地域住民のライフスタイルと老化の関係に関する研究

文献情報

文献番号
199700665A
報告書区分
総括
研究課題名
地域住民のライフスタイルと老化の関係に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
瀬戸山 史郎(鹿児島県民総合保健センター)
研究分担者(所属機関)
  • 秋葉澄伯(鹿児島大学医学部公衆衛生学)
  • 櫻美武彦(国立南九州中央病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国では急速な人口の高齢化にともない、痴呆性老人は年々増加の傾向にある。従って、老化の要因やボケ防止について検討することはこれらの高齢者の心身ともに健康で幸福な老後と増大する医療費の抑制という観点から重要である。最近、食生活、身体活動や社会活動状態などの生活習慣とボケとの関連が指摘されている。また、血管の老化と言える脳動脈硬化と脂質過酸化との間に正の相関があるという報告もある。本研究は地域住民の食生活習慣、身体活動状態、社会活動状態、学習活動状態などのライフスタイル調査、MMS得点を用いた痴呆検査、血清および赤血球膜脂質分析を行ない、各種老化の指標との関連を検討し、得られた知見を老人性痴呆の防止に役立てようとするものである。併せて本県における高齢者の健康づくりについても検討しようとするものである。
研究方法
研究(1)では平成6年度から鹿児島県大島郡笠利町の住民について食生活習慣、社会活動状態などのライフスタイル調査を行ない、MMS得点と血清脂質レベル、各種食品摂取量、神経学的所見との関連について検討し、血清総コレステロール、EPAのレベルや牛乳や牛肉の摂取量がMMS得点と関連することを報告した。今回は身体能力に関連するとともに集中力などの精神的側面とも関連する可能性が考えられる握力とMMS得点との関連について笠利町の40才以上の住民で平成6、7年度の健診受診者のデータを検討し、MMS得点を目的変数、握力を説明変数、年令等を共変数として回帰分析を行なった。
研究(2)では、平成6年度から老人保健施設入所高齢者について食生活習慣調査、血清および赤血球膜脂質分析を行ない、魚介類摂取量の多い山間部高齢者では赤血球膜C/PLモル比が有意に低下、EPA/AAモル比も血清で有意に増加、赤血球膜でも有意ではないが増加、血清過酸化脂質も有意でないが低下していることを報告した。今回は老人保健施設高齢者の入所前の、個人活動、社会活動、学習活動状態などのライフスタイル調査を行ない、血清および赤血球膜過酸化脂質を含む脂質分析を行ない、老人性痴呆との関連を検討した。研究(3)では高齢者の健康づくりの一環として、本年度は特にがんについての末期医療に関し、医療サービスの提供側としての医師の関心・意識・実践状況、実践上の問題点について鹿児島県内医師2245名を対象に郵送留置自宅式アンケート調査を行なった。
結果と考察
研究(1)鹿児島県大島郡笠利町の40才以上の住民で病気等で身体能力の極端に低下しているものを除くために介助なしに一人で歩行可能な対象として548名(男性:191名、女性:357名)の握力とMMS得点との関連について検討し、男女とも右手握力の高い程、MMS得点が高いという結果が得られた。この結果がMMS得点、握力ともに年令と強く相関している可能性を検討するために重回帰分析を行ない、年令の影響の補正後の結果でもMMS得点と握力の間に強い関連が認められた。今回の研究結果は握力がMMS得点と関連していることを示唆している。特に右手の握力が重要であったが、これは恐らく利き手の握力がMMS得点と関連していることを示していると考えられる。この結果は、何らかの基礎疾患があるためにMMS得点が落ち、その結果、握力も低下しているために得られた可能性も否定できないが、本研究では、歩行が完全に一人で行なえる者のみを対象としており、その可能性は低いものと考える。なお、歩行、階段昇降、着衣、排泄、入浴、会話のすべてを介助なしに行なえる者に限定した場合でも同様の結果が得られた。放影研の藤田らの成人健康調査結果では握力の強いものほど、その後の追跡期間中の死亡率が低かったという報告がある。握力の強いものは、身体能力が高いために死亡率が低い可能性も考えられるが、握力の強さは集中力の強さなど精神的側面を反映している可能性もある。研究(2)老人保健施設入所高齢者については痴呆なし群:20名(男性:5名、女性:15名)と痴呆あり群:20名(いずれも女性)について、入所前のライフスタイルすなわち社会活動、個人活動、学習活動について聞き取り調査(痴呆あり群については家族より聞き取り調査)を行ない、ADLは6段階に分類した。ライフスタイル調査結果では痴呆あり群では社会活動、個人活動の非常に活発、やや活発がいずれも痴呆なし群より多く見られた。学習活動では非常に活発は痴呆なし群が多いが、やや活発は痴呆ある群に多く見られた。赤血球膜過酸化脂質について痴呆なし群は痴呆あり群に比べて有意に低い結果が得られた。また、痴呆の有無に関係なくADLの高い群は、ADLの低い群に比べてそれぞれ有意に低下、痴呆あり群のうちでもADLの高い群はADLの低い群に比べて有意に低下していたが、社会活動、個人活動、学習活動等のライフスタイル得点別では有意差は見られなかった。赤血球膜C/PLモル比、血清C/PLモル比、血清過酸化脂質、血清リポ蛋白分画、ビタミンE分画については、ライフスタイル得点別、ADL得点別および痴呆の有無別でも有意差は見られなかった。今回の研究で得られた赤血球膜過酸化脂質が痴呆なし群で痴呆あり群に比べて有意に低いという結果は、赤血球膜脂質の過酸化がヒトの動脈硬化すなわち老化ないしはボケに相関するという報告と関連して非常に興味深いが、ライフスタイル調査の結果ではむしろ痴呆あり群に社会活動や個人活動の得点の高いものが多かった点や痴呆の有無に関係なく、ADL得点の高いものに赤血球膜過酸化脂質が有意に低かったという結果、さらに赤血球膜C/PLモル比に関しては有意差が見られなかったことから、今後、さらに症例を積み重ね、痴呆の重症度、さらにはADL得点との関連についても検討する必要があると思われる。
研究(3)末期医療に対する医師の関心、意識、実践状況を調査した結果では末期医療に対する医師の関心は高いが、がんの告知については、どんな場合でも告知するとした医師は4%と他県に比べて少なかったことから本県では告知は慎重に行なわれていることが明らかになった。これは地域性、大きくは国の文化にも連がるということもあり、米国などとは異なる。医師の立場から告知はさほど困難ではないが、告知後の患者、家族の心理的、性格的状況、余命期間との関連を考えると告知後のフォロー体制がきわめて重視されねばならない。今後の検討課題と思われる。
結論
研究(1)で得られた結果では握力の強いものほど痴呆が進まない、つまり脳の高次機能が保持されていることを示唆しており、老人性痴呆の予防にライフスタイルが必要な役割を果たす可能性を示している。今後、様々な方面から、この点を検討すべき知見と思われる。研究(2)ライフスタイル調査では痴呆なし群より痴呆あり群で社会活動や個人活動の得点が高いという結果が得られたが、赤血球膜過酸脂質に関しては、痴呆なし群が痴呆あり群に比べて有意に低く、痴呆の有無に関係なくADL得点の高いものが有意に低いという結果が得られた。研究(3)県下の医師のほとんどは末期医療に関心を持っているが、がんの告知に関しては慎重であり、そのために患者とのインフォームドコンセントが得にくい状況がうかがわれた。

公開日・更新日

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