ゲノム情報を基盤とした疾病関連遺伝子の解明

文献情報

文献番号
199700724A
報告書区分
総括
研究課題名
ゲノム情報を基盤とした疾病関連遺伝子の解明
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
関谷 剛男(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 大木操(国立がんセンター研究所)
  • 牛島俊和(国立がんセンター研究所)
  • 横田淳(国立がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
110,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝子異常を原因とするヒト疾患の理解、その診断、治 療、予防に資する情報を得ることは現時点における健康科学の緊急かつ最重要の研究課題である。ヒトゲノム解析の進行に伴い、各染色体の物理的地図上に、疾病の原因ならびに関連遺伝子が次々と位置づけられているが、これら既知遺伝子の数はまだまだ限られている。種々の技術で検出されるゲノム上の異常部位に疾病原因遺伝子候補を見いだすことは、まだまだ遺伝子地図の不備のため、難しい状況にあり、さらに多くの疾患関連遺伝子の同定、マッピングが必要である。本研究は新規疾病関連遺伝子の同定を二つの方向から行い、ゲノム情報の充実を図ることにより、DNAの異常に起因する遺伝性疾患やがんの理解に資することを目的とする。第一は、新規にゲノム異常を検出した染色体領域について、物理的地図の情報を基盤に、該当する疾病関連遺伝子の単離、同定を行い、遺伝子地図に加えることである。第二は、疾患の原因、あるいは、その表現形質の決定因子として、DNAのメチル化の異常を示す遺伝子の同定である。CpGアイランドのメチル化は、遺伝子の発現抑制につながる。がん等の疾病においてそのメチル化によって不活性化される遺伝子の同定、疾病 関連遺伝子候補である正常細胞中のインプリンティング遺伝子の同定を行う。これらのDNA解析にあた っては、既存技術に加え、独自に開発したDNA解析技術等を駆使し、また、必要に応じて既存法の原理とは異なる発想による新技術の開発を行う。
研究方法
全体計画としては、ゲノム異常検出技術で明らかにされた染色体領域における疾病関連遺伝子の同定、また、ゲノム上メチル化の異常が検出された領域に存在する遺伝子の単離と該当疾病の同定を行うことにより、疾病関連遺伝子に関するゲノム情報の充実を図り、疾病の理解の一助にする。(1)AP-PCRフィンガープリンティング解析、ヘテロ接合性の欠失(LOH)解析で検出している肺がんにおける第5、9、11、21染色体におけるヘテロ、ホモ欠失領域の遺伝子探索を行い、疾病関連遺伝子を同定するとともに、遺伝子地図の充実を図る。(2)第11染色体長腕の物理的地図の完成を果たしたことから、この物理的地図を基盤に染色体11q23領域に存在する疾病関連遺伝子の単離、同定を行う。この領域に想定されるヒト肺がんに関与するがん抑制遺伝子の同定に関しては、LOH解析による該当遺伝子追跡の限界を克服するために、ヒト肺がん細胞株の造腫瘍性を抑制する生物学的機能を指標とする新しい手法を試みる。(3)特定の疾病から得られた細胞ならびに正常細胞からのDNAを用いて、MS-RDA法、AP-PCR法で過小あるいは過大にメチル化されたDNA断片を検出、単離し、腸上皮化生等において異常を示す遺伝子を同定する。(4)メチル化DNA結合カラムで、高度にメチル化されたDNA断片を分画後、ライブラリーを作成し、SPM法を用いてCpGアイランドに由来するDNA断片を含むクローンを検出することにより、がんで特異的にメチル化されている遺伝子、あるいは、インプリンティングによるメチル化遺伝子を網羅的に把握する。
結果と考察
(1)AP-PCR法による増幅DNA断片の解析を基盤としたフィンガープリント解析によりゲノム上未知領域におけるDNAの増幅、欠失等の異常を検出し、由来染色体を簡便に同定するSHARP法の開発、ラジエーションハイブリッド解析の導入等で、異常箇所の迅速な同定を可能にし, 肺小細胞がんにおける5q上の30キロ塩基対領域のホモ欠失等を明らかにした。また、第21染色体の物理的地図を基盤としたLOH解析で、21q11.1-q21.1の3メガ塩基対領域のホモ欠失
