プログラム神経細胞死の機構と脳発達障害におけるその病態

文献情報

文献番号
199700714A
報告書区分
総括
研究課題名
プログラム神経細胞死の機構と脳発達障害におけるその病態
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
水口 雅(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 稲葉俊哉(自治医科大学)
  • 伊藤雅之(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 山田光則(新潟大学脳研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
プログラム神経細胞死はヒト脳の正常な形態形成過程における重要な生理現象である。神経細胞死に対しては、bcl-2ファミリーの遺伝子産物や転写調節因子などによる精緻な調節が行われている。神経細胞死の調節機構が破綻すると、脳の形成異常や神経変性疾患が生ずる。脳の発達障害に起因する諸疾患には重症心身障害の原因となる難治性疾患が多い。脳の形成異常にせよ、神経変性疾患にせよ、従来は原因不明で対策が立てられなかったが、近年一部の疾患で原因となる遺伝子異常が解明されはじめ、予防法・治療法の開発の可能性が生じてきた。とくに、神経変性疾患では、経過中に生じる神経細胞死の速度を遅くすることができれば、進行をくい止められる可能性がある。また、脳の形成異常による重症心身障害に関しても、近年、病態の年齢依存性の変容が解明されてきており(例:ダウン症候群における早発老化、とくにアルツハイマー病の発生)、その背景にある神経細胞死を抑制することにより病状の悪化を防ぐことが可能になると期待される。
研究方法
第1に、アポトーシス制御因子についての研究を行った。水口らはダウン症候群の脳におけるBak蛋白(bcl-2ファミリーの一員で、アポトーシス促進的に働くbak遺伝子の産物)の発現を免疫化学的、免疫組織化学的に研究した。ダウン症候群では加齢にともない、30歳代からアルツハイマー病の病理変化をきたすので、神経細胞死の研究モデルとして好適である。ダウン症候群、アルツハイマー病、正常対照の患者の脳を材料として、自家作製した抗Bak抗体を用いて免疫染色、ウエスタンブロットを施行した。特に発達・加齢による変動を検討した。稲葉らは培養神経細胞(ラット褐色細胞腫由来のPC12細胞と、新生ラット小脳顆粒細胞)を用い、転写因子とアポトーシスの関連について検討した。第2に、脳発達障害の原因遺伝子についての研究を行った。山田らは歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)遺伝子について、アポトーシスとの関連における機能解析を行った。正常およびCAGリピートの延長したDRPLA遺伝子を培養細胞(COS7)へtransfectし、経時的に観察した。伊藤らはヒト正常胎児脳におけるアポトーシスをTUNEL法(DNA断片化の観察法)で調べた。
結果と考察
第1に、アポトーシス制御因子についての研究結果は以下のとおりである。正常対照群の大脳皮質では、60歳代に入ってはじめてBak陽性神経細胞が出現し、その一部が90歳代でtau陽性となった。これに対し、ダウン症候群の脳では30歳代よりBak陽性神経細胞がびまん性に存在した。tau陽性細胞はかならずBak陽性であった。以上より、ダウン症候群症候群においては加齢にともなうBakの発現上昇が正常より加速されていること、アルツハイマー病にいたる過程で神経原線維変化(tau陽性)の出現に先行して神経細胞がBak陽性となることが判明した。また、NGF除去によるPC12細胞のアポトーシスに関連したICER転写因子の発現が判明した。ICERは神経細胞のアポトーシスを制御する転写因子の候補と考えた。なお、ICERはCREM(cyclic AMP responsible element modulator)転写因子のalternative splicing formとして、CREMに対してドミナント・ネガティブに作用する因子として知られている。神経細胞では周期的に発現することが報告されており、生体時計との関連が示唆されている一方、Go/G1期の細胞特異的なアポトーシス誘導能がある。第2に、脳発達障害の原因遺伝子についての研究結果について述べる。CAGリピートの延長した異常DRPLA遺伝子(CAG以外の部分がtruncateされたもの)を培養細胞へtransfectしたところ、異常蛋白で構成され、ユ
ビキチン化された凝集小体が細胞内および核内に形成され、アポトーシスを誘導した。凝集小体はビメンチン陰性、Congo red陰性であり、10ー12 nm径のradially oriented filamentsから形成されていた。DRPLA剖検脳でも、ユビキチン化されたDRPLA蛋白陽性の封入体が歯状核神経細胞核内に確認された。この結果、DRPLA遺伝子が選択的な神経細胞のアポトーシスに関連していることが明らかになった。問題のtruncateされた蛋白が本当にヒトの脳で形成されているか否かが今後の研究のポイントとなる。ヒト大脳皮質のTUNEL陽性神経細胞は胎齢18週から24週の時期に最も多く、全神経細胞の2-3%を占めた。これは神経細胞の遊走・分化に重要な時期であるので、今後、遊走・分化の障害を伴う脳形成障害のしょうれいについて検討する予定である。
結論
脳発達障害の典型例であるダウン症候群におけるbak遺伝子の過剰発現が明らかになった。脳発達障害におけるbcl-2ファミリーの発現は複雑に変動していることが予想され、その全容の解明は今後の課題である。ICER転写因子が神経細胞のアポトーシスを制御する可能性が示唆された。現在、この仮説を検証するための実験系を作成中である。DRPLA遺伝子の変異がアポトーシスをひきおこすことについて、in vitroの実験結果と剖検所見の対比から、有力な証拠を得た。今後、より直接的な証明を試みる。

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