化学物質誘導性の甲状腺機能低下症における次世代影響評価に関する総合研究

文献情報

文献番号
202325004A
報告書区分
総括
研究課題名
化学物質誘導性の甲状腺機能低下症における次世代影響評価に関する総合研究
課題番号
21KD1004
研究年度
令和5(2023)年度
研究代表者(所属機関)
中西 剛(岐阜薬科大学 薬学部)
研究分担者(所属機関)
  • 諫田 泰成(国立医薬品食品衛生研究所 薬理部)
  • 田熊 一敞(大阪大学 大学院 歯学研究科 薬理学教室)
  • 松丸 大輔(岐阜薬科大学 衛生学研究室)
  • 村嶋 亜紀(岐阜薬科大学 薬理学研究室)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 化学物質リスク研究
研究開始年度
令和3(2021)年度
研究終了予定年度
令和5(2023)年度
研究費
18,225,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
妊娠期の甲状腺機能低下が児の脳発達に悪影響を与えることが疫学調査により明らかとなったことから、甲状腺機能低下を誘導する化学物質の次世代影響が懸念されている。しかしガイドライン試験に追加された甲状腺関連指標の変動と児動物における毒性学的意義については不明な点が数多い。追加された妊娠期の甲状腺機能関連指標の変動をリスク評価に生かすためには、発達神経毒性(DNT)評価等の次世代影響を効果的に進めるための新たな技術を導入し、母体の甲状腺機能関連指標の変動と毒性との関係を明確にする必要がある。
これまでに本研究では、児の脳発達状態を非侵襲的にトレースできるレポータートランスジェニックマウス(Syn-Repマウス)を用いて、妊娠期から甲状腺機能低下を誘導した際の次世代影響について検討を行ってきた。昨年度までにSyn-RepマウスのDNT評価におけるNew Approach Methodology(NAM)としての有用性を検証するとともに、抗甲状腺薬プロピルチオウラシル(PTU)を用いた甲状腺機能低下マウスモデルの作成条件を確定した。またSyn-Repマウスは、PTUで誘導された甲状腺機能低下によるDNTを検出できる可能性を見出した。
今年度はPTUの投与量を、甲状腺関連指標に影響が認められ始める閾値用量(10 ppm)と明確な血中甲状腺関連ホルモンの変動が認められる典型的用量(250 ppm)の2用量に設定し、これらの条件で母動物に曝露させた際の児動物の脳発達状態と各種行動への影響をガイドライン試験に準じて検討した。また昨年度に引き続きSyn-RepマウスのDNT評価におけるNAMとしての有用性を検証するために、バルプロ酸(VPA)やPTUとは作用機構が異なるDNT陽性対照物質と考えられる鉛(Pb)曝露時の応答性についても検討した。これに加えて、甲状腺ホルモンシグナルかく乱をすることが懸念されている他の化学物質の次世代影響についても検討を行うために、代替ビスフェノールであるfluorene-9-bisphenol(BHPF)についてマウスを用いた出生前発生毒性試験(TG414)を実施した。さらに甲状腺関連指標の変動による次世代影響を評価できるin vitro試験法を構築するために、ヒトiPS細胞を用いて甲状腺機能低下時に誘導される神経分化阻害のマーカー分子の抽出を行った。
研究方法
被験物質の投与は、DNT試験(TG426)のスケジュールに準じて妊娠6日から行った。
DNT研究におけるSyn-Repマウスの有用性の検証には、酢酸鉛を飲水投与して行った。甲状腺機能低下の誘導は、プロピルチオウラシル(PTU)を混餌投与することで行った。
その後の児動物の脳について、in vivoイメージング解析とNissl染色法等による組織形態学的解析を行った。また胎生期にPTUに曝露した児動物を対象に、自発行動試験や社会性相互作用試験等の各種行動試験を行った。
BHPFの胎児の発生や器官/骨格形成に対する影響の評価は、出生前発生毒性試験(TG414)に準じた方法で行った。BHPFは溶媒に溶解したものを強制経口投与して曝露した。
ヒトiPS細胞における甲状腺ホルモン受容体(THR)αのノックダウン(KD)はshRNAを搭載したレンチウイルスベクターを感染させることで行った。作製した細胞についてRNA抽出を行い、scramble controlに対して発現が低下している遺伝子の網羅的解析を行った。

