抗精神病薬に抵抗性の分裂病症状の成因解明と治療法開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700709A
報告書区分
総括
研究課題名
抗精神病薬に抵抗性の分裂病症状の成因解明と治療法開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
西川 徹(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 関口正幸(国立精神・神経センター神経研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
分裂病は、およそ1000人に8人の高率で出現し、薬物療法を行っても半数以上の患者が十分な社会復帰を果たせず、入院患者数は20万人以上にものぼる重大な疾患である。多くが思春期から20才台にかけて発症して、寛解と再燃を繰り返しながら慢性に経過するため、患者は人生の大半を自己の能力を発揮できないまま過ごすことを余儀なくされ、本人や家族の苦しみと社会的な損失は計り知れない。したがって、既存の抗精神病薬に抵抗する症状に対する治療法を開発することが、医学的にも社会的にも急務となっている。しかし、抗精神病薬のD2ファミリードーパミン受容体遮断作用が分裂病の陽性症状を改善する機序であることが解明され、陽性症状とドーパミン伝達亢進との関係の研究が進んでいるのに対して、発症および症状再燃のメカニズムや、陰性症状のような抗精神病薬抵抗性の症状に関する研究は立ち遅れている。そこで本研究は、抗精神病薬抵抗性の分裂病症状と同様の異常を引き起こすフェンサイクリジン(PCP)類薬物の脳に対する作用を分子レベルで明らかにし、こうした薬物に拮抗する物質を探索することによって、難治性分裂病症状の成因を検討し、新しい治療法を見いだすことを目的とする。また、分裂病が陽性・陰性双方の症状を伴って思春期以降に発症することや、分裂病様症状発現薬の作用も発達に伴って変化することを手がかりとして、分裂病の発症の分子機構を検討する。
研究方法
PCPは、NMDA型グルタミン酸受容体を強力にに遮断することから、PCPが引き起こす抗精神病薬に抵抗する分裂病様症状はグルタミン酸神経伝達の低下に関係すると考えられている。また、D-セリンはNMDA受容体のグリシン調節部位を刺激することによってNMDA受容体機能を促進することが知られてきたが、私たちはD-セリンが抗PCP作用をもち、定説に反して脳に高濃度で存在する内在性物質であることを見いだした。そこで、抗精神病薬抵抗性の分裂病症状の発現機序と治療法の手がかりを得るため、グルタミン酸伝達の制御系や内在性D-セリンの代謝系を詳細に検討した。
D-セリンは、蛍光検出器付き高速液体クロマトグラフィーを用いた立体異性体を含むアミノ酸の一斉分析により定量的に測定した。D-セリンの取り込み活性と脳の細胞外液中D-セリンの測定には、それぞれ[3H]D-セリンとin vivoマイクロダイアリシス法を使用した。D-セリンのトランスポーター遺伝子のクローニングおよびグルタミン酸受容体の解析のため、ラット脳から得た遺伝子を、アフリカツメガエル卵母細胞に注入し、トランスポーターや受容体のタンパクを発現させた。この細胞においてグルタミン酸による受容体活性化電流を候補薬物存在下非存在下で記録し、比較検討した。受容体活性化電流は2電極膜電位固定法またはOutside-outのパッチクランプ法にて記録した。
分裂病の発症や抗精神病薬抵抗性症状に関係する分子にアプローチするため、分裂病様症状発現薬の精神異常惹起作用が発達に伴って変化することに注目し、differential cloning法のひとつであるarbitrarily primed PCRを用い、ラット大脳皮質において分裂病様症状を惹起する覚醒剤(methamphetamine)やPCPに対する応答が発達依存的に変化する遺伝子群を探索した。
結果と考察
前頭葉における細胞外液中のD-セリン濃度は、GABA-A受容体アンタゴニストのbicucullineを灌流することによって著しく低下し、この効果はGABA-A受容体アゴニストのmuscimolの存在下では認められなかった。この結果は、細胞外液へのD-セリン放出がGABA系によって調節されていることを示唆しており、内在性D-セリンが既知の神経伝達物質と相互作用をもつことを明らかにした初めての所見である。大脳皮質組織中のD-セリン濃度は、L-セリンの投与によって上昇し、L-セリン濃度はD-セリン負荷後に上昇することから、内在性D-セリンの合成にセリンラセマーゼが関与する可能性が示唆された。また、グリア細胞の性質を保つラットC6グリオーマ細胞は、大脳皮質ホモジネートと同様に 温度依存性・飽和性でASCT-II型中性アミノ酸トランスポーター様の[3H]D-セリン取り込み活性をもつことがわかったため、アフリカツメガエル卵母細胞の遺伝子発現系を用いてD-セリントランスポーター遺伝子のクローニングを試みている。
グルタミン酸受容体の研究では、AMPA型受容体に新規化合物4-[2-(phenylsulfonyl-amino)ethyl-thio]-2,6-difluoro phenoxyacetamide(PEPA)が作用する未知のアロステリック調節部位が存在することが明らかとなった。予備的検討で、PEPAがマウスの行動を変化させる結果が得られており、分裂病様症状発現薬の作用との関連を検討中である。
分裂病に関連する未知遺伝子の探索では、分裂病様症状発現薬で発達依存的に誘導されるようになる3種の新規遺伝子の転写産物をクローニングし、そのうち1種の全長に対応するcDNAの塩基配列を決定した。これらの遺伝子はコカインにも反応するが、精神異常を惹起しない薬物では誘導されないことから、分裂病症状に関連する可能性があり、分裂病患者における変異の有無を調べるため、ヒト相同遺伝子の同定を開始した。
結論
1) 前頭葉皮質においては、内在性D-セリンの細胞外液中への放出がGABA受容体を介して調節されていることが示唆された。D-セリンはNMDA受容体の内在性調節因子と考えられることから、この調節は、分裂病で異常が指摘されているGABAとグルタミン酸の相互作用と関係する可能性がある。
2) D-セリンは少なくともグリア系細胞においてトランスポーター分子によって取り込まれることが示唆された。
3) AMPA型グルタミン酸受容体の新しい調節部位が見いだされた。
4) 発達依存的に分裂病様症状発現薬による誘導性を獲得する3種の新規遺伝子をクローニングした。薬理学的解析結果も分裂病との関連を示唆しており、分裂病患者における変異を検討するため、ヒト相同遺伝子のクローニングを行っている。

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