エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィーの病因・病態の解明と治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700690A
報告書区分
総括
研究課題名
エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィーの病因・病態の解明と治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
荒畑 喜一(国立精神・神経センター)
研究分担者(所属機関)
  • 埜中征哉(国立精神・神経センター)
  • 石浦章一(東京大学)
  • 衣藤宏(防衛医科大学校)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィー(EDMD)は、小児期発症の筋疾患であり、骨格筋の筋力低下と共に心筋症の存在が明らかとなることが多い。そのため失神や心不全症候を呈することがあり、さらに伝導障害が顕著な場合には突然死の原因ともなり得る( ~50% )ことから、早急な対策が望まれる。EDMDは通常X染色体劣性遺伝形式をとり、Xq28領域に存在するSTA遺伝子に変異が存在する。STA遺伝子( 2.1kb )は6個のエクソンから構成され、これによりコードされる遺伝子産物エメリン(emerin)はセリン残基に富んだ254アミノ酸からなる親水性蛋白質である。しかしその機能は分かっていない。我々はエメリンの機能を知り、EDMD の病態機序と治療法の開発を目指して本研究を計画した。
研究方法
国立精神・神経センターの遺伝子検索ガイドラインに沿って、疾患の臨床調査を実施、症例の収集に努め、臨床データベースを作製する。ついでそれらの症例から末梢血・筋肉・皮膚組織を得て、組織細胞バンクを樹立する。DNA、mRNAは型通り抽出し、遺伝子変異の解析に供する。エメリンの超微局在は、金コロイド法による免疫電顕で、定量的に明らかにする。エメリンの細胞内動態の解析にはGFP-エメリンを用いる。また必要に応じてモノクローナル抗体を使用し、レーザースキャン顕微鏡・ビデオカメラ等にて検討する。とりわけ、エメリンの細胞内動態に関しては、細胞周期に伴う核膜の分離・再構築機転にも注意を払う。機能ドメインを知る方法としては、エメリンの各種欠失変異体を作製し、HeLa 細胞、C2細胞等に過剰発現系を作り検討する。遺伝子治療を目指した基礎的研究として、患者線維芽細胞の分子遺伝学的、免疫細胞学的分析と、今後用いて行くベクタ-について検討する。
結果と考察
我々は日本人EDMD10家族について、臨床データベースを作製した(東京4、熊本3、名古屋1、山形1、福島1)。エメリン遺伝子の変異はそれぞれ異なっており、特定のホットスポットは見あたらなかった。このうち4例(1例は症候性女性保因者)の皮膚線維芽細胞を培養し、エメリンの発現を抗エメリン抗体を用いた免疫細胞染色法とWestern blotにより検討した。エメリンに対する抗体を用いて正常培養線維芽細胞を見ると、その核膜と僅かに細胞質が染まったが、患者の線維芽細胞では全く染らなかった。また、Western blotでも正常で認められた34 kD のband は検出されなかった。成熟した筋細胞の場合に比べて、線維芽細胞で細胞質もやや染まることは、線維芽細胞ではエメリンが別の機能を有し、その欠損が」Fの拘縮に関与する可能性も考えられる。なお、症候性女性保因者では、モザイクパターンが検出された。臨床的に、EDMD小児例と症候性女性保因者に、関節拘縮は典型的に認められたが、いずれも心伝導障害は何等認めなかった。なお、強直性脊椎症候群の範?eにEDMDが1例見いだされた。
HeLa 細胞の細胞周期を同調させて、内因性ヒトエメリンを見ると、エメリンは静止期(interphase)で、主として核膜に認められたが、有糸分裂期(mitotic phase)に入ると細胞質に拡散し、終期(telophase)から細胞質分裂期(cytokinesis phase)の時期に染色体の周囲および中心体の一部に集合する、特異な局在を示した。
欠失変異体の実験では、全長型エメリンは、培養細胞における過剰発現系においても、大部分は正しく核膜への局在を示したが、一部は細胞質へ移行した。N末端を100残基欠失した変異体も全長型と同様の局在を示したが、中間領を欠失した変異体は、大部分が細胞質領域へと分散した。疎水性領域を欠失した変異体は、核内・細胞質に一様に分散し、また安定性も低下していた。 