結果と考察
今年度は以下のことを明かにした。
1) Syn-Repマウスは、VPAやPTUとは異なった作用機構のDNT陽性対照物質の影響も検出できる可能性が明らかとなり、NAMとしての有用性が示された。
2) 妊娠期~離乳期の甲状腺機能低下においては、児動物大脳皮質の神経細胞数に影響は認められなかったが、アストロサイト数の増加が観察された。またSyn-Repマウスはアストロサイトの活性化を伴う脳発達への影響も評価できる可能性が示された。
3) 妊娠期~離乳期に甲状腺機能が低下すると、雄性児動物に多動などの情動行動の異常が誘導される可能性が示された。またこの影響は、母動物の甲状腺関連指標に変動が認められる閾値付近のPTU用量においても認められた。
4) 妊娠期のBHPF曝露は母体甲状腺機能や児動物の器官形成および骨格形成には影響を与えないことが明らかとなった。
5) ヒトiPS細胞を用いた甲状腺機能低下モデルにおいて、化合物の発達神経毒性を評価できるバイオマーカーとしてFactor Xを抽出した。
結論
Syn-RepマウスおよびヒトiPS細胞を用いたin vitro系を組む合わせることで、妊娠期の甲状腺機能低下時やDNT陽性対照物質の脳神経系構築への影響評価やメカニズム解明を効果的に行うことができる可能性が示された。

公開日・更新日

公開日
2024-10-03
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2024-10-03
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

文献情報

文献番号
202325004B
報告書区分
総合
研究課題名
化学物質誘導性の甲状腺機能低下症における次世代影響評価に関する総合研究
課題番号
21KD1004
研究年度
令和5(2023)年度
研究代表者(所属機関)
中西 剛(岐阜薬科大学 薬学部)
研究分担者(所属機関)
  • 諫田 泰成(国立医薬品食品衛生研究所 薬理部)
  • 田熊 一敞(大阪大学 大学院 歯学研究科 薬理学教室)
  • 松丸 大輔(岐阜薬科大学 衛生学研究室)
  • 村嶋 亜紀(岐阜薬科大学 薬理学研究室)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 化学物質リスク研究
研究開始年度
令和3(2021)年度
研究終了予定年度
令和5(2023)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、ヒトでは妊娠期の甲状腺機能低下が児の脳発達に悪影響を与えることが疫学調査により明らかとなった。このような背景を踏まえ、化学物質の毒性評価を行う各関連ガイドライン試験法においても、甲状腺ホルモン関連指標の検討が追加された。しかしこれら関連指標の変動と化学物質の児動物における毒性学的意義、特に発達神経毒性(DNT)については不明な点が数多く取り残されている。化学物質曝露により誘導される妊娠期の甲状腺機能関連指標の変動をリスク評価に生かすためには、DNT評価等の次世代影響を効果的に進めるための新たな技術を導入し、母体の甲状腺機能関連指標の変動と毒性との関係を明確にすることで、学術的基盤を堅固なものにする必要がある。本研究では、独自に作製した神経細胞の分化状態を非侵襲的にトレースできるレポータートランスジェニックマウス(Syn-Repマウス)とヒトiPS細胞を用いてこの問題の解決を図る。
研究方法
本研究では以下の検討を実施した。
1) 甲状腺機能低下によって誘導されるDNTの評価を効果的に進めるために、Syn-Repマウスの各種DNT陽性化学物質に対する応答性を解析し、DNT研究における有用性を検証した。
2) 本研究では、抗甲状腺薬を用いてマウス甲状腺機能低下モデル作成するが、その情報が極めて乏しいことから投与量の最適化を行った。
3) 妊娠期から甲状腺機能を低下させた際の甲状腺関連指標の変動と児動物への影響の相関を検討した。
4) 他の動物種で甲状腺機能をかく乱することが報告されている代替ビスフェノールであるfluorene-9-bisphenol(BHPF)について、甲状腺機能への影響を含めた次世代影響の検討を行った。
5) ヒトiPS細胞を用いて甲状腺関連指標の変動による次世代影響を評価できるin vitro試験法の構築を試みると共に、甲状腺機能低下時における遺伝子発現変動の網羅的解析とバイオマーカーの抽出を試みた。
結果と考察
本研究では以下のことを明かにした。
1) Syn-Repマウスは、発達期脳の神経細胞の構築状態やDNT陽性対象化学物質の影響を非侵襲的にトレースできたことから、DNT評価におけるNew Approach Methodology(NAM)としての有用である可能性が示された。
2) 妊娠期の母体甲状腺機能低下における次世代影響を評価するための最適なPTUの投与条件見い出し、ラットとの種差についても議論できるデータを得た。
3) 出生前発生毒性試験(TG414)の結果、妊娠期に母体の甲状腺機能が抑制されても、胚の着床や児の骨格・臓器形成等にはほとんど影響がないことが確認された。
4) 児動物脳への影響は、母体血中の甲状腺関連ホルモンに変動が認められない極軽度の甲状腺機能低下時においても起こる可能性が示唆された。
5) 妊娠期のBHPF曝露は母体甲状腺機能や児動物の器官形成および骨格形成には影響を与えないことが明らかとなった。
6) ヒトiPS細胞を用いた神経細胞分化誘導モデルにおいて、甲状腺ホルモン受容体(THR)αが神経細胞分化に重要であるとともに、THRαの下流で発現するFactor X が発達神経毒性を評価できるバイオマーカーとなる可能性を見出した。
結論
以上より、甲状腺機能低下による次世代影響は、脳以外では認められなかったことから、妊娠期~離乳期の母体甲状腺機能低下における次世代影響は脳が最も鋭敏なエンドポイントである可能性が示された。またSyn-RepマウスおよびヒトiPS細胞を用いたin vitro系を組む合わせることで、妊娠期の甲状腺機能低下時やDNT陽性対照物質の脳神経系構築への影響評価やメカニズム解明を効果的に行うことができる可能性が示された。
また本研究成果は、Syn-RepマウスのDNT研究・評価における活用、妊娠母体の甲状腺関連指標の変動と脳神経ネットワークの形成不全との因果関係(Adverse Outcome Pathway:AOP)の解明、国際標準となりうるガイドライン試験のためのエンドポイントの同定に貢献すると考えている。またヒトiPS細胞を用いたin vitro試験でも用いることが可能な有効なマーカー分子を見出し、これを用いたin vitro評価法の構築への貢献も期待される。

