文献情報
文献番号
199700697A
報告書区分
総括
研究課題名
生体リズム発振機構とリズム障害の分子基盤に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
岡村 均(神戸大学)
研究分担者(所属機関)
- 程肇(東京大学)
- 内匠透(神戸大学)
- 柴田重信(早稲田大学)
- 井上慎一(山口大学)
- 稲場文男(東北工業大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
ヒトの身体の内的環境のホメオスターシスは、自身が作り出す時間軸で動的に制御されているのが特徴であり、この障害が、さまざまな疾患となって現われる。この生体内時計は脳にある事がわかっており、遺伝子レベルで発振され、この情報が細胞内機能蛋白、細胞の電気活動、神経核につぎつぎに伝わり、ホルモン分泌、睡眠覚醒、さらに記憶・学習など高次の脳機能の約 24 時間周期の内因性振動も引き起こす。地球の自転周期への地球上の生命が獲得したと想定されるこのサーカディアンリズム現象は、数々の外来環境条件下でも優れた安定性を示し、環境温度の影響をほとんど受けず(温度補償性)、環境因子に対して位相依存的に反応する(位相反応性)という特徴を示す。この長周期で非常に安定したリズムを生み出すメカニズムはそれ自身新しい情報発振系、情報伝達系によると考えられ、その障害により数々の疾患が引き起こされると考えられるが、哺乳類におけるその機構は長らく全く不明のままであった。これは、ひとえに、時間生成の鍵となる物質が解明されていないからであると考え、我々は時計遺伝子として確立しているショウジョウバエ時計遺伝子Periodのホモローグを哺乳類で単離することに全力を注いだ。今回は、この哺乳類Period遺伝子群のクローニングから、環境因子(特に明暗サイクル)への生体内時計の同調機構を分子レベルで検索した。これら結果の応用により、時差症候群、老人の睡眠障害,睡眠遅滞症候群、鬱病などのリズム異常と関連が深い疾患の新しい診断・治療法の確立を目指す。
研究方法
ショウジョウバエPeriod遺伝子の哺乳類ホモローグを単離するため、IMS -PCR法を考案し、dPerのヒト及びマウスホモローグhPERとmPerを単離した。また、マウス脳cDNAより、RT-PCR, RACE法を用いて、mPer2の単離を試みた。ゲノム構造解析のため、hPER及びmPerのプロモーター領域の全ゲノム配列と転写開始点を決定した。単離したmPer1およびmPer2の発現解析を、サーカディアンリズムセンターである視交叉上核で行った。また、mPer1発現の光照射による影響を探るため、生体リズムの各位相で光照射を行った。また、光照射量と行動の位相変位の相関を探った。さらに、光照射による行動の位相変位がmPer1の発現により起こっていることを明らかにするためにmPer1のアンチセンスオリゴヌクレオチドを脳内に注入し、光同調を抑制する事を調べた。アンチセンスオリゴヌクレオチドを注入するために、マウスの側脳室にガイドカニューレをあらかじめ植え込み、その後マウスを恒暗条件下でフリーランさせ、CT15でmPer1のアンチセンスオリゴヌクレオチドを注入し、その後、CT16に光照射を行った。また、対照実験として、側脳室に生理食塩水を投与する群や、センスオリゴヌクレオチドやランダム配列になったオリゴヌクレオチドを注入する群も作製した。また、この実験をラットでも行った。ラットでは視交叉上核への直接マイクロインジェクションも試みた。また、高感度の微弱光検出装置を考案し、新しいデヴァイスを用いたリズムの長時間自動測定装置を開発するための基礎研究を行った。
結果と考察
1)哺乳類時計遺伝子のクローニング(担当:程、岡村、内匠)
程らが開発したIMS (intra-module scanning)-PCR法を利用してショウジョウバエPeriod (dPer)のヒト及びマウスホモローグhPer1とmPer1を単離した。哺乳動物とショウジョウバエのPer分子は、dPer上機能が同定されている(PASドメインを含む)五つのすべての領域で強い相同性を示した。さらに、mPer1 mRNA量は明暗及び恒常暗条件下において、サーカディアンリズムのセンターであるマウス視交叉上核に、昼高く夜低い自律的な発現日周変動が見られた。つづいて、哺乳類のmPer1遺伝子の同一のファミリーに属するmPer2のクローニングを試みた。mPer2はmPer1およびdPerと同様、PASドメインは良く保存されていた。