成体哺乳動物を用いた中枢神経外傷に対する治療モデルの研究(中枢神経外傷に関する研究)

文献情報

文献番号
199700716A
報告書区分
総括
研究課題名
成体哺乳動物を用いた中枢神経外傷に対する治療モデルの研究(中枢神経外傷に関する研究)
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
村田 宮彦(京都大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在の臨床において、脊髄損傷などの中枢神経外傷は極めて治療困難である。それに対して近年活発な研究が行われ、哺乳動物を用いた幾つかの実験では損傷中枢神経が再生し得ることが示されているが、再生の可否を決める要素については不明な点が多い。
最近になって酸化/還元反応が様々な細胞の情報伝達に関わっていることが明らかになってきており、神経系に関連しても、PC12細胞の神経突起発芽が酸化/還元状態によって制御されることが示唆されている。一方で中枢神経系の損傷がその部分の酸化/還元状態を変化させることが報告されている。これらから、中枢神経の外傷において、その後の神経軸索の再生に酸化/還元状態が影響していることが考えられる。今回の実験はラット大脳皮質ニューロンを培養し、その神経突起伸長が周囲の酸化/還元状態から受ける影響を測ることにより、酸化/還元状態と神経再生との関係を探るものである。
研究方法
実験の概略は、ラット大脳皮質由来の細胞をサンドイッチ培養法で培養し、神経細胞マーカーに対する抗体を用いることにより神経細胞のみを蛍光標識し、その内で錐体細胞に相当すると考えられる細胞体サイズの大きなものの神経突起の形態変化を調べる、というものである。この実験を以下の2種類の条件でおこなった。1.生後24時間以内の新生仔ラット由来の細胞を3日間培養し、その間に伸びた神経突起の長さを測定した。培養メディウムには抗酸化剤であるN-acetylcysteine(NAC)を種々の濃度で加え、それぞれで神経突起の長さを測定した。2.一旦伸びた神経突起に対するNACの作用を調べるため胎生18日齢の胎児ラット由来の細胞をNACを加えない状態で3日間培養した後にNACを種々の濃度で加えてさらに3日培養し、神経突起の変化を調べた。
結果と考察
結果は以下の通りである。1.新生仔ラット大脳皮質由来の培養神経細胞の神経突起伸長はNACによって濃度依存的に抑制された。この抑制は、NAC濃度による培養細胞の生存率の差がなかったことから、神経突起の長い細胞が消えるのではなく、個々の神経細胞の神経突起伸長の抑制であることが示唆された。2.胎児ラット大脳皮質由来の神経細胞は3日間の培養により近接する細胞間を神経線維が結び、ネットワークを形成していた。この状態からNACを加えても線維の退縮などの変化は観察されず、NACによる神経突起伸長の抑制は伸長時に特異的な作用であり、出来上がった神経軸索の形態維持には影響を及ぼさないことが示唆された。
神経軸索の伸長の制御機構は不明な点が多い。今回示されたNACによる神経突起伸長の抑制に関係する細胞内シグナルが報告されているPC12細胞のものと同様かは不明である。
実際の中枢神経外傷による酸化/還元状態の変化は僅かな報告しかなく、詳細は不明であるが、酸化/還元の多様な作用についての最近の知見から少なくとも外傷からの回復に適した酸化/還元状態というものがあると考えられる。それを見出し、損傷部位の酸化・還元状態を至適状態に制御することが出来れば、それは中枢神経損傷の治療に新たな可能性を開くものである。
結論
哺乳動物中枢神経系が一旦出来上がった状態で損傷を受けると極めて再生し難いが、幾つかの動物実験においては中枢神経の再生が起こり得ることが示されている。その再生の可否を決定する要素の一つとして新たに損傷部位の酸化/還元状態を取り上げ、それが軸索再生に影響を及ぼす可能性を探るため、培養ラット大脳皮質神経細胞を用いて、その神経突起伸長に酸化/還元状態の変化が及ぼす影響を調べた。その結果、抗酸化剤N-acetylcysteineが神経突起伸長を抑制することが明らかになった。これらの結果が、直ちに中枢神経外傷/変性疾患などの治療法として臨床に結び付くものではないが、将来の治療に新たな可能性を開くものである。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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