多発性硬化症の病態機構と新しい治療法開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700719A
報告書区分
総括
研究課題名
多発性硬化症の病態機構と新しい治療法開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
山村 隆(国立精神・神経センター)
研究分担者(所属機関)
  • 原英夫(九大脳研神経内科)
  • 高昌星(信州大学第三内科)
  • 田平武(国立精神・神経センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
59,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
多発性硬化症(multiple sclerosis: MS)は解析のもっとも進んでいる神経疾患で、動物では既に特異的な治療法や、疾患を増悪させる因子の解明が進んでいる。ミエリン塩基性蛋白 (myelin basic protein: MBP)やプロテオリピッド蛋白 (proteolipid protein: PLP)などの自己抗原に特異的なT細胞(自己免疫性T細胞)が病原性T細胞として機能し、その一方で発症を阻止する調節機構が存在し、両者のバランスによって病態が規定されるものと考えられている。
現在のMSの治療薬は、免疫抑制剤 (immunosuppressant) やステロイドが主体であり、免疫系全般に影響を与える点に問題がある。もし病態を引き起こす自己免疫性T細胞を選択的に傷害することができれば、MSの完治も夢ではない。
MSを誘導する自己免疫性T細胞の働きを抑止する方法としては、病原性T細胞を直接ねらう方法(例えばT細胞特異抗体にimmnotoxinを結合する方法)と、調節機構を高めて病原性T細胞を間接的に抑止する方法(例えばTCRワクチン)があり、この二つをバランス良く組み合わせることが必要である。本研究ではMSの将来の治療を見据えて、1) MSにおけるNK細胞とNK-T細胞の研究、2) TCRワクチンの研究、3) 血液・脳関門 (BBB)の分子間相互作用の研究、という三課題を設定した。
1)は腫瘍免疫や感染免疫において重要な役割を果たすNK細胞や、近年新たに第三のリンパ球として同定されたNK-T細胞が自己免疫性脳炎においてどのような抑止力(免疫調節能)を発揮するかを明らかにし、MSでそれがどの程度障害されているのかを探ることを目的としている。この研究により、NK細胞やNK-T細胞の活性低下を矯正するまったく新しい治療法の開発が期待できる。この分野では日本人のoriginalな貢献が大きく実用の可能性も高いので、厚生科学の課題としてたいへん必要性が高いと考えている。実際NK-T細胞がCD1に拘束された糖脂質を認識することは、千葉大学の谷口らによって初めて明らかにされており、日本で外国よりも速やかに研究を進めることが可能である。
2) のTCRワクチンの研究は、最近わが国で開発された病原性自己反応性T細胞を同定する技術(SSCP法)を用いて、新らしいMSの治療戦略を確立することを目的としている。すなわち、末梢血で増殖している病原性T細胞のTCR遺伝子を同定し、それをDNAワクチンとして投与するという野心的な試みで、成功した際のインパクトはきわめて高い。ヒトに応用する前段階としてカニクイザルにおいて治療実験を行うことも計画に入れている。AIDS研究などで霊長類を使った実験の重要性がクローズ・アップされているが、サルのMSモデルの開発は大きなインパクトをもたらすであろう。さらに、遺伝子ワクチンで思うような効果の得られない場合の備えとして、可溶型TCRワクチンの技術を確立しておく。この研究は主として九州大学の原が担当する。
3)の血液・脳関門 (BBB)の分子間相互作用の研究は、これまでほとんど手がつけられていないBBBの機能障害の本態を明らかにし、新たな治療戦略の標的となる分子を同定するのが目的である。脳血管内皮細胞の培養によりBBBを再現するというoriginalityの高い研究であり、波及効果はきわめて大きいと考えられる。本年度の報告書では特にNK細胞、NK-T細胞の研究に重点をおいて報告する。
研究方法
マウスEAEにおけるNK細胞、NK-T細胞の調節効果に関する研究では、EAEはミエリン・オリゴデンドロサイト糖蛋白(MOG)35-55ペプチドの感作、またはMOG特異的なT細胞株の受身移入により誘導した。C57BL/6 (B6)マウス、およびB6バックグラウンドを持つ各種遺伝子改変マウス(b2-microglobulin-/-, RAG-2-/-, interferon-g-/-, NKT-/-, ICAM-1-/-など)に誘導した。サイトカインのアッセーはSandwich ELISA法によった。
