脊髄損傷の神経修復に関する研究

文献情報

文献番号
199700698A
報告書区分
総括
研究課題名
脊髄損傷の神経修復に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
川口 三郎(京都大学医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 井出千束(京都大学医学研究科)
  • 溝口明(京都大学医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
38,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
哺乳動物の中枢神経伝導路は再生しないと広く信じられてきたが、最近の10数年間の研究成果は成熟ラットにおいても、末梢神経やシュワン細胞あるいは嗅脳グリア細胞を移植したり、中枢ミエリン鞘やオリゴデンドロサイトに存在する軸索の伸長を抑制する因子の抗体を作用させたりすれば、切断された錐体路が再生すること、幼若動物ではそのような人為的操作を加えなくても、自然に再生が起こることを明らかにし、損傷された神経路が修復できる可能性を開いた。しかし、再生するとはいっても、いずれの場合にもその再生は極めて限定的である。すなわち、再生した投射は量的に僅かであり、距離(軸索の延長)も短く、当然、その多くは異所性であり、大きな機能的意義を期待することはできない。脊髄損傷で障害される運動・感覚系神経路は精緻な体部位局在を示す点対点投射である。従って、十分な機能的意義をもった神経修復を期待するのであれば、正常と同様な投射、すなわち量的にも距離的にも限定されないで、体部位局在を再現するような投射を再構築しなければならないであろう。本研究は、そのような限定されない再生を起こすための神経機構を解明し、そのための最適な条件や人為的操作の可能性を明らかにしようとするものである。そのためには、いろいろな仮説を立てて、それを検証することが必要になる。本研究はそうした試みとして、髄節置換、脈絡叢上衣細胞の移植、鋭利な切断によって軸索の伸長様式がどのように変わるかを調べた。
研究方法
髄節置換の実験では、生後1-2日齢のラットの胸髄を1.5-2髄節切除し、その空所に胎仔ラットの相同部位を含む等長の髄節を移植し、移植した髄節の中に進入し、その中を走行して再び宿主の脊髄に入る錐体路を小麦胚芽凝集素結合ホースラディッシュペルオキシダーゼ(WGA-HRP)の順行性標識法により標識して、その伸長様式を検索した。脈絡叢上衣細胞の移植実験では、成熟ラットの脊髄後索をハサミで切断し、切断部に細切した第4脳室の脈絡叢を移植し、蛍光色素標識法により移植細胞を、ニューロフィラメントの免疫染色により再生軸索を検索した。軸索の鋭利な切断実験では、生後8日齢から2カ月齢のラットを用い、傍咽頭的アプローチにより脳底を開き、直視下に錐体を切断し、一定期間飼育した後、 WGA-HRPの順行性標識法により、錐体路の伸長様式を検索した。
結果と考察
髄節置換の実験では、錐体路軸索の髄節置換部における最も顕著な組織学的所見は、宿主の脊髄後索深部をコンパクトな線維束として下行してきた軸索が移植髄節近位端から1-2mmの白質内でほうき状に分散するdefasciculationとそれらが再びまとまってコンパクトな線維束となるrefasciculationである。 Defasciculationは大部分の例で認められ、 refasciculationは2例でのみ認められた。これらの現象は接着分子の消失や分散あるいは新たな発現の可能性を示すものであり、軸索伸長の機構を解明する手がかりを与えるものと考えられる。脈絡叢上衣細胞の移植実験では、上衣細胞は移植部位に留まり、細胞周囲には無数の再生軸索が伸び出して、上衣細胞に接しながら長い距離を伸長しているのが観察され、脈絡叢上衣細胞が再生軸索の支持細胞として有効に働き、脊髄後索ニューロンに対して強い軸索伸長作用を有することが判明した。軸索の鋭利な切断実験では、手術直後から数時間の観察では切断部に浮腫を生ずることはなかった。そのような切断では後に切断部にグリアの瘢痕や空洞は形成されず、切断された錐体路軸索の著明な再生が起こり、再生した線維は切断部を越え、正常な投射と同様に延髄の最も腹側をコンパクトな線維束として伸長し、錐体交叉を形成して対側の後索
に入り、その最深部を下行して仙髄尾端に至り、その間、脊髄の各髄節で灰白質の3-7層に終末を分布するのが観察された。正常な投射と違う点は延髄で背側に伸びる細い側枝、すなわち異所性投射が存在したことである。そのような僅かな異所性投射を伴うとは云え、ほとんど正常と同様な投射が再構築されたのである。神経修復の研究を行っている多くの研究者が、限定的な再生しか起こらない理由として中枢ミエリン鞘やオリゴデンドロサイトの軸索伸長抑制因子を考えているが、本実験結果は再生を限定的にするのは中枢神経系全体のそのような軸索環境ではなく、切断部の局所的な条件であることを示している。胎仔中枢神経組織には神経投射の個体発生時に、軸索を正しい経路に導き、正しい標的に終止させる手がかり(guidance cues)の存在することが知られている。私達はこれまでに行ってきた実験から、そのようなguidance cuesが神経投射が完成したあとも保持されていることを示す成績を得ており、それに基いて、 guidance cuesを壊さないような切断を行えば、あるいは胎仔中枢神経組織の移植によりguidance cuesを宿主中枢神経系に導入すれば、限定のない再生が可能であり、正常と同様な投射が再構築できるとの仮説を提唱しているが、本実験結果は、この仮説を支持するものである。
結論
哺乳動物の中枢神経系はかつて考えられていたところとは異なり、潜在的には極めて大きな軸索の再生能力と再生した軸索を正しい経路に導き、正しい標的に終止させる自己組織化の能力を有しており、その能力を顕在化させれば正常と同様な神経投射を再構築できることが判明した。本研究結果は脊髄損傷を始め、外傷や血管障害によって損なわれた中枢神経回路を修復できる可能性を示している。

公開日・更新日

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