中枢神経外傷に関与する脳内抑制系神経受容体のPETを用いた定量に関する研究

文献情報

文献番号
199700708A
報告書区分
総括
研究課題名
中枢神経外傷に関与する脳内抑制系神経受容体のPETを用いた定量に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
成相 直(東京医科歯科大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
神経外傷に対し神経細胞を保護するための内因性抑制物質としてアデノシンの作用が注目されている。特にアデノシンA1受容体は海馬、脳皮質、線状体に広く分布しており、特に中枢神経損傷に際してのアデノシンの保護物質としての作用部位として重要な役割を担っていると考えられている。今回の研究では、PETを用いたヒトの脳におけるアデノシンA1受容体定量のためのトレーサーとして開発したC-11標識KF15372を、動物神経外傷、脳虚血モデルに対し用い、動物用PET、動物用MRIで持続計測しアデノシンの脳保護作用の検討を行うと共に、他の抑制系であるGABA系をベンゾディアゼピン受容体リガンドであるC-11標識フルマゼニルにより定量し、脳神経細胞損傷に関する、脳内抑制系受容体の作用を検討した。これによりアデノシン系を中心とした抑制系物質の投与による神経外傷時の神経損傷保護の可能性を追求することを目的とした。
これまで行われてきた動物実験では神経損傷モデルを作成した場合のその程度の個体間のvariationを各個体ごとにモニターできないこと、病理学的に検索される細胞障害程度を部位毎の侵襲程度と対比できないことなどから治療手段を加えた場合の効果が何に起因するのか不確実になり、神経細胞保護に作用する因子を見い出せないなどの問題があったと思われる。われわれは、動物でPET計測をすることで同一個体から脳の同一部位の情報を多数のトレーサーを用い、経時的に計測する手法を完成させ、これにより前述のようなin vivo実験にともなう困難が克服できるのではないかと考えた。今回の実験では一モデル動物で、脳血流、脳代謝、脳内神経受容体を経時的に定量計測することで各侵襲レベル毎に脳内に生ずる障害のvariataionを分類し最適な評価法を見い出すことを目指した。
研究方法
脳虚血に関する実験は成猫(3.5-5kg)を使用。isopental (i.v.)麻酔下に挿管し、人工呼吸器にて呼吸管理を行い、isoflurane(1-2%)持続吸入にて、下記実験を行った。股動脈および下肢静脈を確保した。実験中は、持続的に呼気中二酸化炭素濃度、心電図、血圧、体温をモニターした。体温は、体温調節装置を用い37-38℃にコントロールした。眼球内容物摘出後に眼窩骨を削り中大脳動脈起始部を露出し、これを確保しクリップにて閉塞可能な状態とし、PET計測protocolを開始した。動脈血採取あるいはA-V shuntとβ-detectorを併用し、脳血流、脳ブドウ糖代謝、脳内神経受容体結合能に関し、動態解析による定量評価を行った。安静時の血流をO-15標識水の静注により測定したのち、クリップによる血流遮断を行い、この間に血流測定を行い一時間後に再潅流させ、その後血流とアデノシンA1受容体(C-11標識KF26345)、ベンゾディアゼピン受容体(C-11標識flumazenil)、脳ブドウ糖代謝(F-18標識fluorodeoxyglucose)を常にpairで測定した。虚血作成日の実験終了後全身状態に問題の無いネコは覚醒させ抗生剤、鎮痛剤投与下に入念に観察を行い、一週間後、二ヵ月後に血流、アデノシンA1受容体、ベンゾディアゼピン受容体、脳ブドウ糖代謝を測定後し、ケタミン麻酔下に脳を潅流固定し摘出、組織学的検索を行った。全てのPET画像は全てを三次元的に重ね合せ、脳の同一部位で全てのparameterの経時的変化が追跡できるようにした。
ラットモデルにおいては動物用PET(SHR-2000 浜松ホトニクス社)と動物用高磁場(4.7T)MRI(Unity plus SIS 220/300)のデーターを、ワークステーション(Indigo2, SGI)上で重ね合わせ同一位置の画像情報の解析を行うことでどの程度の精度の情報が得られるかを検証した。
結果と考察