SSCP法によるMS患者Va24+NK-T細胞の解析研究においては、 Va24およびCa特異的プライマーによりVa24陽性TCR遺伝子を増幅した後、SSCP (single-strand comformation polymorphism ) 法によりクローナリテイーを決定した。さらにNK-T細胞のinvariant鎖に特異的なプローブ (Va24-Ja291)を用い、NK-T細胞のclonal expansionを同定した。材料としては健常人の末梢血、MS患者の末梢血、髄液、MSの剖検脳などを用いた。
カニクイザルT細胞レパトアのSSCP法による解析法確立には、サルのTCRベータ鎖DNA塩基配列を元に、各Vbファミリー特異的なプライマーを設定し、サル末梢血遺伝子をPCR増幅後にSSCP法にて解析した。
結果と考察
抗体のin vivo投与実験により、NK細胞が自己免疫性脳炎の調節に大きな役割を果たしていることをはじめて証明した(論文発表3)。B6マウスにおいては、抗NK1.1抗体の投与により、通常は見られない再発性、かつ致死性のEAEが誘導された。またNK-T細胞を欠損するb2-microglobulin-/-マウスを利用することによって、同抗体がEAEの致死化を誘導することが示され、以上の結果からNK細胞はNK-T細胞やCD8T細胞に依存することなく、単独で自己免疫性脳炎に対して調節効果を発揮することを明らかにした。NK細胞を除去されたマウスでは血清中のTh1サイトカインの著明な上昇があり、NK細胞がサイトカインのバランスを調節することが示唆された。同じようなEAEの増悪は、 b2-microglobulin-/-、RAG-2-/-マウスにおける受身EAEでも見られ、このことからEAEの効果相においてNK細胞がT細胞やB細胞、NK-T細胞に依存することなく、単独で調節効果を発揮することがわかった。一方、NK-T細胞を除去されたマウスでは、EAEの著しい早期発症が見られ、それと同時に血清中Th1サイトカインの著しい上昇が見られた。同様の結果が、NK-T細胞のノックアウト・マウスを利用した実験でも証明された(未発表)。しかし、早期発症したEAEは軽症であり、短期間で回復した。
SSCP法により健康人の末梢血中では全例においてVa24-Ja291invariant鎖陽性のNK-T細胞が検出された。一方寛解期MS12例の末梢血ではVa24陽性TCR遺伝子は増幅できたが、 Va24-Ja291invariant鎖陽性のNK-T細胞はまったく検出できなかった。MSの脳や髄液中にはほとんど検出できないことから、NK-T細胞の絶対数が寛解期MSでは減少していると結論された(論文準備中)。興味深いことに、増悪期のMSの役半数においてはNK-T細胞が検出され、NK-T細胞の減少は疾患発症に先立つというよりは、病態に影響される二次的なものである可能性が示唆された。
3. サルの末梢血を解析するSSCP法が確立された。意外にも数10以上の明確なクローンの集積が見られた。本法を利用してサルEAEの病態が明確になることが期待できる。
以上初年度ではあるが、自己免疫性脳炎の発症におけるNK細胞、NK-T細胞の役割が明確になった意義は大きい。特にMSの末梢血でNK-T細胞の減少を見いだしたことは特筆すべきで、MSの発症を抑制する上でNK-T細胞が何らかの役割を果たしていることが示唆される。来年度はNK細胞やNK-T細胞が自己免疫性脳炎の発症を抑える機構を分子レベルで明らかにし、治療に役立つ情報を集積したいと考えている。
カニクイザルを使った研究は、ヒトに先端医療を導入する前段階の研究として意義が大きい。国内外に一貫した研究の行える研究施設は見あたらないが、今回国立感染症研究所筑波医動物センターの協力により研究が可能になった。ヒトの解析道具 (SSCP) がサルにも利用できることが確実になり、次年度以降のDNAワクチン開発の予備研究が終わったと言っても過言ではない。
結論
自己免疫性脳炎の調節機構についての知見は、これまでごく限られていた。今回我々が示したNK細胞やNK-T細胞が調節機構の一翼を担うという事実は、MSなどの自己免疫疾患の治療が、これらの調節性細胞機能を高めることによって可能になることを意味している。NK細胞を高める抗ガン剤、サイトカインなどの自己免疫病への臨床応用が考慮されるべきであるし、近未来的には保存NK細胞、NK-T細胞による治療などへの発展も期待できる。TCRワクチンを臨床応用するに当たっては、患者個人において病原性T細胞を的確に同定する技術の開発が必要と考えられてきた。SSCP法はその目的に適い、今後カニクイザルにおける治療実験を行う際に有力な武器として機能するものと考えられる。

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