。コケイン症候群 (Cockayne syndrome; CS) はこのTCR機構を選択的に欠損しているヒト遺伝疾患であり、種々の精神神経症状および早期老化徴候を示す。CSにはA、B群2つの遺伝的相補性群 (CS-A、CS-B) が存在し、最近A、B群CS遺伝子 (CSA、CSB遺伝子) がクローニングされた。本研究の目的は、XPやCS遺伝子あるいはそれらに関連した新規遺伝子の機能を分子生物学的手法により解析し、TCR機構を含めたヒトにおけるNERの分子機構を解明することにある。一方、遺伝子ターゲテイング法によりXPA遺伝子をノックアウトしたマウスを作成した(XPA欠損マウス)。XPA欠損マウスは外観上は正常だが、NER機構を欠損しており、低線量の紫外線照射により高頻度に皮膚癌を発症することを明かにした。XPA欠損マウスにおける紫外線誘発皮膚発癌の分子病態を解明するため、発癌過程に関わる遺伝子をゲノムプロジェクト的手法を用いて同定し、それらが、多段階皮膚発癌過程の如何なる段階、機構で発癌に関与するかを明かにする。また、TCR機構に関連した新規遺伝子をノックアウトしたマウスを作成し、その分子病態を解明する。これらの解析をとうして、発癌や老化機構の予防にNER機構が如何なる役割を果たしているかを解明することをもう一つの研究目的とする。
研究方法
本研究事業が始まる前に我々はXPA蛋白質と結合する新規蛋白質 (XPA-binding protein 2: XAB2)を同定し、そのcDNAの全長をクローニングした。本研究事業においてはXAB2の機能解析を中心課題とする。1)XAB2は複数の蛋白質と結合するドメインを持ち、複合体形成のコアとなるモチーフを持つことを明かにした。そして、XAB2はCSAとも結合することを見つけた。そこで、XAB2と結合する既知および未知の蛋白質を明かにし、本複合体の構成因子を明かにする。そのため、CSB cDNAの両端にHA-およびHis-tagをつけ、それをCS-B細胞に導入し、紫外線抵抗性のトランスフェクタントを得た (HA-CSB-His/CS-B細胞)。この細胞の抽出液と抗HA抗体ビーズを混合してのちビーズを緩衝液で洗う。その後、HAペプチドを加えることで、抗HA抗体ビーズに結合していたCSB蛋白質およびCSB結合蛋白質が特異的に溶出される。抗XAB2抗体を用いたウエスタンブロット法により、溶出されたCSB結合蛋白質の中にXAB2があるか否かを調べる。さらに、CSA、XAB2をbaitにしたyeast two hybrid法でそれぞれに結合する蛋白質を同定する。また、XAB2におけるCSAやXPAの結合ドメイン、CSAやXPAにおけるXAB2の結合ドメインを明かにする。2)XAB2に対する種々のポリクローナルおよびモノクローナル抗体を作成する。次に、これらの抗体を正常細胞にマイクロインジェクション法で注入し、正常細胞のDNA合成やRNA合成が
影響を受けるかを調べる。また、紫外線照射後の不定期DNA合成やRNA合成に対する影響も調べる。CSAに対する抗体も作成し、共焦点レーザー蛍光顕微鏡を用いて細胞核内でのXAB2の局在、CSAとXAB2の相互作用について調べる。3)マウスXAB2遺伝子をES細胞のファージライブラリーよりクローニングし、その構造と塩基配列を決定する。4)マウスXAB2遺伝子をターゲテイングによりノックアウトしたマウスを作成する。5)XAB2遺伝子座位を決定する。また、原因遺伝子が未定で、NER機構に異常を持つヒト遺伝疾患細胞にXAB2 cDNAを導入、発現させ、そのDNA修復機能が回復するか否かを調べる。6)XPA欠損マウスにおける紫外線誘発皮膚発癌の多段階機構に関わる遺伝子をRLGS (Restriction Landmark Genomic Scanning) 法にてクローニングし、皮膚発癌の分子機構を明かにする。
結果と考察
