ヒト難聴、がん関連遺伝子の単離のための動物ゲノム解析

文献情報

文献番号
199700723A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト難聴、がん関連遺伝子の単離のための動物ゲノム解析
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
木南 凌(新潟大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 木南凌(新潟大学医学部)
  • 中釜斉(国立がんセンター研究所発がん研究部)
  • 米川博通(東京都臨床医学総合研究所実験動物研究部門)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
(1)劣性突然変異sh-2およびjsマウスはヒトの非症候群性の常染色体劣性難聴(DFNB)のモデルである。現在まで、10種類のDFNBの内単離された遺伝子は僅かに2種類である。約2,000人に1人の頻度で出現するヒト聴覚障害新生児は難聴と共に深刻な言語障害を伴う。出生後早期の遺伝子診断が可能になれば、聴覚障害を持つ可能性のある新生児を対象に重点的な発音訓練を施すことにより、言語障害の軽減化が期待できる。(2)発がん関連遺伝子を探索したヒトゲノム解析は多大な貢献をもたらしてきたが、解析対象家系が現在限界に近づきつつある。そこで、今後は動物モデルの利用系が重要と考えられる。本研究ではリンパ腫、大腸がんを対象にマウス、ラットのゲノム解析を行う。
研究方法
(1)sh-2、js候補遺伝子の検索:エクソントラッピング法、cDNA選択法、SPM法(DDGE法の1種)、およびヒト配列との保存領域の選択法を用いた。エクソン判定にはGRAILプログラム、データベースを利用した相同性検索法を採用した。cDNAの単離にはライブラリーの選択法、PCR法によるエクソンの連結法、5'-RACE法を用いた。(2)遺伝解析:マーカー座の遺伝子型判定、LOH解析にはマイクロサテライトを利用した。連鎖解析には、解析ソフトMapManager QTL ver 2.0 を用いた。(3)放射線照射:放射線は4週から1週間間隔で2.5Gyずつ4回の分割照射を行った。(4)大腸癌の作成:戻し交配ラットにヘテロサイクリックアミン(PhIP)を400ppm投与し、異常腺窩(ACF)の誘発を観察した。
結果と考察
(1)sh-2およびjs候補遺伝子の単離:sh-2を含む21のBACクローン、jsを含む37のBACクローンを元に、発現している遺伝子断片をエクソン捕獲法、cDNA選抜法、ヒトDNAとの保存領域検索法などでスクリーニングしてきた。その結果、sh-2領域にsh-1難聴遺伝子であるミオシン7Aと相同性をもつDNA配列が発見された。そこで、その相同配列を含む部分cDNAを単離し塩基配列の決定を行った。得られた約2,000塩基(600のアミノ酸に対応した)の相同配列検索を行うと、7型ミオシンと一部相同性を示すが、全く新しいクラスのミオシン遺伝子であることが判明した。この遺伝子を対象に変異の検索を行うと、アクチン結合ドメイン中のよく保存されたアミノ酸(システイン)に置換(チロシンへの置換)がみられた。この置換はミオシン蛋白機能を損なうに十分な変異であると想像されるので、単離された新しいミオシン遺伝子がsh-2原因遺伝子の有力候補であると考えられた。 
一方、js変異についても有力な候補遺伝子が単離された。jsマウスにのみ特異的な変異をもつcDNA断片が見つかり、その断片を含む完全長cDNAクローンの単離を試みた。これには5'- および3'-RACE法と内耳のcDNAライブラリーのスクリーニング法を用いた。その結果、現在までに約1.5kbの断片を単離し、塩基配列を決定した。アミノ酸配列の相同配列検索から、その分子はキネシン様タンパク質であることが判明した。また、js変異を探索すると、このキネシン様タンパク質の最も重要な機能ドメインであるモータードメイン内部に起こったナンセンス変異がみつかり、そのために蛋白の短縮化が生じ機能を喪失していると考えられた。発現パターンを15日胚から生後4週齢までの頭部から抽出したmRNAを用い観察した。発現は生後まもなく認められ、5日目に最も強い発現を示した。内耳の組織分化は生後5日目頃より盛んになることから、この遺伝子の発現パターンはその分化と非常によい一致を示すことになる。これらの結果から、このキネシン様タンパク質がjs突然変異に対する有力な候補遺伝子であると結論された。
