中枢神経系外傷に関する研究

文献情報

文献番号
199700703A
報告書区分
総括
研究課題名
中枢神経系外傷に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
杉本 壽(大阪大学)
研究分担者(所属機関)
  • 嶋津岳士(大阪大学)
  • 田中裕(大阪大学)
  • 種子田護(近畿大学)
  • 早川徹(大阪大学)
  • 長田重一(大阪大学)
  • 三好康雄(大阪大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
頭部外傷の治療のゴールは、単なる救命では済まず、より優れた脳機能を保全することにある。本研究は、科学的裏付けに基づく、より安全な頭部外傷の治療法を開発・確立することを目指すものである。そのために、頭部外傷患者に対する中等度脳低温(34℃)療法の効果とその機序、問題点を明らかにし、重症例に対する適応(致命的頭蓋内圧上昇の抑制)と限界を定める一方、中等症に対する短期的には適応範囲の拡大の是非を検討、さらに中長期的には中等度脳低温療法に代わるより安全でいずれの施設でも施行可能な治療法を開発することを本研究の目的とする。
研究方法
臨床研究では1)retrospective clinical study:重度頭部外傷症例(GCS 8以下)の重症度(来院時GCS、ICP、頭蓋内損傷形態)、治療法、生命ならびに機能予後との関係を検討し、中等度脳低温療法の効果と限界、問題点ならびに適応を明らかにする。2)prospective clinical study:ICP上昇例以外の重度頭部外傷(ICP < 20 mmHg)を中等度脳低温療法群と常温(37℃)群に分け、治療成績を比較検討する。3)中等度脳低温療法の作用機序および易感染性などの問題点についての研究:?脳エネルギー代謝、?脳局所(髄液中)ならびに全身性(血液中)の炎症反応(pro- and/or anti-inflammatory cytokines)、?脳内アミノ酸代謝、?免疫機能(好中球活性化動態と免疫抑制機序)、?全身性循環動態・電解質代謝についてprospectiveに臨床的検討を行う。基礎研究では1)頭部外傷モデルに対する成長ホルモンの役割について、2)脳虚血・再灌流障害モデルにおける遺伝子発現からみた中等度脳低温療法の意義について、3)脳損傷モデルにおける単球由来貪食細胞の動態と一酸化窒素の役割、細胞内応答機構の解明、および脳由来神経栄養因子による脳保護法の基礎的研究を行った。
結果と考察
1)過去7年間に大阪大学附属病院特殊救急部に収容された重症頭部外傷患者の内、従来の方法では頭蓋内圧の亢進を制御できないため中等度脳低温療法を行った62症例について、来院時GCS、ICP、頭蓋内損傷形態と生命・機能予後との関係を検討した。その結果、来院時GCS≫5、従来の治療法施行後の頭蓋内圧が20~40mmHg、受傷初期のCT画像所見がFocal Cerebral Lesion Typeである症例は生命予後、機能予後の改善が期待できる。しかし、GCS<5、ICP>60 mmHg、彌慢性脳腫脹あるいはmidline shift> 12 mmのいずれかを呈する症例には、中等度脳低温療法が無効で、中等度脳低温療法の限界である。一方、同期間に従来の治療法で頭蓋内圧の制御ができたため、中等度脳低温療法を行わなかった67症例について、生命ならびに脳機能予後を検討した。その結果、約80%の患者が半年後には良好な転帰(GOSのGR:54%、あるいはMD:27%)をとった。さらに、これら129例の重症頭部外傷患者を最長7年間にわたって追跡調査した。その結果、中等度脳低温療法を施行され追跡調査ができた17症例の内、8症例で特有なCT画像の変化が進行することが明らかになった。これは、脳機能の回復が進むにもかかわらず、CT画像上脳萎縮が、受傷後1ヶ月~2ヶ月頃から出現し、月単位・年単位で緩除に進行するものである。このような臨床報告は皆無であり、我々は"delayed neuronal loss"と名付けた。この現象は、中等度脳低温療法を行った症例に特有で、同期間中に他の治療法を行った症例にはみられなかった。また、中等度脳低温療法をより長期間行った症例ほどこの現象が起こりやすいことが分かった。2)従来の治療法で頭蓋内圧が制御できる重症頭部外傷例にも中等度脳低温療法を施行することによって、生命・機能予後がさらに改善するか否かを明らかにするため
