神経疾患の克服に関する研究 (Caチャンネル異常による小脳失調症の発症機序の解明)

文献情報

文献番号
199700715A
報告書区分
総括
研究課題名
神経疾患の克服に関する研究 (Caチャンネル異常による小脳失調症の発症機序の解明)
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
水澤 英洋(東京医科歯科大学神経内科学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 田邊勉(東京医科歯科大学薬理学講座)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脊髄小脳変性症は他の神経変性疾患と同様、現在なお根本的治療法のない神経難病の一つであり、早急に治療法の開発が望まれている。本研究の目的は、α1A-Caチャンネル遺伝子のCAGリピートの異常伸長によって生ずるSCA6において、Caチャンネルの機能障害の有無・内容・機序・程度を明らかにするとともに、小脳プルキンエ細胞がほぼ選択的な細胞死をきたすメカニズムを解明することである。そして、その解明された機序にもとづいて、機能障害を回復し、神経細胞死を抑制する新しい治療法を開発するという最終目標へ向けて基礎的検討を行うことである。SCA6は多数の脊髄小脳変性症の中で唯一原因遺伝子の機能が判明しており基礎データも多く、最も早く機能異常と発症機序が解明できることが期待される。また、小脳プルキンエ細胞がほぼ選択的に障害されるため,その病態解明と治療法の開発は脊髄小脳変性症に限らず数多くの小脳疾患においても役立つものと思われる。
研究方法
1)診断等検索を依頼される多くの症例を加え、より多数例についてSCA6の発症年齢、臨床症候、MRI検査所見など臨床的表現型と遺伝子型すなわちCAGリピート数との関係を分析する。2)患者の剖検脳組織よりcDNAをクローニングし、α1A-Caチャンネル遺伝子の全塩基配列を明らかにしてCAGリピートの異常伸張以外の変異の存在を検索する。3)正常およびCAGリピートの異常伸張したα1A-Caチャンネル遺伝子を、株化および一次培養細胞に導入した発現系を作製する。4)この発現系を用いてパッチクランプ法により正常遺伝子とCAGリピートの異常伸張した遺伝子のそれぞれのCaチャンネルの機能を解析する。5)この発現系における細胞死の検討を行う。6)3例の剖検脳につき、小脳内での病変の分布また小脳外病変の有無と程度など神経病理所見を詳細に検討する。ユビキチンに対する免疫染色により他のCAGリピート病でみられる核内封入体について検索する。7)脳の種々の部位におけるCAGリピート数を明らかにし、神経病理所見との比較検討を行う。8)脳の種々の部位におけるα1A-Caチャンネル遺伝子の発現状態をmRNAならびに蛋白レベルで検索する。そのために、それぞれのスプライス産物に対する特異抗体を作製する。9)SCA6と臨床的には区別できないいわゆるnon-SCA 6につき、原因遺伝子解明のため連鎖解析を進める。10)トランスジェニックマウスの作製を開始する。
結果と考察
1)表現型と遺伝型の対応についてはさらに多数例にてCAGリピート数と発症年齢の逆相関を確認し、SCA6におけるCAGリピート伸長の病原性を確認した。小脳症状以外の症候についてはやはり非常に少なく、まれに深部感覚障害が疑われたり、不随意運動の記載がみられたにすぎなかった。他の報告では一見小脳症状以外の症候を強調するかのようなものもあるが、SCA6の基本的臨床像はやはりほぼ純粋な小脳症候であると思われる。もちろん、小脳症状以外の症候についても今後は加齢の影響等も含め慎重な検討が必要と思われる。2)患者の剖検脳組織よりクローニングしたα1A-Caチャンネル遺伝子の全塩基配列を検討したが、CAGリピートの異常伸張以外には大きな変異は認められなかった。このことはやはりCAGリピートの異常伸張がSCA6の発症に原因として関わっていることを支持している。3)クローニングした正常およびCAGリピートの異常伸張したα1A-Caチャンネル遺伝子を、HEK培養細胞や神経細胞由来株化細胞に導入した発現系を作製した。4)まずHEK細胞の発現系を用いてパッチクランプ法により正常遺伝子とCAGリピートの異常伸張した遺伝子のそれぞれのCaチャンネルの機能を解析したところ、異常遺伝子を導入してもかなりのCa電流は観
察されることが判明した。さらにβサブユニットやG蛋白も発現させるなどいろいろのモジュレーションを行った場合の、Ca電流の変化の検討も開始した。5)ラット小脳からプルキンエ細胞の一次培養系を確立し、α1A-Caチャンネル遺伝子導入の基礎実験を開始した。機能解析には今後、導入遺伝子におけるCAGリピート数の調節や発現量の調節による変化を含めて検討することが必要と思われる。また、今後これらの発現系における細胞死の検討を行う予定である。6)3例の剖検脳の詳細な神経病理学的検討では、小脳と下オリーブ核以外には大脳、海馬を含めSCA6によると思われる病変はみられなかった。小脳では、小脳虫部のプルキンエ細胞が常にかつ最も高度に減少しており、顆粒細胞や延髄の下オリーブ核神経細胞はプルキンエ細胞減少の程度の強い症例でのみ減少を示していた。すなわち、SCA6における主病変はプルキンエ細胞のほぼ選択的な変性であると思われる。また、ユビキチンに対する免疫染色を行ったが、他のCAGリピート病でみられるような核内封入体はみられず、この点もSCA6の大きな特徴と思われた。7)2例において脳の種々の部位におけるCAGリピート数を検討したが、全てで同一と全く安定であった。したがって、神経病理所見とは全く対応せず、病理変化の高度の選択性は別のメカニズムによるものと想定される。8)脳の種々の部位におけるα1A-Caチャンネル遺伝子の発現状態については、mRNAの検索を行うとともに、特異抗体を作製し現在検討を進めている。9)SCA6と臨床的には区別できないいわゆるnon-SCA 6については、すでに240以上のマーカーについての検索を終了しているが、さらにα1E-Caチャンネル遺伝子などの候補遺伝子につき連鎖解析を進めた。10)トランスジェニックマウスの作製を開始した。
結論
1)SCA6において、CAGリピートの異常伸長は疾患の原因としての意義を有すると思われる。2)SCA6は、神経病理学的に小脳プルキンエ細胞のほぼ選択的な障害を特徴とし、臨床的に小脳症候以外の症候はまれである。記載されている小脳症候以外の症候はについては、それらが真にSCA6によるかどうか今後検討が必要である。3)α1A-Caチャンネル遺伝子の培養細胞における発現系が確立され、今後この系を利用してCaチャンネル機能と細胞死のメカニズムの解析が可能である。4)SCA6におけるα1A-Caチャンネル遺伝子のCAGリピートの異常伸長は、他のCAGリピート病と異なり脳の各部位できわめて安定である。ユビキチン化核内封入体がみられないこととあわせ、SCA6は他のCAGリピート病とは異なる神経細胞障害機序を有するものと思われる。

公開日・更新日

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