新しい薬理学的および生物学的ツールを利用したグルタミン酸受容体コ・アゴニスト療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700721A
報告書区分
総括
研究課題名
新しい薬理学的および生物学的ツールを利用したグルタミン酸受容体コ・アゴニスト療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
和田 圭司(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 関口正幸(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 西川徹(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 篠崎温彦((財)東京都臨床医学総合研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
70,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
有効な治療薬のない難治性の神経疾患においてグルタミン酸受容体コ・アゴニスト療法という新しい療法を臨床的に確立することである。その達成にむけてPEPA(4-[2-(Phenylsulfonylamino)ethyl-thio]-2,6-difluoro phenoxyacetamide)、Dセリン、グルタミン酸輸送蛋白欠損マウス、アルファアミノピメリン酸という申請者らの独自性が高い薬理学的・生物学的ツールを導入する。コ・アゴニストとは神経伝達物質受容体において神経伝達物質ー受容体の相互作用を修飾し受容体活性を最大限にまで引き出す物質のことである。コ・アゴニストシステムに働く薬物は、神経伝達物質結合部位に直接作用する薬剤と違い、投与量等で薬効を容易にコントロールでき、毒性の出現を低く押さえることができる。今年度はAMPA型受容体の理想的なコ・アゴニストであるPEPAの薬理作用を細胞並びに個体レベルで、またNMDA型受容体のコ・アゴニストであるDセリンの誘導体のDセリンエチルエステル及びDサイクロセリンの運動失調症改善作用をモデルマウスを使用し検討した。さらにDセリンの代謝経路の分子的実体を解明するためDセリントランスポーター遺伝子のクローニングを試みたほか、代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)においてコ・アゴニストシステムが存在するかどうかを解析するツールとして応用が期待されているアルファアミノピメリン酸の作用機序を検討した。
研究方法
(1)PEPAシステムに関しては1)情報伝達ネットワークに対する作用の検討として遺伝子導入にてアフリカツメガエル卵に発現されたAMPA受容体各サブタイプに対するPEPAの作用をパッチクランプ法にて解析した。また2)個体レベルでの機能解明のため個体レベルでのPEPAの薬理作用を正常マウスならびにシトシンアラビノシド処理にて作製された小脳変性マウスを用いて検討した。抗運動失調効果の判定はオープンフィールド法で行った。(2)Dセリンシステムに関しては1)Dサイクロセリンの抗運動失調作用についてシトシンアラビノシド処理にて作製された小脳変性マウスを用いてオープンフィールド法で検討した。2)代謝経路についてはラット脳におけるDセリン取り込み活性の分子的実体であるDセリントランスポーター遺伝子の単離がアフリカツメガエル卵遺伝子発現系を用いて可能かどうかラット脳mRNAと3H-Dセリンを用いて検討した。また、Dセリン誘導体の末梢投与による小脳内Dセリン濃度の変動をマイクロダイアリーシス+HPLC法で測定した。(3)代謝型グルタミン酸受容体に関してはアルファアミノピメリン酸のmGluR応答増強作用を生後1-6日の新生ラット摘出脊髄標本における単シナプス反応を指標に測定した。
結果と考察
(1)PEPAシステムに関して次の結果を得た。1)アフリカツメガエル卵を用いた遺伝子発現系とパッチクランプ法を組み合わせAMPA受容体に対するPEPAの作用を詳細に検討したところPEPAがこれまでの物質と異なった機構でAMPA受容体反応を増強することを発見した。つまり、PEPAの受容体活性増強作用にはAMPA受容体サブユニット選択性があり、スプライスバリアントの中では成熟脳優勢発現型に強い活性を示した。また、PEPAはAMPA受容体の脱感作を強く抑制するが、deactivationに対する作用は弱かった。 PEPAのAMPA受容体活性増強作用はアニラセタムより少なくとも100倍以上強かった。2)個体レベルでの検討ではPEPAはD-セリンと異なりシトシンアラビノシド処理で誘発された小脳変性モデルにおける運動失調症状を改善しなかった。(2)D-セリンシステムに関して
