ヒトの生体リズム異常の診断・治療法開発に関する基盤研究

文献情報

文献番号
199700695A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトの生体リズム異常の診断・治療法開発に関する基盤研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
大川 匡子(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 内山真(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 梶村尚史(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 亀井雄一(国立精神・神経センター国府台病院)
  • 海老澤尚(埼玉医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
45,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究プロジェクトの目的は、ヒトの生物時計と睡眠機構の関連を明かにし、生体リズム異常の客観的な診断法を開発し、生体リズム異常の病態生理および病因を明らかにし、これに基づいてヒトの生物時計機構の特異性をふまえた生体リズム異常の治療法を開発することである。本研究により、生体リズム障害の発症機構が解明され、診断が客観的かつ確実になり、病態に応じた治療法の選択が可能になる。こうした点をふまえ、今年度は、生体リズムおよび睡眠・覚醒リズムの測定法開発、生体リズム異常の睡眠脳波学的診断法、生体リズム異常の病態生理学、生体リズム異常の遺伝子診断、生体リズム異常の治療法開発の5つの研究が行われた。
1)生体リズムおよび睡眠・覚醒リズムの測定法開発
ヒトのホルモンリズムと睡眠・覚醒リズムの相互作用について検討し、体内時計の発振する生体リズムと睡眠・覚醒を同時に正確に測定する技術を開発することを目的とした。
2)生体リズム異常の睡眠脳波学的診断法
生体リズム異常の終夜睡眠ポリグラフによる睡眠脳波的特徴を明らかにし、終夜睡眠ポリグラフによる診断基準を開発することを目的とした。
3)生体リズム異常の病態生理学
生体リズム異常を持つ患者における睡眠制御について、二過程モデルに基づき恒常性維持機構と概日機構の相互作用を明らかにすることを目的とした。
4)生体リズム異常の遺伝子診断
生体リズム異常を伴う患者の中に、メラトニン受容体遺伝子やperiod 遺伝子など生体時計関連遺伝子の変異が原因となっている群が存在するか探ることを目的とした。
5)生体リズム異常の治療法開発
生体リズム異常を示す患者に対し、メラトニン投与による睡眠障害の治療を試み、メラトニンの最適投与法について検討することを目的とした。
研究方法
1)生体リズムおよび睡眠・覚醒リズムの測定法開発
健康で平均的睡眠習慣を持つ女子大学生9名を対象とし、卵胞期に行った。実験1日目は8時までに起床し、夕方までに研究室に到着し、直ちに直腸温による深部体温測定を開始した。室内光下で翌朝7時まで座位で安静、覚醒を保った状態で過ごさせ、24時間の断眠を課した。8時から26時間の間10分-20分超短時間睡眠・覚醒スケジュールによる脳波測定を行った。すなわち、30分間を暗条件下20分の座位覚醒とシールドルーム内での10分間の安静臥床に分け安静臥床中の脳波を記録した。睡眠判定は国際分類により、睡眠段階の2・3・4・REMの合計を30分間のsleep propensityとした。1時間毎にホルモン測定のための採血を行った。
2)生体リズム異常の睡眠脳波学的診断法
睡眠相後退症候群患者11名と非24時間睡眠覚醒症候群患者6名および健常者11名を対象に、2夜連続で終夜睡眠ポリグラムと深部体温リズム測定を行った。対照群は、健康な男性8名、女性3名の計11名であった。DSPS患者および非24時間睡眠覚醒症候群患者では普段通りの時間帯に就床し起床するよう指示したが、健常者では就床は23時30分、起床は翌朝7時とした。第2夜目の結果について、得られた睡眠変数や睡眠1時間当たりのδ帯域波の個数などについて比較した。
3)生体リズム異常の病態生理学
対象はICSDの診断基準に基づいて診断された睡眠相後退症候群2例と非24時間睡眠覚醒症候群2例である。検査前に薬物を服用していた場合には、最低2週間は投与薬物をすべて中止し生活してもらった。日常生活条件における平均起床時間から24時間の断眠を行い、これに引き続いて暗条件下において、超短時間睡眠・覚醒スケジュールを実施した。
4)生体リズム異常の遺伝子診断
概日リズム障害を呈する患者31名(睡眠相後退症候群19例、非24時間睡眠覚醒症候群7例、季節性感情障害3例、不規則型睡眠覚醒パターン 1例、周期性傾眠症1例)、及び27人の正常コントロール群に対し、静脈血を採取してリンパ球からゲノムDNAを抽出した。ヒトメラトニン1A、1B受容体遺伝子につき、独自にゲノム構造を解析し、その核酸配列を元にプライマーを作成し、PCR-SSCP法やPCR産物の直接シーケンス法などによってそれぞれの遺伝子に変異がないか探索した。
