パーキンソン病モデル動物の作成と脳内細胞移植による治療法の確立

文献情報

文献番号
199700711A
報告書区分
総括
研究課題名
パーキンソン病モデル動物の作成と脳内細胞移植による治療法の確立
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
服部 成介(国立精神・神経センター)
研究分担者(所属機関)
  • 松田潤一郎(国立感染症研究所)
  • 中福雅人(東京大学医学部)
  • 伊達勲(岡山大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
パーキンソン病の特徴は神経細胞変性が長期にわたり緩やかに進行することであるが、その特徴を再現するモデル動物系の開発は治療法の確立に必須である。パーキンソン病の素因は多因子であるとされるがその原因は明らかではなく、従来の神経毒性薬物とは異なる機構で発症を誘起することは発症機構の理解の上で大きな意義を持つ。さらにこのモデル動物を利用して神経栄養因子産生細胞の移植による残存神経細胞の維持方法の検討、細胞移植による組織修復、および治療のタイミングに関して重要な知見を得ることができる。ヒトの高度に進行した症例に対しては、自家副腎髄質と末梢神経の同時移植が試みられている。この際に移植組織の生着の程度と治療効果が密接に関連することが示されており、移植組織の生着の至適条件を研究し、その成果を臨床応用することが緊急の課題である。
研究方法
パーキンソン病はドーパミン産生細胞である黒質神経細胞が進行性の変性により細胞死を起こすことにより発症する。進行性の神経変性を再現するため、黒質ドーパミン産生細胞において細胞障害性因子を発現し、動物モデルを作成する。動物モデルに対し副腎髄質細胞およびNGF、GDNFを含む種々の神経栄養因子産生細胞の同時移植を行ない、移植組織の生着に対する効果について最適条件を検討する。この結果をヒトパーキンソン症例に応用し、臨床症状改善をはかる。また変性が進行した組織の修復を図るため、神経幹細胞のドーパミン産生細胞への分化条件を検討し、変性神経細胞の置換による組織修復法を確立する。
動物モデル作成のため、ドーパミン産生細胞特異的な転写開始プロモーター(tyrosine hydroxylase promoter)にテトラサイクリン制御プロモーター活性化因子を連結したもの、およびテトラサイクリン制御プロモーターに細胞障害性因子の遺伝子を連結したものをマウスゲノムに組み込む。このマウスにおいてはドーパミン産生細胞のみにおいて細胞障害因子が発現するが、給水中にテトラサイクリンを添加すると活性化因子が阻害され細胞障害因子の発現は濃度依存的に阻害され、神経細胞変性を人為的にコントロールできる。
実験動物モデルにおいて副腎髄質細胞およびNGF産生細胞の脳内同時移植が、移植組織の生着を促しパーキンンソニズムの改善に効果があることを示したが、さらに条件を検討しヒトに対する応用を目指す。またNGF以外の栄養因子についても産生細胞を作成し、その効果を判定する。さらに産生細胞として神経幹細胞を用いた場合の効果を検討する。また神経幹細胞について、ラットおよびマウスの胎児脳より単離し、安定に培養する条件を検討する。さらに遺伝子を効率よく導入する条件を検討する。
結果と考察
ドーパミン産生神経胞の生存維持因子としてGDNF、BDNF、EGF、FGF、PDGF等が知られているが、これらの因子からのシグナルはいずれも低分子量GTP結合タンパク質Rasを経由する。したがって細胞障害性因子として、Rasの活性抑制因子を用いることにより、細胞変性を進行させ得る。今年度においてはtyrosine hydroxylaseプロモーターにテトラサイクリン制御プロモーター活性化因子を連結した遺伝子およびテトラサイクリン制御プロモーターにRasの活性抑制因子を連結した遺伝子を作成し、それぞれ790個および388個の受精卵に導入して偽妊娠マウスに戻した。先に着手した後者の遺伝子発現系についてはDNAの解析を終了し、正常に発生した102匹のマウスの中で5匹のポジティブラインを得た。前者のものは現在新生仔が誕生しつつある状況であるが、ポジティブなマウスを認めている。