また、dPerが細胞内に止まるために重要な構造であるcytoplasmic localization domain (CLD)の部分もmPer1、mPer2ともに良く保存されていた。ショウジョウバエのdPerも、哺乳類のmPer1、mPer2も典型的な ベーシックヘリクス・ループ・ヘリクス(bHLH)構造を持たない事は特筆され、この事は、これらの蛋白がDNAに直接結合して制御する転写因子と言うよりも、転写調節因子として働く可能性がある事を示唆している。mPer2に関しては、ベーシックを欠いたHLH構造を持ち、筋肉分化の時に働くMyo-D / E2A - Id complexのように、mPer 転写を促進しているbHLH-PAS構造を持つ転写因子とPASドメインを介してのダイマーを形成し、ネガティブに転写を制御しているのかもしれない。mPer2は視交叉上核に、極めて強く、しかも時間特異的に発現していた。しかし、dPer mRNAのピークが主観的暗期の初めであり、哺乳類mPer1 mRNAの発現が主観的明期の前半(午前)であるのに対して、またmPer2が主観的明期の後半(午後)であり、パターンは異なっていた。また、視交叉上核では、mPer1とmPer2は同一細胞に発現していた。現在、ヒトのリズム異常の患者の時計遺伝子の解析も考案中である。
2)時計遺伝子の転写制御機構の解明(担当:程、岡村)
hPer1及びmPer1 のプロモーター領域を含む全ゲノム配列と転写開始点を決定した。両遺伝子のプロモーター領域を比較したところ、E boxを含む約50 bpの強く保存された配列が二カ所で見いだされた。現在、Per遺伝子プロモーター領域結合する脳内因子の検索を進めている。
3)行動位相変位における時計遺伝子mPer1の発現制御(担当:岡村、柴田)
我々はマウスにおける行動リズムの光同調の機構にmPer1がどのように関与しているのかを検定するため、行動位相の変動と視交叉上核におけるmPer1 mRNAの発現変動を詳細に比較検討した。300ルクスの光を当てると、視交叉上核でmPer1 mRNA が誘導された。この光による一時的なperiod遺伝子の発現はショウジョウバエでは認められておらず(ショウジョウバエではTim蛋白の急速な分解が知られている)、哺乳類に特異的な現象と言える。またこのmPer1の一時的な発現は、時間位相および、光量に依存していた。以上の結果は、哺乳類リズム発振においてもmPer1遺伝子が中核的な働きをする可能性を示唆している。
4)行動位相変位のmPer1アンチセンスオリゴヌクレオチドによる拮抗(担当:柴田、井上)
光照射による行動の位相変化がmPer1のアンチセンスオリゴヌクレオチド注入により拮抗されるか否かについて調べた。アンチセンスオリゴヌクレオチドの脳室内投与は用量依存的に光照射による位相後退を拮抗した。また、NMDA受容体拮抗薬のMK801の脳室内投与によっても拮抗された。このことは脳室内に投与したアンチセンスオリゴヌクレオチドが視交叉上核に作用して光同調を抑制したものと考えられる。
5)高感度フォトニクスデヴァイスを用いたリズムモニター系の開発(担当:稲場、岡村)
時計遺伝子取得の為の大きな武器として、来る21世紀の技術とされるフォトニクス・マテリアルを取り入れた新しいデヴァイスを用いた長時間自動測定装置を開発するための基礎研究を行った。
程らが開発したIMS (intra-module scanning)-PCR法を利用してショウジョウバエPeriod (dPer)のヒト及びマウスホモローグhPer1とmPer1を単離した。哺乳動物とショウジョウバエのPer分子は、dPer上機能が同定されている(PASドメインを含む)五つのすべての領域で強い相同性を示した。さらに、mPer1 mRNA量は明暗及び恒常暗条件下において、サーカディアンリズムのセンターであるマウス視交叉上核に、昼高く夜低い自律的な発現日周変動が見られた。つづいて、哺乳類のmPer1遺伝子の同一のファミリーに属するmPer2のクローニングを試みた。mPer2はmPer1およびdPerと同様、PASドメインは良く保存されていた。また、dPerが細胞内に止まるために重要な構造であるcytoplasmic localization domain (CLD)の部分もmPer1、mPer2ともに良く保存されていた。ショウジョウバエのdPerも、哺乳類のmPer1、mPer2も典型的な ベーシックヘリクス・ループ・ヘリクス(bHLH)構造を持たない事は特筆され、この事は、これらの蛋白がDNAに直接結合して制御する転写因子と言うよりも、転写調節因子として働く可能性がある事を示唆している。