文献情報
文献番号
199700691A
報告書区分
総括
研究課題名
精神神経疾患、ハンチントン舞踏病のモデルマウスに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
石黒 啓司(藤田保健衛生大学・総合医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
本研究はハンチントン舞踏病(HD)のモデルマウスを作製し、脳神経細胞の選択的細胞死の機構を解明することによりトリプレット病の本質的な問題点を明らかにすることにある。HDの疾患責任遺伝子は1993年に発表され単一遺伝子疾患であることが判明した。同時にそれまでになかった疾患原因機構がエクソン内に存在するCAGのリピートの伸長によることが明らかになった。このことは翻訳されるポリグルタミンが細胞死を誘導もしくは助長していると推測された。これらの研究から発症と遺伝子変異の関係が極めて明確になり、genetic anticipationという現象も説明できるようになった。しかし、多くのCAGトリプレットリピート病(Huntington disease (HD), spinocerebellar ataxia(SCA)1,2,3,6,7 ,spinal and bulbar muscular atrophy (SBMA), dentatorubral pallidoluysian atrophy (DRPLA))の中でも、共通した問題点が存在する。(1)なぜトリプレットリピート病が特定の脳の領域で神経細胞死を生ずるのか。(2)CAGリピートの伸長が父親由来であることから精巣内でのCAGの伸長の分布に変化があり不安定である。このCAGリピートの伸長する分子生物学的機構は何か。(3)発症に関して細胞死が起こる引き金は解っていないが、その機構がポリグルタミンの核内における沈着と密接に関係しているのか。HDモデルマウスの作製はこのような疑問を明らかにするために行い、病態の経過観察、発症機序、CAGリピートの伸長と不安定、行動異常等を詳細に検討することを目的とする。
研究方法
マウスHD遺伝子のエクソン1周辺遺伝子(129sv/jマウスゲノムライブラリー)とHD患者のヒトHDエクソン1を含むEcoRIフラグメント(4.2kb)をクローニングした。この患者のCAGリピート数は80であった。遺伝子操作技術を使ってマウスHD遺伝子のエクソン1をヒトのエクソン1(80CAGリピート)と入れ替えた。コンストラクトはCAGリピートの長さを保つためにlFixファージベクターに導入した。これをエレクトロポーレーションにてES細胞に導入し、このES細胞をマウス胚盤胞に移入しキメラマウスを得た。このマウスを用いてヘテロマウス(F1)を作製し、F2、F3マウスを繁殖した。さらに、マウス遺伝的背景をそろえる必要があるためC57BL/6マウスと戻し交配を繰り返した。HDモデルマウスは遺伝子レベルと蛋白質レベルにて解析を行った。CAGリピートの長さを測定するためにヒトエクソン1の中の塩基配列からPCRプライマーを作製しgenescan法を用いて行った。またCAGリピートの長さの推定、ヘテロマウス、ホモマウスの確認にはサザンブロット法を行って判断した。蛋白質の解析はウエスタンブロット法を用いて行った。
結果と考察
HDモデルマウスを作製する目的で18種類のES細胞を調製した。CAGリピートの長さを決定する目的でこれらのES細胞からゲノムDNAを精製し、PCR法を用いてエクソン1のDNAを増幅した。ヒトHDエクソン1のプローブを用いてサザンブロット法で解析した。その結果、CAGリピートが80と思われる細胞が9種類、80より短いCAGをもつ細胞が8種類、80より長いと思われる細胞が1種類であった。得られた18種類のすべてのES細胞をマウス胚盤胞に注入し、ES1-47にgermline transmissionが確認された。このES細胞はgenescan法の結果から77CAGリピートと判断した。F1マウス(8匹、77CAGリピート)を得た後、F2マウス(22腹)、F3マウス(12腹)を獲得した。MCHマウス、Creリコンビナーゼ発現マウス(イントロン1に組み込まれたneo遺伝子の除去)、C57BL/6マウスとの各交配マウスをgenescan法で解析した。その結果、F2及びF3いずれのヘテロマウスもCAGリピート数が77であった。ヘテロマウス同士を交配することにより両アリールがCAG77リピートを持つ
ホモマウスを得た。ホモマウスは他のマウス同様CAG77リピートを持っており、ハンチンチン蛋白質の発現に関しても野性型マウスのバンドに対してホモマウスからは長い1本バンドが確認できた。発現量は特に変化なく、野性型マウスと同等の発現量であった。脳組織を観察するためにHE染色を試みたところ、ホモマウスはヘテロマウス、野性型マウスに比べ、脳室がやや大きく、脳実質組織の体積が小さいと考えられた。
1993年、The Huntington's Disease Collaborative Research Groupにより同定された遺伝子、IT15 (huntingtin)はHDの疾患責任遺伝子として確立され、この遺伝子のエクソン1にCAGでコードされた繰り返し領域があることが明らかになった。患者においてはこのCAGストレッチが極めて長い(36リピート以上)ことが判明した。Bates博士らのグループは技術が比較的容易なトランスジェニックマウスを作製してHDの解明を試みた。彼等はハンチンチンのエクソン1とそのプロモーター領域をランダムにマウスゲノム中に挿入して複数の系を確立したところ、一部の系にCAGの不安定性を示す親マウス(雄)が存在した。一方、MacDonald博士の研究グループは本研究と極めて近い実験系を使っている。すなわち、マウスHDのエクソン1をヒト患者HDエクソン1(48CAGリピート)と置き換えたマウスを作製した。彼等のマウスにおいてもヘテロマウスには野性型マウスと変化がなかった。ホモマウスに関しても脳全体は野性型に比較して小さいが生後の行動等に関しては正常である。
