飲料水中の微生物による感染症対策に関する研究

文献情報

文献番号
199700680A
報告書区分
総括
研究課題名
飲料水中の微生物による感染症対策に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
山村 勝美(財団法人水道技術研究センター)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 健康地球研究計画推進研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
18,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成8年6月、埼玉県越生町において国内で初めて水道水中のクリプトスポリジウムによる町民の大半が下痢や腹痛等により罹患する感染事故が発生した.飲料水中の同じ原虫に起因する大規模な感染症の集団発生は、米国等においてもすでに問題となっており、WHOでも飲料水水質ガイドラインにクリプトスポリジウム等を含む微生物を盛り込む検討が開始されている.しかしながら、日本において現段階ではクリプトスポリジウムやジアルジア等の原虫の詳細な存在状況は不明であり、浄水場における除去や不活化などの対策についての研究も世界的に遅れているのが実態である.また、クリプトスポリジウムは塩素耐性があり、浄水場における通常の塩素消毒では容易に不活化されない。そのような状況の中、水道水等の飲料水の安全性を確保し、国民に安心と安全を提供するため飲料水中の微生物に関する抜本的な対策を実施することが急務となっている.
そこで、本研究では水道原水がクリプトスポリジウムに汚染されている可能性のある水道における有効かつ経済的な除去方法の開発及び実証試験等を行う.
研究方法
1. トレーサー粒子によるろ過効果の確認実験(代替観測機器の有効性の検討を含む)
従前方式の浄水処理において、流入水の濁度を変動させた時の沈殿・ろ過それぞれの工程でのトレーサー除去率の調査と、ろ過砂に補足されたトレーサーの洗浄過程での除去効果の確認実験を行った.計測機器として低濃度濁度計、微粒子カウンタを設置し、濁度変動に対する両者の違いを調査することにより、クリプトスポリジウムの存在の可能性を計る観測機器としての微粒子カウンタの有効性の調査を行った.
2.塩素によるジアルジア(Giardia)に対する消毒効果(不活化)の確認実験
遊離塩素濃度と接触時間を変化させた時のGiardiaの不活化率を確認するための準備実験として今回の実験では比較的培養が容易なGiardia murisを用いた不活化実験を行った.不活化の判定は主に、蛍光色素による染色で行った.また一部の実験条件で、その不活化の判定を脱嚢の有無で行い、それらの比較により脱嚢による不活化率の推定を行った.同時にヒトへの感染性を有するGiardia lambliaのシストの塩素耐性試験に向けて、シストを得るための研究を行った.
結果と考察
1.トレーサー粒子によるろ過効果の確認実験(代替観測機器の有効性の検討を含む)
クリプトスポリジウムの特徴として形状、粒径、ゼータ電位を選定し、それに類似している微粒子をトレーサーとして選定した.クリプトスポリジウムの形状、粒径、比重、ゼータ電位がそれぞれ、類円形、5~8μm、1.06程度、-20mVであるのに対し、トレーサーの特徴は、それぞれ円形、5μm、1.19、-30mVであった.
処理実験に先立ち行われたジャーテストによる結果では、トレーサーの最適な凝集条件は、pH7~8が最適凝集条件であり、最適凝集剤注入率は約15ppmであった.トレーサーを用いた除去実験のうち、カオリン濁度0度では、凝集剤注入率を前述の15ppmとすると、ろ過池閉塞が起こり、ろ過継続時間が短くなったので、凝集剤注入率を2ppmとすると、沈殿池での除去はほとんど期待できない結果であった.その時のろ過池での除去率は2~3logであり、処理システム全体での除去率は2~3logであった.カオリン濁度10度では、凝集剤の注入率をジャーテストで得られた最適注入率にすると、沈殿池での除去率は1~2log、ろ過池での除去率は2~3logであり、処理システム全体での除去率は2~5logであった.
代替観測機器として微粒子カウンタを用いて実験を行った.微粒子数の計測できる低濁度用濁度計と微粒子カウンタ測定による粒子数の計測では、設定可能な測定範囲の違いや測定の単位流量の違いがあり、測定値の取り扱いが困難であった.また、一部の測定範囲では両者に明らかな違いがみられたが、既知の粒子数での調査は行っていないのでどちらが正確な値とはいえず、今後同一条件での微粒子カウンタの調査が必要であることが分かった.
2. 塩素等の消毒剤のジアルジア等に対する消毒効果(不活化)の確認実験
比較的培養が容易なGiardia murisを用いた不活化実験を行った.Giardia murisはヒトには感染せず、ヒトに感染するGiardia lambliaに比べ、一般的に消毒剤に対して耐性が高いといわれている.蛍光色素を用いた生死判定から得られた結果では、遊離塩素2 ppm程度で3時間の接触(CT値367に相当)では、20.2%のGiardia murisが不活化され、接触時間が2時間、1時間、および5分での不活化率はそれぞれ12.4、9.1、3.3%と極めて低率であった.
一方、不活化の判定を脱シスト活性の判定により測定した場合では、初期塩素の濃度2ppm、水温15℃、pH 7.0の条件で、99%程度の不活化に必要なCT値は127~220の範囲と考えられた.脱シストによる不活化の判定は脱シスト能が消失するとそれにともなって感染性が失われることが知られていることにより、現在までに報告されているGiardia muris のシストを用いた不活化実験はこの判定法を用いている.
今回の実験結果から、脱シストによる不活化判定と色素を用いた生死判定の結果とでは不活化に要する塩素処理量が大幅に異なっていた.仮に色素による生死判定で99%以上の不活化率を得るためには数千のCT 値が必要で、クリプトスポリジウムのオーシストのそれと大差ない値となる.ところが、実際の動物への感染性の消失は脱シスト率と相関することが報告されている.ちなみに、脱シスト率の算定は処理行程が煩雑で、しかも顕微鏡下で数を数えなければならず、今後、色素などを用いた判定方法を改良する必要があるものと考える.
最後にGiardia lamblia の不活化実験を一部条件で行い、Giardia murisの実験結果と比較を行いGiardia lambliaの不活化率の推定を行った.
これらの結果からは、水道水を介したGiardia lambliaによる感染症の発生の可能性について直接論ずることは出来ないが、遊離塩素に対する二者の耐性の比較から、仮にGiardia lambliaによって水道水が汚染されたとしても、遊離塩素2 ppm、接触時間105分あれば、約99%は不活化される(脱嚢しない)ことが判った.
結論
3年計画の初年度として、トレーサーによるろ過効果の確認実験を行い、ジャーテストによる最適凝集剤注入率におけるクリプトスポリジウムの除去率の確認がなされた.その結果は、最適な凝集条件において凝集沈殿、急速ろ過が行われた場合、クリプトスポリジウムは2~4logの除去が可能であることが判った.また、Giardia murisの不活化実験では、ヒトに感染しない種での実験結果ではあったが、不活化の判定を脱シスト能で判定した場合には遊離塩素2 ppm、接触時間105分あれば、約99%は不活化される(脱嚢しない)ことが判った.

公開日・更新日

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