5)生体リズム異常の治療法開発
15例の概日リズム睡眠障害患者を対象とした。診断は睡眠障害国際分類によった。メラトニンの投与法は、段階的前進法(日常就寝時刻の30~60分前に1mgまたは3mg投与し、徐々に投与時刻を早める方法)、急速前進法(生物時計のリセットをめざし、治療初期より希望入眠時刻の30分前頃に1~3mgを投与する方法)、分割投与法(希望入眠時刻前から1~2時間の間隔をおき、0.3~0.5mgを2~3回投与し、低用量で高血中濃度をより長く保つ方法)を試みた。
結果と考察
1)ヒトの生体リズム機構と睡眠・覚醒機構の関連
ヒトの概日リズムのパラメーターのうち血中メラトニンリズム、体温リズムがsleep propensity(眠気)の概日変動と密接に関連していることがわかった。さらに、血中コルチゾルリズムおよび血中甲状腺刺激ホルモンリズムはsleep propensityの概日変動とは独立した変動を示すことが明らかになった。以上から、超短時間睡眠・覚醒スケジュール法と血中メラトニンリズム測定を組み合わせ研究を行うことで、生体リズム異常における睡眠障害の病態生理学的機序を解明できるものと考えられた。
2)生体リズム異常の睡眠脳波学的診断法
睡眠相後退症候群患者では、睡眠徐波が減少していたが、非24時間睡眠覚醒症候群患者では睡眠徐波の量は正常であった。直腸温の同時解析からは、睡眠相後退症候群では体温リズムと睡眠リズムが脱同調しているが、非24時間睡眠覚醒症候群では両者が同調しており、このことが睡眠相後退症候群と非24時間睡眠・覚醒症候群の睡眠の質の違いに関係していることが示唆された。これらは、生体リズム障害における睡眠・覚醒制御機構について解明するを手がかりを与えるものと考えられる。
3)生体リズム異常の病態生理学
睡眠相後退症候群患者と非24時間睡眠覚醒症候群患者に対し、暗条件下における超短時間型睡眠・覚醒スケジュール法によるsleep propensity測定と血中メラトニン測定を同時に行った。その結果、睡眠相後退症候群患者と非24時間睡眠覚醒症候群患者では、断眠後の回復睡眠がとれず、睡眠開始時刻はメラトニン分泌によって制御されている可能性が示唆された。これは、概日リズム睡眠障害患者の睡眠は強固に体内時計によって支配されており、社会的影響をうけにくいものと考えられた。
4)生体リズム異常の遺伝子診断
生体リズム障害を示す患者及び健常人からゲノムDNAを採取し、メラトニン1A受容体遺伝子、1B受容体遺伝子の変異の有無を検索した。その結果、1A受容体、1B受容体のそれぞれから2種類ずつ計4種類の、アミノ酸置換を伴う核酸配列の変異を見出した。非24時間睡眠覚醒症候群では7例中3例に1A受容体の変異を伴い、うち1例は1B受容体にも変異を伴うことを見出した。また、生体リズム障害患者31名のうち3名が、1A受容体上に同じ変異を伴っていることが明らかになった。現在これらの変異が疾患の発症に関連しているか確認中である。これら一連の実験により、概日リズム障害患者の一部にでも遺伝子の変異が原因となっている群が見出される可能性が強いと考えられる。これにより、新しい疾患分類の作成や、病因に基づいた治療法の開発・選択が可能となるものと思われる。
5)生体リズム異常の治療法開発
睡眠相後退症候群患者と非24時間睡眠覚醒症候群患者に対し、メラトニン投与による治療研究を行い、投与法と作用機序についての次のような知見を得た。メラトニンの分割投与法を開発した。これを用いることで、単回投与法と比べ、簡便に、より良好な治療成績が得られることがわかった。この方法では、内因性生体リズムの位相を厳密に測定する必要がない点で、一般臨床に結びつける上での利点があるものと考えられた。
結論
今年度は、1)生体リズムおよび睡眠・覚醒リズムの測定法開発、2)生体リズム異常の睡眠脳波学的診断法、3)生体リズム異常の病態生理学、4)生体リズム異常の遺伝子診断、5)生体リズム異常の治療法開発の5つの研究が行われた。それぞれ課題を達成し、画期的研究成果が得られた。
第一に、生体リズムおよび睡眠・覚醒リズムの同時測定法が開発されたことにより、概日リズム睡眠障害において、睡眠の概日性制御機構のみならず、恒常性維持制御機構に機能異常があることが、世界で初めて明らかになった。この所見は、睡眠脳波学的診断法開発で得られた睡眠脳波定量解析の所見からも支持された。
第二に、世界で初めて、概日リズム睡眠障害の生体リズム異常の遺伝子診断に関する研究を行い、概日リズム障害患者の一部に体内時計に関連した遺伝子の変異が原因となっている群が存在する可能性がみいだされた。
第三に、概日リズム睡眠障害に対するメラトニン治療において、世界で初めて臨床における分割投与法を開発し、これにより良好な治療成績が得られた。
これらの点をふまえ、臨床応用のための基盤研究をさらに推進することで、生体リズム障害の発症機構が解明され、診断が客観的かつ確実になり、病態に応じた治療法の選択が可能になると考えられる。

公開日・更新日

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