虚血侵襲を加えた場合の血流低下の程度に個体差がかなり大きくそれによって生じる損傷程度も個体差が大きいことが判明した。虚血領域の小さい個体では梗塞巣の出現ははっきりしないかあるいはcaudata nucleusに小梗塞が生ずるのみであった。こうした例では血管閉塞時に一過性に低下した血流は再開通後直ちに回復し、アデノシンA1受容体、ベンゾディアゼピン受容体、脳ブドウ糖代謝ともに全経過で明らかな異常を認めなかった。一方で強い血流低下を広範に生じた個体では皮質あるいはcaudate/putamenに大きな梗塞巣を形成し各々の計測parameterは大きく変化した。最終的に梗塞巣を反映して虚血作成側に広い低代謝部を生じるのが特徴だが、形態的に梗塞を生じていない部位ではブドウ糖代謝は低下を示すが、節前神経終末に存在とするとされるアデノシンA1受容体、神経細胞体に存在し神経細胞の分布を反映するとされるベンゾディアゼピン受容体は明らかな低下を示さず、この部分の機能低下はdiaschisisあるいは遠隔効果(remote effect)といわれる神経繊維の連絡を通した二次的機能低下と考えられる。この部では、虚血解除直後にアデノシンA1受容体、ベンゾディアゼピン受容体、脳ブドウ糖代謝いずれも高値を呈しているのも特徴であった。この所見の意義を明確にするには今少しデーターを蓄積する必要があるが、一つの仮設としては少なくともある部分においては抑制系の受容体であるアデノシンおよびベンゾディアゼピン受容体が脳神経細胞に対し保護的に作用した可能性があると思われた。脳神経細胞の虚血時の保護に関し有用な情報となる所見と思われた。こうしたROIによる分析とは別に画像によりさらに細かい部分を観察していくと梗塞周辺部に、壊死性の梗塞巣にはなっていないがベンゾディアゼピン受容体結合能の低下した部分を見ることができた。しかもこの部のベンゾディアゼピン受容体結合能の低下は虚血直後にはなく徐々に進行していると考えられる。これはいわゆるischemic penumburaの病態を反映している可能性があり、この部の組織学的検索で神経細胞の分布を計測することでこの所見の意義がより明らかになると思われた。
ラットモデルにおいては、皮質に大きくできた病変の場合はPETとMRIを用いた手法は十分モデル研究に応用可能と考えた。しかし、線状体や海馬の病態の経時的追跡には再現性の問題もあり、in vitro autoradiography法の併用が必須と考えた。
PETを動物神経損傷モデルに用いることの有利な点は1)各個体毎に、侵襲の程度を測定することで、侵襲の定度の個体ごとのvariationに応じた病変の解釈が可能となった。2)脳の各部位ごとにも病態変化のvariationがありこれをmulti-tracerで追跡することでその病態の意義を正確に把握できる可能性があること、などが挙げられる。具体的には血流、代謝、節前、節後神経細胞を反映する神経受容体を用いた我々の実験系は脳の機能低下を、その局所に生じた一時的なものと、神経細胞の連結を介した二次的なものを区別し理解できる点において、極めて有用である。
また我々の実験系で使用しているベンゾディアゼピン受容体結合能とアデノシンA1受容体結合能は脳内の抑制系受容体の代表であるGABA系とアデノシン系の作用を反映するという重要な意義を持っている。すなわち急性期にこれらの抑制系がどれだけ神経細胞保護因子として作用するかを明らかにできるという可能性も持っていると考えるのである。今後はこうしてPETにより計測された所見を組織学的所見やスライスでのin vitro 実験と対比させ確立していく必要がある。さらに、こうして得られた所見を次の段階においては治療手段を加えたモデルで行なうことでどのような手法が血流、代謝、神経保護因子といった多くのfactorの内どの段階に作用し、効果を表わしているかを前臨床試験として明らかにできると考えられ、脳虚血、脳外傷などの治療を目指す上での実験系としてさらに確立していくことが今後の課題である。
結論
動物脳疾患モデルを動物用PETにおいて追跡しベンゾディアゼピン受容体結合能とアデノシンA1受容体結合能といった脳内抑制系神経受容体の動態を定量しこれを血流、代謝の定量と同時に行い、さらに動物用MRIの形態情報と同一位置に置いて解析した。個体ごとに加わる侵襲程度のvariation を把握しその程度に応じた変化を計測できた。ことモデルによる結果を組織学的変化と対比し、さらに検討を加えることで脳神経損傷に関与する脳内抑制系神経受容体の意義を明らかにできると考えた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)