ミトコンドリア機能障害によるアルツハイマー病の発症機序と予測に関する

文献情報

文献番号
199700696A
報告書区分
総括
研究課題名
ミトコンドリア機能障害によるアルツハイマー病の発症機序と予測に関する
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
太田 成男(日本医科大学老人病研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 松田貞幸(鹿屋体育大学)
  • 三木哲郎(愛媛大学医学部)
  • 川上潔(自治医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アルツハイマー病は神経細胞死の加速によって痴呆となる疾患で社会的にも最も注目されている疾患にひとつである。アルツハイマー病は家族に複数の患者がいる家族性疾患と家族にアルツハイマー病患者のいない孤発型アルツハイマー病に分類される。家族性アルツハイマー病では遺伝子の連鎖解析によってプレセニリン1をはじめとして3つの原因遺伝子が同定されている。しかしながら、家族性アルツハイマー病は全体の10%以下である。一方、孤発型アルツハイマー病では危険因子としてアポリポ蛋白 Eの特定の対立遺伝子(APOE4)が同定されている。対立遺伝子APOE4はアルツハイマー病患者の40-50%が有しているが、APOE4を有すると必ずしも発症するわけではなく、複数の因子の関与によって発症するものと考えられている。アルツハイマー病患者において、シトクロム酸化酵素、ピルビン酸脱水素酵素、α-ケトグルタル酸脱水素酵素などのミトコンドリア酵素活性が低下することは以前より指摘されてきた。また、アルツハイマー病の発症初期に、グルコース消費が低下し乳酸やピルビン酸が上昇するなどミトコンドリアのエネルギー代謝異常も指摘されてきた。α-ケトグルタル酸脱水素酵素複合体は3つの酵素からなる巨大な複合体酵素で、エネルギー代謝回路であるクエン酸回路の律速酵素である。ジヒドロリポアミドサクシニル転移酵素(dihydrolipoamide succinyltransferase DLST)は構造的中核である。シトクロム酸化酵素は呼吸鎖の最終段階を触媒し、その中核サブユニット遺伝子はミトコンドリアDNAにコードされている。このふたつのミトコンドリア酵素とアルツハイマー病の関連を明確にし、アルツハイマー病の発症前診断を可能にすること、症状の経過を予測可能にすること、アルツハイマー病の病因を明らかにすることが目的である。
研究方法
DLST遺伝子の多型とアルツハイマー病の相関関係を調べることによってアルツハイマー病とDLST遺伝子の遺伝子型に相関関係があることを私たちは初めて示唆した。本研究ではより多くの患者(250人)と対照の健常人(450人)のDLST遺伝子型を遺伝子多型に基づき決定した。遺伝子の多型はSSCP(single strand confornation polymorphism)法と塩基配列決定により決定した。さらにアルツハイマー病と有意に相関関係のあるDLST遺伝子型をもつ患者の臨床症状の経緯を調べた。DLST遺伝子と疾患の相関関係をより明確にするためにさらにより多くの遺伝子多型の検索をおこない、エクソン8、イントロン11、イントロン13、エクソン14の4箇所に多型を 見い出した。エクソンにおける多型はいずれの多型においてもアミノ酸変化は伴わなかった。この多型のをその塩基により命名した。例えば、A(エクソン8)G(イントロン11)A(イントロン13)C(エクソン14)をもつハプロタイプは(agac)とし、それをホモをもつ遺伝子型を(agac/agac)とする。この遺伝子型をアルツハイマー病の関連を統計的に処理し、DLSTとアルツハイマー病の関連がより有意であることを示すことができた(統計的にp<0.0001)。さらに、APOEやプレセニリンなどのアルツハイマー病に関わる他の遺伝子との関連を遺伝子解析した。