mPer2に関しては、ベーシックを欠いたHLH構造を持ち、筋肉分化の時に働くMyo-D / E2A - Id complexのように、mPer 転写を促進しているbHLH-PAS構造を持つ転写因子とPASドメインを介してのダイマーを形成し、ネガティブに転写を制御しているのかもしれない。mPer2は視交叉上核に、極めて強く、しかも時間特異的に発現していた。しかし、dPer mRNAのピークが主観的暗期の初めであり、哺乳類mPer1 mRNAの発現が主観的明期の前半(午前)であるのに対して、またmPer2が主観的明期の後半(午後)であり、パターンは異なっていた。また、視交叉上核では、mPer1とmPer2は同一細胞に発現していた。現在、ヒトのリズム異常の患者の時計遺伝子の解析も考案中である。
2)時計遺伝子の転写制御機構の解明(担当:程、岡村)
hPer1及びmPer1 のプロモーター領域を含む全ゲノム配列と転写開始点を決定した。両遺伝子のプロモーター領域を比較したところ、E boxを含む約50 bpの強く保存された配列が二カ所で見いだされた。現在、Per遺伝子プロモーター領域結合する脳内因子の検索を進めている。
3)行動位相変位における時計遺伝子mPer1の発現制御(担当:岡村、柴田)
我々はマウスにおける行動リズムの光同調の機構にmPer1がどのように関与しているのかを検定するため、行動位相の変動と視交叉上核におけるmPer1 mRNAの発現変動を詳細に比較検討した。300ルクスの光を当てると、視交叉上核でmPer1 mRNA が誘導された。この光による一時的なperiod遺伝子の発現はショウジョウバエでは認められておらず(ショウジョウバエではTim蛋白の急速な分解が知られている)、哺乳類に特異的な現象と言える。またこのmPer1の一時的な発現は、時間位相および、光量に依存していた。以上の結果は、哺乳類リズム発振においてもmPer1遺伝子が中核的な働きをする可能性を示唆している。
4)行動位相変位のmPer1アンチセンスオリゴヌクレオチドによる拮抗(担当:柴田、井上)
光照射による行動の位相変化がmPer1のアンチセンスオリゴヌクレオチド注入により拮抗されるか否かについて調べた。アンチセンスオリゴヌクレオチドの脳室内投与は用量依存的に光照射による位相後退を拮抗した。また、NMDA受容体拮抗薬のMK801の脳室内投与によっても拮抗された。このことは脳室内に投与したアンチセンスオリゴヌクレオチドが視交叉上核に作用して光同調を抑制したものと考えられる。
5)高感度フォトニクスデヴァイスを用いたリズムモニター系の開発(担当:稲場、岡村)
時計遺伝子取得の為の大きな武器として、来る21世紀の技術とされるフォトニクス・マテリアルを取り入れた新しいデヴァイスを用いた長時間自動測定装置を開発するための基礎研究を行った。
結論
本研究において、我々はまず哺乳類における極めて重要な時計遺伝子哺乳類Period (mPer1)のクローニングに成功した(Nature, 1997)。つづいて、我々はさまざまなリズム関連の疾病で認められる環境因子(特に明暗サイクル)への生体内時計の同調不全を分子レベルで解明すべく、この時計遺伝子哺乳類 period の光同調機構を検索し、光情報が遺伝子レベルに直接働き、時間位相及び空間部位特異的にこの時計遺伝子を発現させる事を明らかにした(Cell, 1997)。また、この時計遺伝子は分子ファミリーを形成することを明らかにした(mPer2の同定)(Genes Cells, 1998)。さらに、アンチセンスプローブの脳内注入により、行動位相の変動を検出した。さらに、時計遺伝子の経時的検出に必要な装置の開発の基礎研究を行った。この哺乳類Period遺伝子群の検索結果を端緒にして、新しい情報発振系、情報伝達系を伴う「時計遺伝子」機構の全貌を解明する事は十分可能であると想定される。サーカディアンリズムの振動現象は自然界では例外的に長周期(約24時間)であること、環境温度の影響をほとんど受けず(温度補償性)、環境因子に対して位相依存的に反応する(位相反応性)という特徴を示す。今後、これら結果の応用により、昼夜不規則な生活が強いられる現代社会や、Quality of Life (QOL) の維持、リズム異常と関連が深い疾患の新しい予防や治療の手段を提供すると考えられる。
公開日・更新日
公開日
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