を検出した。さらに、第9染色体p21領域の既知p16遺伝子を含まない領域のホモ欠失を見いだした。これらの領域には、新規がん抑制遺伝子の存在が示唆されるが、LOH解析による遺伝子の追求には、一般に欠失領域が広いための限界がある。これらホモ欠失の検出を行い、より狭い領域を出発点とするアプローチは、LOH解析の限界を克服する一つの手段として有効であると考えられる。(2)ヒト肺非小細胞がんで、共通にLOHを示す染色体11q23領域に関して、第11染色体長腕の物理的地図を基盤にした解析の結果、該当領域の連続したDNAを一部重複しながら含む複数個のYACクローンを得た。腫瘍組織を材料とするLOH解析ではこの領域をさらに狭めることに限界があることから、想定されるがん抑制遺伝子の生物活性を指標とする解析を行った。各YACクローンを、それらを持つ酵母細胞のスフェロプラストとの細胞融合により、ヌードマウスに腫瘍を作るヒト肺がん細胞株へ効率よく導入し、導入遺伝子の発現によるこのがん細胞株の造腫瘍性の抑制を指標に、がん抑制遺伝子の追跡を行った。その結果、1個のクローンが抑制能を示し、がん抑制遺伝子を含んでいることが示唆された。このYACクローンを、ヒトDNAに特異的に存在するAlu配列を含むクローンとの間で、酵母細胞内での相同組み換えを行うことにより、挿入されているヒトDNAを末端から各Alu配列位置まで様々な長さに短くした断片とし、造腫瘍性抑制能を示すクローンを得ることにより、さらに、遺伝子存在領域を1メガ塩基対以下に狭めることができた。この結果は、がん抑制遺伝子の追求において、LOH解析、ポジショナルクローニングの限界を克服する一手段として、生物活性を指標とすることが有効であることを示した。(3)ディファレンシャルディスプレイ法を基盤に、メチル化の有無でDNA断片を選択するMS-RDA法を考案し、化学発がん物質でマウスに生じた肝臓がんのDNAを解析した。その結果、過剰なメチル化を示す4個のDNA断片と過小メチル化DNA断片5個を得た。過剰メチル化DNA断片の1個は、それが由来する領域に関して、正常細胞においてアレル特異的なメチル化が存在することを明らかにした。塩基配列の解析から、この断片を含む領域はCpGアイランドである可能性が示され、該当遺伝子の過剰メチル化による異常のがんへの関与が示唆された。(4)CpGアイランドに由来するDNA断片がGCに富む塩基配列を持つことから、変性剤濃度勾配ポリアクリルアミドゲル電気泳動において、極端に移動度の小さい部分解離した分子を与え、長時間泳動した後、ゲル中に残存することを利用したCpGアイランド単離法SPMを開発している。一方、高度にメチル化したDNA断片をメチル化DNA結合ドメイン(MBD)カラムクロマトグラフィーで分画する技術を新たに確立した。肺がん手術材料から得られたDNA断片をMBDカラムクロマトグラフィーで分画し、得られたDNA断片からラムダベクターを用いてライブラリーを作成した。ライブラリーからSPM法を用いてCpGアイランドに由来するDNA断片を持つクローンを選択し、これらの中に、発現塩基配列タッグと塩基配列が一致し、しかも、がん細胞で特異的にメチル化されているDNA断片を含むクローンを見い出した。CpGアイランドは、主として遺伝子の5'-領域に存在することから、該当する遺伝子を同定することにより、肺がんに関与するがん抑制遺伝子を得ることができることが示唆された。また、AP-PCR法を基盤としたメチル化DNA断片検出法を考案し、ゲノム中でがん特異的にメチル化されているCpGアイランドの単離を試み、染色体4q34、10q26、17p13.1-p13.2の3カ所にその存在を示唆した。これらの結果は、MBDカラムクロマトグラフィーとSPM法の組み合わせ、あるいは、AP-PCR法で、がんでメチル化されているCpGアイランドを網羅的に単離すること、すなわち、DNAメチル化で不活性化するがん抑制遺伝子を網羅的に把握することが可能なことを示した。
結論
AP-PCR法やLOH解析によって検出された染色体上の異常箇所、特に欠失領域における該当遺伝子の追求には、異常領域をできるだけ狭めることが必要である。この領域の限定に
関し、ホモ欠失の検出、あるいは、該当遺伝子に期待される生物機能を指標とする解析が、極めて有効であった。これらのアプローチは、ポジショナルクローニングの限界、LOH解析が持つ欠失領域が広大であるという限界を克服する有効な手段と考えられた。既存技術の解析限界を乗り越える工夫による、新たな遺伝子の単離は、遺伝子地図における情報の充実につながるものである。ヒト疾病におけるエピジェネティックなDNA異常の実体は、まだ明らかではない。この異常には、CpGアイランドのメチル化による遺伝子の不活性化の寄与が大きいと考えられている。メチル化DNA断片を分画するMBDカラムクロマトグラフィーとCpGアイランドに由来するDNA断片を単離するSPM法を組み合わせたアプローチ、あるいは、AP-PCRを基盤とした方法で、がんでメチル化されているCpGアイランドを網羅的に単離し、該当する遺伝子を明らかにすることによって、エピジェネティックなDNA異常のがんへの関与の理解に役立つと考えられた。

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