sh-2、jsの有力な候補遺伝子が単離されたが、本当にこれらが原因遺伝子であると断定するにはレスキュー実験が必要である。このため、トランスジェニックマウスの作成を準備中である。
現在、sh-2ミオシン遺伝子およびjsキネシン遺伝子のヒト相同遺伝子を単離しつつある。これはヒトcDNAの一次構造およびゲノムDNAクローンのエクソンーイントロン構造を決定し、得られた配列から変異検索用のプローブを作成するためである。今後、このプローブを用いDFNB3患者および遺伝性難聴家系でのDNA変異を検索する必要があり、ヒトにおける聴覚障害(DFNB)との関連性を明らかにするという重要な課題が残されている。
(2)リンパ腫抑制遺伝子座の物理地図作成:リンパ腫発症に関与する2種類のがん抑制遺伝子座(TLSR12aとTLSR16a)を見いだし、それが染色体D12Mit279座(約0.45cM領域内)、D16Mit122座(約0.29cM領域内)にあることを報告してきた。今年度は合計650のマウスリンパ腫を用い、抑制遺伝子座探索のためのアレル消失解析とYACおよびBACクローンによる両領域をカバーする物理地図の作成を行った。その結果、TLSR12a領域を完全に含むBACによる連結クローンの単離が完了した。それは20のBACクローンからなる。LOH解析の結果をこの物理地図上に投影させると、LOHのピークはほぼ一つのBACクローンに収まることが分かった。
得られたBACクローンを元にTLSR12a領域に存在する遺伝子の検索を始めた。その戦略は上記の聴覚障害モデルマウスの解析とほぼ同様で、エクソントラップ法、ランダム配列決定法などを用いている。一方、得られる候補遺伝子のがん抑制活性を測定する細胞系が必要で、そのためTLSR12a、TLSR16a領域を欠損した細胞株の樹立を行った。現在、リンパ腫、皮下腫瘍に由来する細胞株、それぞれ4株を樹立した。一方、TLSR16aの物理地図の作成は、YACとBACを混合した物理地図の作成が完了したところである。TLSR12aと同様の解析をするためには、BACのみでの地図作成が必要であり、現在BAC連結クローンを単離中である。
(3)ラット大腸がん感受性/抵抗性遺伝子座の同定:加熱肉食品中の発がん物質PhIPをラットに投与することにより誘発されるaberrant crypt foci(ACFs)の数を量的形質として、感受性遺伝子座の連鎖解析を行った。BUFラットは高感受性(ラット一頭当たり平均12.2個のACF)、ACIは抵抗性(0.9 ACF/ rat)、F344は中等度の感受性(3.4 ACF / rat)を示し、系統間で感受性に差が認められた。F1ラットを用いた実験結果より、F344ラットは優性の感受性遺伝子を有すること、またBUFとACIのF1ラットを用いた実験結果から、BUFラットには劣性の感受性遺伝子、或いはACIラットに優性の抵抗性遺伝子が存在することが示唆され、大腸発がん感受性が多遺伝子により規定されていることが判った。(F344 x ACI) F1 x ACI戻し交配ラット170頭を対象にした連鎖解析の結果、F344型感受性遺伝子の候補染色体座はラット染色体16番D16Rat42座の近傍約6cMの範囲(Lod値3.8以上)にマップすることができた。さらに感受性座領域の検討を行うと、D16R42座よりも遠位側にlod値3.0以上の座が15~18 cMの領域に2カ所マップされた。他の染色体には、lod値2.0以上を示す領域は認められなかった。さらに感受性座存在領域を狭めるには、コンジェニックラットを作成し、検討する必要がある。その作成は現在進行中である。一方、BUFラットに存在する劣性の感受性遺伝子座(或いはACIの優性抵抗性遺伝子座)に関しては、(BUF x ACI) F1 x BUFの206頭の戻し交配(N2)ラットを用いたACF誘発の感受性実験と詳細な連鎖解析を行っているところである。
結論
(1)sh-2、js聴覚障害変異領域をカバーするBACクローンを検索し、sh-2、jsの有力な候補遺伝子としてそれぞれ新しいミオシン、キネシン遺伝子を見いだした。sh-2はアクチン結合部位の置換、jsはフレームシフト変異であった。(2)リンパ腫発症に関与する2種類のがん抑制遺伝子座(TLSR12aとTLSR16a)のBAC、BACとYACによる物理地図が完成した。LOH解析の結果を総合するとTLSR12aはほぼ一つのBACクローンに収まることが分かった。(3)ラット大腸がん感受性遺伝子座を染色体16番D16Rat42の近傍約6cMの範囲に特定した。

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