に、multicenter prospective randomized studyを計画しており、そのpilot studyを5施設で開始した。これは、共通のプロトコールに従い重症頭部外傷症例を常温(37℃)と中等度脳低温(34℃)とに無差別振り分けを行い、治療成績を比較検討するものである。現時点での結果では、生命・機能予後には全く差を認めないが、両群とも10例未満のため、最終的な結論には達していない。またこれらの症例に対する中等度脳低温療法の作用機序を、髄液・血液中の興奮性アミノ酸・各種サイトカイン・乳酸などを指標に検討した結果、両群間には現時点では明らかな差を認めていない。3)中等度脳低温療法に伴い感染症の合併頻度が高くなることが経験的に知られている。その機序を明らかにするため1993年から1996年に大阪大学医学部附属病院特殊救急部に収容された重症頭部外傷患者25例の白血球数・機能、血清CRP濃度などの経日的な推移についてretrospectiveに検討した。また1997年以降は白血球数が減少し、感染を合併した重症頭部外傷7症例に、rhG-CSFを投与しその効果を検討した。その結果、中等度脳低温療法に伴う易感染性には白血球数の減少、ならびにその機能の低下が関与していることが明らかとなった。さらにこの様な患者にrhG-CSFを投与することによって、臓器障害を生じることなく、白血球数の増加や白血球機能の回復が得られることが示された。最終的な結論は、現在行っているprospective studyの結果を待たねばならない。
基礎研究では、1)重度外傷患者でみられる蛋白異化亢進を抑制する目的でGHの投与が試み始められたが、重度外傷患者は頭部外傷を高頻度で合併する。GHは水分貯留を招くことが知られており、重症頭部外傷合併例では脳浮腫を増強する可能性があり、GH投与の対象外とされている。この点を明らかにするために、ラット脳に凍結損傷を作成し、GHによる脳含水量に対する影響を調べた。その結果、骨格筋では含水量が増加するのに対して、脳含水量はGHによって増加しないことが分かった。2)スナネズミの15分脳虚血再灌流モデルを再灌流後3時間34℃に維持したのち、小脳を除く全脳からRNAを抽出、differential display法によって、中等度脳低温療法時のmRNAの発現ならびに抑制に対する効果を検討した。その結果、虚血侵襲時にcalmodulinが転写段階で低下し、脳低温にすることによってmRNAの発現が保たれることを見出した。この結果より、虚血時神経細胞の機能に重大な影響を及ぼすと考えられるCaMKIIの活性低下がcalmodulinの減少によってもたらされる可能性が示唆され、calmodulinーCaMKII pathwayの維持が脳低温効果の一つであると考えられた。3)脳組織損傷後、マクロファージとマイクログリアがそれぞれ特徴的な時期に活性化されること、マクロファージの活性化に一致して脳内で一酸化窒素の産生が増加すること、神経細胞障害後Hsp70mRNAが発現するが、これが細胞死の防御と関連すること、脳由来神経栄養因子が神経損傷に対して保護効果を有することなどが明らかとなった。
結論
臨床研究からは、従来の治療法(脱水療法、過換気療法、バルビツレート大量投与)では頭蓋内圧を20mmHg以下にコントロールできない重症頭部外傷患者に中等度脳低温療法(34℃)を併用した場合、(1)来院時Glasgow Coma Scaleが5~8点、(2)従来の治療法施行後の頭蓋内圧が20~40mmHg、(3)受傷初期のCT画像所見がFocal Cerebral Lesion Typeである症例は生命予後・機能予後の改善が十分期待できる。しかし、逆に(1)来院時GCSが3~4点、(2)従来の治療法施行後の頭蓋内圧が60mmHg以上、(3)Diffuse Swelling Typeである症例では中等度脳低温療法の治療効果は認められない。
来院時のGCSが8点以下の重症頭部外傷でも、従来の治療法で十分に頭蓋内圧を制御できる症例の場合は、中等度脳低温療法を併用しなくても実に80%が良好な転帰を得た。また、これらの症例を中等度脳低温群と常温群に分けたpreliminary prospective studyでは、両群で生命予後、髄液中興奮性アミノ酸濃度、各種サイトカイン濃度の経日的変化に差を認めなかった。以上の結果より、従来の治療法で頭蓋内圧を20mmHg以下に制御できる症例に対しては中等度脳低温療法の効果を証明することは出来なかった。
脳低温療法施行中の易感染性の原因として、白血球数、機能の低下が関与している。この場合G-CSFを投与することで、白血球数、機能が改善し、組織障害を生じることなく、炎症反応が改善することが明らかとなった。
基礎研究では、脳虚血再灌流後に中等度脳低温に維持することによって、虚血再灌流で低下するcalmodulinのmRNAの発現は増強することを明らかにした。また脳損傷時マクロファージとマイクログリアがそれぞれ特徴的な時期に活性化されること、マクロファージの活性化に一致して脳内で一酸化窒素の産生が増加すること、神経細胞障害後Hsp70mRNAが発現するが、これが細胞死の防御と関連すること、脳由来神経栄養因子が神経損傷に対して保護効果を有することが明らかとなった。これらの結果は、脳損傷時にはエネルギー産生や、サイトカイン、蛋白調節因子などが変化することにより病態が変化している可能性が示唆され、脳損傷の機序や脳低温療法の作用を分子レベルで解明する糸口となると考えられる。

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