パーキンソン病などの神経変性疾患に対する神経移植療法はもっとも新しい治療法の一つである。本研究では、ドナーとして用いる細胞の供給源をより広げるため、細胞を免疫学的に租界としての高分子半透膜性カプセルに封入して移植する方法を検討した。左側の内頚動脈にMPTPを注入して、左側パーキンソン病モデルとしたサルの線条体内に、ドーパミン産生細胞としてカプセル化PC12細胞を移植し、移植1カ月、6カ月、12カ月後に屠殺した。カプセルからのドーパミン産生量は移植12カ月後も3ng/カプセル/15分以上に保たれており、組織学的にもカプセル内に多数のPC12細胞が生着していた。宿主脳内には移植細胞の腫瘍化や免疫学的拒絶反応は全く認められなかった。施術後のサルは、右手の運動機能の向上が認められ、この効果は移植12カ月後まで持続した。霊長類であるサルのパーキンソン病モデルに対してカプセル化細胞の脳内移植の長期効果が証明されたことにより、本法の臨床応用の期待が持たれる。
つぎにラットのパーキンソン病モデルに対するカプセル化神経成長因子(NGF)産生細胞と副腎髄質クロム親和細胞の同時移植について検討した。クロム親和細胞はドーパミンを産生し変性黒質神経細胞の代替細胞として移植が検討されているが、その生着率の向上に移植部位へのNGFの供給が重要である。そこで、BHK 細胞にNGF遺伝子を導入したBHK-NGF細胞をカプセル内に封入し(NGFカプセル)、自家クロム親和細胞と同時に移植した。宿主には左側の黒質線条体ドーパミン系を6-hydroxydopamine(6-OHDA)で破壊した片側パーキンソン病モデルラットを用い、左側の線条体内に副腎髄質クロム親和細胞とNGFカプセルを同時移植した。移植1,6,12カ月後のいずれの時期においてもカプセル内には多数のBHK-NGF細胞が生着しており、12カ月後もカプセル当たり2-3ngのNGFが1日量として産生されていた。その結果クロム親和細胞の生着率が顕著に向上した。行動学的には、クロム親和細胞単独移植群ではアポモルフィン誘発回転運動の改善は見られなかったが、NGFカプセルとの同時移植群では移植1カ月後に約40-50%の回転運動の減少が認められ、この効果は移植6、12カ月後も持続した。本研究のように、遺伝子操作によって神経栄養因子産生能を持たせた細胞株をカプセル化して脳内に移植する方法は、パーキンソン病だけでなく、他の神経変性疾患の治療に応用できる期待が持たれる。
さらに移植神経細胞の供給源として神経幹細胞の使用を視野に入れ、神経幹細胞の樹立と遺伝子導入法の検討を行なった。脳内細胞移植による神経変性疾患の治療法の新たな展開として多分化能を保持した神経幹細胞を応用する試みは、欧米で特に最近注目を集めている。しかしながら、未だ神経幹細胞の基礎的な培養技術の確立に至っているとはいえず、その遺伝子操作法の確立にむけた研究報告もほとんどない。そこでマウス及びラットの胎児脳より神経幹細胞を単離し、試験管内でその増殖、分化を操作し得る培養技術の開発に取り組んだ。その結果、幹細胞を未分化な状態を維持しつつ約4週間にわたって試験管内で増殖させる条件を確立した。また、増殖させた幹細胞を条件的に分化誘導し、再現的にニューロン、グリアを生み出すことが可能となった。また種々の方法で幹細胞に遺伝子導入を試み、リポソーム法あるいはレトロウイルス感染法により一定の率で遺伝子導入細胞を得ることが出来た。
結論
平成9年度の研究において、1.新たな原理に基づくパーキンソンモデル動物作成のための遺伝子発現系を作成し、マウス受精卵に導入することによりトランスジェニックマウスを作成した。2.サルおよびラットを用いたパーキンソン病動物モデルに対して、脳内細胞移植が著効を示すことを明らかにした。3.神経幹細胞樹立の条件を確立し、さらに遺伝子導入が可能なことを示した。

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