アルツハイマー病発症の分子機構に関する研究

文献情報

文献番号
199700717A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー病発症の分子機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
柳澤 勝彦(国立療養所中部病院・長寿医療研究センター痴呆疾患研究部)
研究分担者(所属機関)
  • 駒野宏人(国立療養所中部病院・長寿医療研究センター痴呆疾患研究部)
  • 道川誠(国立療養所中部病院・長寿医療研究センター痴呆疾患研究部)
  • 横山信治(名古屋市立大学医学部生化学第一講座)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
82,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、原因論的には多様なアルツハイマー病に共通した病的カスケードの開始機転を分子レベルで解明することを目的とする。アルツハイマー病に特異的な分子病態の解明に基礎をおいた本研究により得られる成果は真に有効なアルツハイマー病治療薬開発に有用な情報を提供し得るものと期待さる。
研究方法
(1)GM1結合型Ab分子特性の解析
GM1結合型Abの分子特性を、免疫生化学的に明らかにする為、主任研究者らが作成したモノクローナル抗体(4396)を用い検討した。びまん性老人斑を多く含む脳より分画した膜画分および合成Abを対象に、4369および対照抗Abモノクローナル抗体を用いて免疫沈降ウエスタンブロットを行った。さらに4396の免疫反応特異性を確認する為、人工的に調整した脂質二重膜に結合させたAb分子に対する免疫反応性を4396の蛍光標識により行った。
(2)MDCK細胞におけるAb産生、排出機構の解析
Abの細胞内産生および細胞外排出機構を明らかにする為、トランスウェル上にMDCK細胞を培養し、頂端部コンパートメント(apical compartment, Ap)および側底部コンパートメント(basolateral compartment, BL)に分泌されるAbを抗Abモノクローナル抗体を用いて免疫沈降/ウエスタンブロットにより解析した。MDCK細胞には野生型および細胞質内ドメインを欠落させたヒト・アミロイド前駆体蛋白(APP)遺伝子を導入した。
(3)家族性アルツハイマー病原因遺伝子プレセニリン導入神経細胞培養系の確立及び解析
ヒトミスセンス変異PS1を誘導発現するマウス神経細胞株Neuro 2aを樹立した。この細胞は培地にIPTG(イソプロピル-b-Dチオガラクトシド)を添加することにより変異型PS1あるいは野生型PS1遺伝子をそれぞれ誘導発現することができる。この神経細胞株を用いて、Ab産性におよぼすミスセンス変異PS1遺伝子誘導発現の効果を調べた。Abの検出は、Abに対する単クローン抗体を用いてイムノブロット法により検出した。 Ab産性部位の解析のためには、細胞内分泌輸送を抑制する薬剤brefeldin A(小胞体からゴルジ体への輸送阻害剤)およびmonensin(ゴルジ体の中間嚢からトランスゴルジ綱への輸送阻害剤)を用いた。これらの薬剤処理により細胞内のAbが蓄積するか産性が阻害されるかで、Ab産性部位を推定した。
(4)アポリポ蛋白Eの神経細胞生存に及ぼす影響
ラット胎仔脳を無菌的に取り出し、0.25%のトリプシンで37℃、20分間incubationした後、神経細胞を単離しpoly-D-lysineでコートした6ウェルあるいは径35mmディッシュにN2添加したDMEM/F12の無血清培地で培養した。培養6時間後にN2添加したDMEM/F12の無血清培地に交換し、同時にApoE3, ApoE4, compactin, b-VLDL,およびそれらの組み合わせを投与した。ApoE3/4とb-VLDLはpreincubationしてApoE豊富な b-VLDLとして投与した。生存および死細胞はcalcein AM/ethidium homodimer (Molecular Probes社)により染色したのち、蛍光顕微鏡下で評価した。コレステロール合成阻害剤による細胞死の検討ではcompactin, mevalonate, squalene, cholesterol, b-VLDL等を適宜組み合わせて投与し、生存の評価にはLDHを定量した。
(5)中枢神経系におけるコレステロール代謝の解明
LDL・HDLに放射標識をしたコレステリル・エステルを組み込み、ラット胎児脳より分離培養したアストロサイトに取り込ませた。リポ蛋白質濃度依存性から、取り込み効率を求めた。これと同時に放射標識コリンを添加することによって細胞のコレステロールとコリン燐脂質を同時に標識し、細胞から培地中へのの脂質の分泌をアポリポ蛋白質や脂質エマルジョンの存在下で検討した。微量コレステロールの測定系を、コレステロール酸化酵素による蛍光発色を利用して組み立て、蛍光プレートリーダーによりマイクロ化して実用に供した。
結果と考察
(1)GM1結合型Ab特性解析(柳澤)
モノクローナル抗体4396はGM1ガングリオシドおよびフォスファチジルイノシトールリン酸含有の脂質二重膜結合Ab分子のみ反応した。これらの脂質二重膜結合Abは、合成Abを免疫原として作成した対照抗Abモノクローナル抗体によっては認識されなかった。膜結合Abは可溶性Abとは異なる免疫反応性を示すと考えられた。
(2)Abの細胞内産生、細胞外排出機構の解析(柳澤)
細胞質内ドメインを欠落させたAPP(△C-APP)を導入したMDCK細胞のApから、特異な分子特性を示すAb分子が検出された。本Ab分子は、より高い自己凝集性を示すことが考えられた。その産生は細胞内コレステロールが関与していることを推察された。
(3)Ab産性におよぼすミスセンス変異PS1遺伝子誘導発現の効果(駒野)
変異PS1遺伝子の誘導により、Ab40は変化せずAb42だけが約2倍増加した。また。増加したAb42は2種類存在し、Ab1-42およびそのN末端が欠失したAbx-42であることがわかった。さらに細胞内にもこれら2種のAb42が増加することがわかった。 brefeldin Aおよびmonensinを用いた実験の結果Ab1-42はトランスゴルジ綱と細胞表面の間の分泌経路で、一方、Abx-42は、主にシスゴルジ綱で出来ること推定された。
(4)神経細胞生存に及ぼすアポリポ蛋白E投与の効果(道川)
神経細胞の内因性コレステロール合成を抑制した状態においてアポリポ蛋白E4は神経細胞死を促進することが明らかとなり、細胞死はアポトーシスの特徴を示した。アルツハイマー病発症においてアポリポ蛋白E4はコレステロール代謝との関連において神経細胞傷害を引起こしていると考えられた。
(5)アストログリア細胞におけるコレステロール代謝の検討(横山)
アストロサイトはアポEを分泌し、培地中では細胞燐脂質と結合してコレステロールを含むHDLの形となっていることが示された。一方、アポAIやアポEを外部から加えると燐脂質によるHDLが更に新生してくるもののコレステロールはこれに含まれず、内因性のアポEによるHDLとは異なるものであることが示された。本研究により見出されたHDL様のリポ蛋白の中枢神経系コレステロール代謝における意義、アポリポ蛋白E4による神経細胞傷害における意義の検討が重要であると考えられる。
結論
アルツハイマー病脳初期沈着Ab分子は、特異な免疫反応性を示すことが明らかとなった。また、アルツハイマー病・病態細胞モデルの解析の結果、プレセニリン異常遺伝子の発現により細胞内外のAb42が増加すること、さらにアポリポ蛋白E4は内因性のコレステロール合成の抑制下で神経細胞死を誘発することが明らかとなった。

公開日・更新日

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