は次の結果を得た。1)Dセリンエチルエステルに加えて既に臨床で抗結核薬として使用されているD-サイクロセリンにも運動失調症改善作用のあることをシトシンアラビノシド処理により作製された失調マウスを用いて確認した。Lセリンエチルエステルでは運動失調症の改善を認めなかった。2)Dセリントランスポーター遺伝子を発現クローニング法で単離するための系を確立した。3)Dセリン誘導体の一つであるDセリンエチルエステルを正常およびシトシンアラビノシド処理により作製された失調マウスに末梢投与したところ、小脳において投与後40分をピークに細胞外Dセリン濃度が3時間以上にわたって上昇した。(3)代謝型グルタミン酸受容体に関しては次の結果を得た。1)反応を増強するアルファアミノピメリン酸の作用をラット脊髄標本で解析し、アルファアミノピメリン酸の作用に新たなグルタミン酸トランスポーターの関与を示唆する結果を得た。
PEPAが既存のAMPA受容体活性増強薬(アニラセタム、サイクロサイアザイド)とは異なった分子薬理学的性質を有することが判明したが、このPEPAの特性はAMPA受容体療法を確立していく上で極めて重要と考えられる。AMPA受容体の分子レベルでの多様性は多岐にわたるが、この多様性はシナプスにおける神経伝達の微調整を行なう一方、脳虚血時の遅発性神経細胞死や筋萎縮性側索硬化症などにおいては特定の神経細胞でのみ細胞死を引き起こすもとにもなっていると考えられている。AMPA受容体多様性に対するPEPAの識別性の高さは細胞特異的な治療薬を開発する上で重要な情報を提供するはずである。既存のAMPA受容体活性増強薬としてはアニラセタムが既に記憶改善薬として臨床応用されているがPEPAはアニラセタムより少なくとも100倍以上強いAMPA受容体活性増強作用を持つ。このことはPEPAのリード化合物としての優位性を示すものであろう。
Dサイクロセリン、 Dセリンエチルエステルに運動失調症改善作用を認め、異性体のLセリン誘導体に運動失調症改善作用を認めなかったこと、さらにDセリン誘導体が認識するNMDA受容体ストリキニン非感受性グリシン部位の拮抗剤の投与により運動失調症がむしろ増悪したことからDサイクロセリン、 Dセリンエチルエステルの作用は主にNMDA受容体を介してのものと考えられる。AMPA受容体コ・アゴニストのPEPAには運動失調症改善作用を認めなかったことから、運動失調症にはAMPA受容体よりもNMDA受容体の関与が大きいと考えられる。我が国では甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)が脊髄小脳変性症の治療薬として使用されているが作用時間が短いなどの問題がある。 Dセリン誘導体の投与により小脳内Dセリン濃度の上昇が長時間にわたって持続したことは脊髄小脳変性症治療の候補薬としてのDセリン誘導体の優位性を示すものである。とりわけ、Dサイクロセリンは既に臨床で抗結核薬として使用されていることから早期のヒト脊髄小脳変性症への応用が期待される。
Dセリンは内在性因子として神経回路機能の制御に独自のシステムを構築している可能性が強く、 Dセリン代謝経路の制御により運動失調症をはじめとする各種の神経疾患が治療される可能性もある。Dセリンの合成・分解経路についてはまだその全容が明らかではないが、その構成分子の一つであるDセリントランスポーター遺伝子の単離が展望できる結果が得られた意義は大きい。
mGluRの生理学的応答を増強する薬物として発見されたアルファアミノピメリン酸は代謝型受容体におけるコ・アゴニストシステムの存在の可能性を検討する上で重要なツールになろう。また、作用機序の検討から新たなグルタミン酸トランスポーターの存在の可能性が示されたことはグルタミン酸伝達の制御機構を理解する上で重要である。
結論
PEPA、Dセリン誘導体、アルファアミノピメリン酸はグルタミン酸受容体コ・アゴニスト療法を確立するうえで極めて重要なツールであることが示された。

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