公開日・更新日

公開日
2024-10-03
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2024-10-03
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

行政効果報告

文献番号
202325004C

成果

専門的・学術的観点からの成果
本研究では、発達神経毒性(DNT)評価に有用なレポーターマウスの開発に成功した。
また甲状腺機能低下についてマウスーラット間の種差の議論を可能とするデータを得るとともに、母体甲状腺機能低下における次世代影響は脳が最も鋭敏なエンドポイントである可能性を示した。
これらの成果は、レポーターマウスのDNT研究・評価における活用、妊娠母体の甲状腺関連指標の変動と脳神経ネットワークの形成不全との因果関係(Adverse Outcome Pathway)の解明等、国際的な議論にも貢献できると考えられる。
臨床的観点からの成果
本研究は臨床症例を対象とした研究ではなかったが、現在、抗甲状腺薬として使用されているプロピルチオウラシルを用いた検討から、妊娠期に臨床用量で使用しても催奇形性はないことが示された。一方で現在、神経発達症の患者が増加していることが懸念されているが、化学物質による甲状腺機能低下がその一因となっている可能性もある。今後も本研究を推し進めることで、この疑問にも応えられるかもしれない。

ガイドライン等の開発
現在、関連ガイドライン試験で甲状腺関連指標に影響があった場合のリスク管理が十分ではないことから、この問題の解決に貢献できると考えている。本研究で、母動物において甲状腺機能低下が起こる閾値領域でも、児動物に行動異常が現れる可能性が示されたことから、児動物内の直接的なバイオマーカーの探索を行うことが必要であると考えている。またこれを同定することより、甲状腺機能かく乱を評価するための代替試験法の構築にも貢献できると考えられる。
その他行政的観点からの成果
現在の関連ガイドライン試験においては、甲状腺関連指標に影響があった場合のリスク管理に関するスキーム構築が十分ではないが、本研究を進めることでこのような作用を有する化学物質のリスク管理に貢献できるものと考えられる。
その他のインパクト
本研究により開発された「神経細胞の分化状態を非侵襲的にトレースできるレポーターマウス」が、DNT研究を推し進めるための強力なツールとして、令和5年2月7日の読売新聞 朝刊(岐阜県版)に取り上げられた。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
11件
その他論文(和文)
2件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
44件
学会発表(国際学会等)
5件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
4件
研究会主催1件、学会シンポジウム企画2件、マスコミ発表1件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Keishi Ishida, Kanoko Tatsumi, Yoshiki Minamigawa, et al.
Neuronal differentiation reporter mice as a new methodology for detecting in vivo developmental neurotoxicity
Biochemical Pharmacology , 206 , 115332-  (2022)
doi.org/10.1016/j.bcp.2022.115332
原著論文2
Keishi Ishida, Daisuke Matsumaru, Shinya Shimizu, et al.
Evaluation of the Estrogenic Action Potential of Royal Jelly by Genomic Signaling Pathway in Vitro and in Vivo
Biological and Pharmaceutical Bulletin , 45 (10) , 1510-1517  (2022)
doi.org/10.1248/bpb.b22-00383

公開日・更新日

公開日
2024-10-03
更新日
-

収支報告書

文献番号
202325004Z