本研究では、77CAGリピートを持つHDマウスの作製に成功した。このマウスはヒトHD患者と極めて類似のゲノム構造をマウスの中に再現しており、HDモデルマウスとしては極めて忠実にHD患者のゲノム構造を再現した。しかし、父親由来の長いCAGアリールは世代を越えて安定して伝わり、ヒトで観察されているようなCAGの伸長は確認できなかった。またHD特有の症状はまだ観察はされていない。近年、HDに限らず他のCAGトリプレット病でも共通に観察されている現象にポリグルタミンストレッチの核移行とそれに伴う沈着物が報告されている。この現象はヒトHD患者の一部の脳細胞にも観察され、この現象が神経細胞の脱落を起こす引き金になっていると信じられている。この際にCaspase3などの蛋白質分解酵素が長いポリグルタミンストレッチを持つ疾患責任遺伝子を切断することが必要とされている。しかし、この現象は神経細胞死の引き金になっているか、もしくは最終段階で起こる現象であるのかは明らかになっていない。本研究は継続してHDの本質的な神経細胞死の機構を明らかにしたいと考えており、ヘテロマウスのみならずホモマウスをも用いてその解析を進めていく予定である。特に、マウスの寿命と発症の関係は時間を必要とし、発病に関して緩やかな脳神経細胞の異常が何かはHDの発症の解明のみならず患者の治療に対する方針を与えるものと確信している。
ホモマウスを得た。ホモマウスは他のマウス同様CAG77リピートを持っており、ハンチンチン蛋白質の発現に関しても野性型マウスのバンドに対してホモマウスからは長い1本バンドが確認できた。発現量は特に変化なく、野性型マウスと同等の発現量であった。脳組織を観察するためにHE染色を試みたところ、ホモマウスはヘテロマウス、野性型マウスに比べ、脳室がやや大きく、脳実質組織の体積が小さいと考えられた。
1993年、The Huntington's Disease Collaborative Research Groupにより同定された遺伝子、IT15 (huntingtin)はHDの疾患責任遺伝子として確立され、この遺伝子のエクソン1にCAGでコードされた繰り返し領域があることが明らかになった。患者においてはこのCAGストレッチが極めて長い(36リピート以上)ことが判明した。Bates博士らのグループは技術が比較的容易なトランスジェニックマウスを作製してHDの解明を試みた。彼等はハンチンチンのエクソン1とそのプロモーター領域をランダムにマウスゲノム中に挿入して複数の系を確立したところ、一部の系にCAGの不安定性を示す親マウス(雄)が存在した。一方、MacDonald博士の研究グループは本研究と極めて近い実験系を使っている。すなわち、マウスHDのエクソン1をヒト患者HDエクソン1(48CAGリピート)と置き換えたマウスを作製した。彼等のマウスにおいてもヘテロマウスには野性型マウスと変化がなかった。ホモマウスに関しても脳全体は野性型に比較して小さいが生後の行動等に関しては正常である。
本研究では、77CAGリピートを持つHDマウスの作製に成功した。このマウスはヒトHD患者と極めて類似のゲノム構造をマウスの中に再現しており、HDモデルマウスとしては極めて忠実にHD患者のゲノム構造を再現した。しかし、父親由来の長いCAGアリールは世代を越えて安定して伝わり、ヒトで観察されているようなCAGの伸長は確認できなかった。またHD特有の症状はまだ観察はされていない。近年、HDに限らず他のCAGトリプレット病でも共通に観察されている現象にポリグルタミンストレッチの核移行とそれに伴う沈着物が報告されている。この現象はヒトHD患者の一部の脳細胞にも観察され、この現象が神経細胞の脱落を起こす引き金になっていると信じられている。この際にCaspase3などの蛋白質分解酵素が長いポリグルタミンストレッチを持つ疾患責任遺伝子を切断することが必要とされている。しかし、この現象は神経細胞死の引き金になっているか、もしくは最終段階で起こる現象であるのかは明らかになっていない。本研究は継続してHDの本質的な神経細胞死の機構を明らかにしたいと考えており、ヘテロマウスのみならずホモマウスをも用いてその解析を進めていく予定である。特に、マウスの寿命と発症の関係は時間を必要とし、発病に関して緩やかな脳神経細胞の異常が何かはHDの発症の解明のみならず患者の治療に対する方針を与えるものと確信している。
結論
本研究は遺伝子レベルでヒトHD患者と同じゲノム構造をマウスの中に再現することにより、IT15遺伝子が疾患責任遺伝子であることを確認すると同時に、その発症機構を解明することにある。確立したマウスはCAG77のハンチンチン遺伝子をもっており、発現している蛋白質は長いポリグルタミンストレッチによりマウスハンチンチンより大きな蛋白質として確認された。しかし、現在の時間経過からはHD様症状がモデルマウスには観察されず今後さらに長期間に渡り観察を必要とすることが考えられた。
公開日・更新日
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