DLST蛋白の挙動を調べるために、各組織を組織免疫染色で染色し、DLST抗体と反応する蛋白を検出した。さらに、その蛋白を免疫沈降法で精製し、アミノ酸配列決定によりDLST蛋白の一部であることを確認した。
ミトコンドリアDNA(mtDNA)の解析には、PCRのプライマーの3'末端にミスマッチがあるとPCR産物ができにくい性質を利用して、少量の変異mtDNAの存在の有無と混在率を測定した(ARMS法)。患者100人、年齢を一致させた対照健常人100人を調べ、比較した。
結果と考察
1。DLST遺伝子の特定の遺伝子型(agac/agac)と孤発型アルツハイマー病の相関関係がより明確になった。
2。DLST遺伝子の特定の遺伝子型(agac/agac)をもつアルツハイマー病患者には幻覚が初期に認められる傾向があり、症状との関連ある可能性が指摘できた。
3。DLST遺伝子は早期発症家族性アルツハイマー病の原因遺伝子であるプレセニリン1遺伝子近傍(遺伝子間距離=2cM)にある。プレセニリン 1遺伝子のイントロンの多型頻度とDLSTの多型頻度を調べると相関はないことが明確になり、プレセニリン 1の変異がDLST遺伝子のハプロタイプと同一の挙動をしてDLST遺伝子に反映されているのではないことが確認された。
3。アルツハイマー病の危険因子であるAPOE4遺伝子を持つ患者と持たない患者を比較するとDLSTのどの遺伝子型でも差はなく、DLST遺伝子はAPOE4とは独立に作用することが推定された。
4。DLSTのアミノ酸変化を伴うようなDNA変異はなく、遺伝子発現機構の異常によってDLST蛋白が減少する、あるいは低分子異常DLSTが生じることが示唆された。
5。DLSTはミトコンドリアに存在するはずであるが、アミノ酸配列決定と組織免疫染色によりミトコンドリア以外にも低分子のDLSTが存在することが発見された。
6。低分子DLSTに対応するcDNAをクローニングし、低分子DLSTはプロモーター常によって生じることが示唆された。
7。ミトコンドリアDNAにコードされるシトクロムc酸化酵素遺伝子上のヘテロプラズミー変異の存在を確認したが、この変異とアルツハイマー病との相関関係は認められなかった。
以上のように、分子疫学的方法によって、DLST遺伝子とアルツハイマー病との相関関係は明確になり、シトクロム酸化酵素遺伝子変異とアルツハイマー病の相関関係は否定された。DLST遺伝子の遺伝子型とアルツハイマー病の症状との相関関係を決定するにはさらに多くの患者を解析する必要がある。また、アルツハイマー病以外の脳変性疾患とに関連も調べ、アルツハイマー病に特異的現象であるか否かを確定する必要がある。予備的検査ではパーキンソン病とDLST遺伝子多型の相関関係はアルツハイマー病ほどではないにしても若干認められている。
さらに、特定のhaplotype(ac)遺伝子上のDLST遺伝子変異によってプロモーターが新たに生じ、ミトコンドリア以外に存在することが可能な低分子DLSTが生じる。そして、この低分子DLSTがアルツハイマー病発症に寄与するという作業仮説を導きだすことができた。
結論
以上の結果はDLST遺伝子の特定のhaplotype(ac)上の存在する遺伝子変異がプレセニリンやAPOE4のような既知の遺伝子とは独立にアルツハイマー病に関与することを明確にした。同じミトコンドリア酵素遺伝子でもシトクロム酸化酵素の遺伝子ではヘテロプラズミー変異の増加はみられず、むしろ低下していたので、一般にミトコンドリアの機能低下というより、DLSTに特異的な現象であることが示唆された。ミトコンドリアの局在しない低分子の変異DLSTが検出されたので、この変異DLSTがアルツハイマー病とどのように関わるかを調べていくことが必要であるという作業仮説を提出することができたので、今後はこの作業仮説に基づいてアルツハイマー病の発症機序をあきらかにする予定である。

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