1)XAB2がCSAと結合することより、TCR機構に関与する可能性がある。そこで、XAB2がCSBやRNA polymerase IIと結合するか否かをまず調べた。その結果、HA-CSB-His/CS-B細胞抽出液と抗HA抗体ビーズを用いた共沈降法により、XAB2がCSBと結合することが明かになった。CSBとRNA polymerase IIはこの方法で共沈降することが明かになっているので、細胞内では、XAB2/CSB/RNA polymerase II複合体が形成されていることが明かになった。事実、正常細胞抽出液をゲルろ過により分画し、どのサイズのフラクションにこれらの蛋白質が分画されるかを調べたところ、CSB(168kDa)、XAB2(100kDa)、RNA Polymerase II (200kDa) のいずれもが700 kDa以上の同じフラクションに分画されることがわかった。ついで、XAB2におけるCSAとXPAの結合ドメインを明かにした。XPAはアミノ末端側で、CSAはカルボキシ末端でXAB2に結合することが明かになった。2)XAB2がTCR機構に関与するか否かを確認するため、CSA結合ドメインであるXAB2のカルボキシ末端を抗原として得られた抗XAB2抗体を、正常細胞内にマイクロインジェクションすると、紫外線照射後のRNA合成の回復(TCR機能と対応)が阻止された。しかし、紫外線照射後の不定期DNA合成やRNA合成そのものには影響を与えなかった。すなわち、正常細胞が抗XAB2抗体によりCS細胞と同じ病態になることを見つけ、XAB2がTCR機構に関わることを強く示唆した。XAB2/CSB/RNA polymerase II複合体、CSA/XAB2複合体は、転写鎖上の障害DNA部位で停止したRNA Polymerase IIを障害部位から少し移動させると共に、XPAとの相互作用によりNER修復蛋白質複合体を障害部位に導入し、修復を促進する役割を担うことが推測される。さらに、CSBがクロマチン構造を変化させ転写を制御するSWI/SNFヘリカーゼファミリーに属することから、XAB2/CSB/RNA polymerase II複合体、CSA/XAB2複合体はクロマチン構造、核マトリックスとの相互作用による修復/転写機構制御に関与する可能性もある。3)遺伝子ターゲテイング法によりXAB2遺伝子をノックアウトしたマウスを作成し、XAB2がTCR機構に関与することを明かにする目的で、まず、マウスXAB2遺伝子をES細胞ゲノムライブラリーよりクローニングし、発現調節領域を含めた全遺伝子構造を明かにした。そして、プロモータートラップ法によりエキソン3から14までを除くターゲテイングベクターを構築した。現在ターゲテイングを進行中である。4)遺伝子ターゲテイング法によりXPA欠損マウスを樹立した。このマウスはNER能を欠損し、低線量の紫外線照射により高頻度に皮膚癌を発症した。XPA欠損マウスに紫外線照射し発生した扁平上皮癌のp53遺伝子の突然変異を調べ、正常マウスのそれとは異なり、変異のホットスポットが欠如していること、転写鎖のDNA損傷が突然変異の原因になっていることを明かにした。これらの結果より、XPA患者の高頻度皮膚発癌機構を解明する上で有用なモデルマウスになることが強く示唆された。XPA欠損マウスにおける紫外線誘発皮膚発癌において、RLGS (Restriction Landmark Genomic Scanning) 法にて変化している遺伝子を幾つかクローニングし、皮膚発癌への関与の有無について調べている。
結論
XPA蛋白質に結合する新規DNA修復蛋白質XAB2は、CSA
、CSB/RNA Polymerase II複合体とも結合し、転写と共役した修復機構に関与することが示唆された。マウスXAB2遺伝子をクローニングし、その全構造と塩基配列を明かにした。XAB2遺伝子欠損マウスを作成すべく、遺伝子ターゲテイングを実施している。紫外線照射によってXPA欠損マウスに発生した皮膚扁平上皮癌のp53遺伝子の突然変異を調べたところ、正常マウスのそれとは大きく異なり、XPA欠損マウスがXP-A患者の高頻度皮膚癌発症機構を解明する上でよいモデルになることを明かにした。RLGS法でXPA欠損マウスの皮膚癌特異的に変化している遺伝子を幾つか同定した。それらの皮膚発癌における関与を検索している。

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