ウイルスベクタ-を用いたエメリン遺伝子の導入実験計画では、僅かに発現するウイルス蛋白の免疫原性が目的蛋白の発現持続期間を制限し再投与の効果が期待しがたいという問題点が知られている。この問題を解決すべく新世代アデノウイルスベクタ-の開発など様々な工夫が試みられているところであるが、最近アデノ随伴ウイルスベクタ-(以下AAVベクタ-)が注目を集めつつある。我々はヒトのエメリンcDNAとCMVプロモ-タ-とポリAをAAVのITRをもつプラスミドに組み込みAAVを作製した。
これまで我々は、STA遺伝子産物であるエメリンが、骨格筋および心筋・平滑筋の核膜に存在することを明らかにして来た。これは、筋ジストロフィー成因に、筋特異的に発生する新しい核膜関連分子種も関与している可能性を初めて示したものである。つまり、免疫化学的にエメリンを検出することに成功したものである。エメリンのC末端側を欠くEDMD患者においては、エメリンが完全に消失していた。エメリンの消失はジストロフィンの発現や局在には影響を及ぼしていないことから、筋ジストロフィー発症に至るメカニズムは異なると推測される。また他の各種臓器においてもエメリンは検出されたが、その染色像は筋に比べると明確でないかった。エメリンのN末端側はラミナ結合ポリペプチド(LAP2 )およびサイモポイエチン( TP ) α,β,γと、また疎水性領域を含むC末端側はLAP2およびTPα,βとアミノ酸配列上の相同性を示す。特にLAP2は核ラミナ及び染色体と結合し、核構造の安定化に寄与すると推測されている。これらの分子は核内に存在すると考えられていることから、エメリンも核の内膜上においてN末端側を核質に向けて局在するというモデルが提唱されているが、機能的な関連については不明である。本研究で得られた特筆すべき成果は、免疫電子顕微鏡的にエメリンが細胞核の内膜直下に局在することを世界で初めて示したことである。なお、ウェスタンブロットの結果から、エメリンはSDS-PAGE上で分子量34kを示す。これは塩基配列から予想されるサイズ( 29k )より若干大きいが、その理由は明らかでない。
EDMDも、ほかの筋ジストロフィーと同様、特異的な治療法は知られていないが、心筋症に伴う伝導障害に対しては早期に心臓ペースメーカーを挿入することで、生命予後を有意に改善することができるので積極的に検討すべきであり、そのためにも早期の正確な診断が必須となる。EDMDでは、前述した3主徴や遺伝形式が典型的であれば、その診断は難しくない。しかし実際は臨床表現型が多彩であり、たとえば障害筋の分布などから従来、肩甲ー」C骨筋萎縮症、上腕ー」C骨筋症候群、強直性脊椎症症候群(RSS)あるいはベッカー型筋ジストロフィー(BMD)などと診断されていた症例の中にも、本症の亜型と考えられる症例が少なからず存在すると考えられる。事実、本研究で我々は、それまでRSS, BMD と診断されていた EDMD 症例を発見した。従っ遺伝子診断による類縁疾患との鑑別が必要となった。EDMD の場合には遺伝子がさほど大きくないこと、またエメリンmRNAがリンパ球、皮膚にも発現していることから、末梢血や皮膚を材料としてPCR法を利用した診断が比較的容易かつ確実となった。リンパ球から得たRNAよりRT-PCRを行えばORF全長を増幅することができ、またゲノムDNAを用いてSTA遺伝子全領域を網羅することも可能である。
結論
エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィー(EDMD)は、著しい関節拘縮と心臓突然死を招く筋疾患として、その解明が急務とされている。疾患遺伝子はXq28にあるSTA遺伝子で(STA)、細胞の核膜に存在するタンパクであるエメリン(emerin)が欠損する。本研究で我々は、STA変異の同定、小児例と女性保因者の臨床遺伝学的解析、関節拘縮の臨床病理学的検討、免疫電顕によるエメリンの超微局在の解明、エメリンの細胞内動態と機能ドメインの解明を行った。本研究で得られた特筆すべき成果の一つは、免疫電顕的に、エメリンが細胞核の内膜直下に局在することを世界で初めて示したことである。さらに、我々は本研究を通してEDMD の遺伝子診断法を確立した。今後、エメリン分子の機能解析、エメリン関連タンパク、エメリン結合タンパクの同定が急がれる。さらに、エメリン欠損が何故、臨床的3主徴である、(1)関節の早期拘縮、(2)筋萎縮・筋力低下、および(3)重篤な伝導障害を伴う心筋症をもたらすのか、本質的な疑問に対する解答を探して行きたい。

公開日・更新日

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