都市部および農村部の高齢者のうつ病に関する研究

文献情報

文献番号
199700663A
報告書区分
総括
研究課題名
都市部および農村部の高齢者のうつ病に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
清水 弘之(岐阜大学医学部公衆衛生学教室教授)
研究分担者(所属機関)
  • 福澤陽一郎(島根県立看護短期大学教授)
  • 新野直明(国立長寿医療研究センター疫学部室長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者においてうつ病は、痴呆と並んで頻度の高い精神疾患である。またうつ病は、高齢者の社会生活や自殺などの問題行動にも大きな影響を持つことが知られている。近年、都市部ではひとり暮らし高齢者が増加しており、社会的支援の少ない孤独な生活が問題となっている。一方、農村部では家族との同居の割合が高いにもかかわらず、高齢者の自殺率が高いことが知られている。高齢者のうつ病においても、都市部と農村部ではその頻度や関連要因が異なることが示唆される。欧米では、都市化の程度が進むほど、高齢者のうつ状態が増加するという報告もみられる。生活環境や社会構造の異なる都市部と農山村における高齢者のうつ病の予防対策を考案するためには、都市部と農村部それぞれにおけるうつ病の特徴を明らかにする必要がある。都市部と農村部に居住する高齢者のうつ病あるいはうつ状態の頻度および関連要因の特徴を明らかにすることを目的として、平成9年度は、岐阜県、島根県、静岡県の3つの地域における調査研究を実施した。
研究方法
1992年に岐阜県T市(人口約7万人)の35歳以上住民全員を対象として実施された質問表調査(回収率92%)の回答者から、1995年12月時点で50歳以上となる約2万名のうち、500名を無作為に抽出した。これらに対して訓練を受けた面接員が個別に調査を実施し、221名(44%)から回答を得た。面接では、性別、年齢、家族構成などの基本的属性、日常生活動作(ADL)、主要身体疾患の既往歴、社会的支援などを調査した。自己記入式調査票では、過去1年間の出来事、抑うつ症状(CES-D尺度)、生活満足度(PGCモラール尺度)、社会活動の程度を測定した。島根県では、本年度は過疎地における自殺について検討を行った。1989年から1996年までの変死体(自・他殺、過失死、災害死、検視後に病死と判明したものなど)の取り扱い状況について、島根県警察本部からの資料に基づいて、島根県内の17警察署単位に、合計200体あまりの自殺例を調査し、さらに聞き取り調査を実施した。静岡県浜松市のM町(人口3249人、831世帯、老年人口割合21.7%)における調査データを解析した。対象者は、M町に在住の65歳以上の全員705名のうち、転倒・骨密度検診に参加した534名(男性219名、女性315名、平均年令73.2±6.3歳)である。抑うつ症状の評価には、高齢者向けに開発された抑うつ尺度であるGeriatric Depression Scale (GDS)日本語版の短縮版(15問)を用いた。本研究では、15問の合計点が6点以上の場合に抑うつ症状ありとした。
結果と考察
岐阜県山間部小都市の調査結果と、これまでに実施された同県都市部(人口40万人)の調査結果との比較では、高齢者のPGC得点に大きな差はなかった。女性では、高齢者では中高年者にくらべて社会活動得点が有意に低かった。男性高齢者では、単身者で社会的支援の人数が多く、有意ではないが抑うつ症状が低い傾向にあった。女性中高年者では、配偶者以外の家族と同居の者で抑うつ症状が高く、社会活動得点が低かった。女性では、「配偶者の死亡」、「自分の病気入院・自宅療養」があった場合に有意に抑うつ得点が高かった。女性の中高年者では「配偶者の退職」がある場合に抑うつ得点が有意に高かった。8年間の自殺率は、人口10万対25前後と全国的にも高率であった。自殺率は男性で女性の2~3倍と高かった。男性では40~60歳代で、女性では60歳代以上に自殺が多かった。島根県下の地域別でみると、最多の石見部と最低の出雲部では2倍程度の開きがみられた。自殺の原因は、病気苦がいずれの年も最も多く、次いで、厭世や仕事苦が多い理由である。特に女性では病気
苦の理由が半数以上を占め、男性より高率であった。静岡県都市部の高齢者の抑うつ(GDS)得点の平均値は、男性4.1±2.4、女性4.6±2.4であり、女性が有意に高かった(p<0.05)。抑うつ症状ありと判定された者は、全体で30%あった。女性では男性より高い有症率(男性27%、女性31%)がみられたが、有意な差ではなかった。これまでのGDSを用いた高齢者の抑うつ症状の調査結果と比較すると、静岡県都市部の高齢者における抑うつ症状の割合は、農村部の調査にくらべて高い傾向がみとめられた。これらの調査結果からは、高齢者の抑うつ症状の頻度は、農村部では低く、一定規模以上の市部では高い可能性が示唆される。しかし、以上は家族構成や健康状態など、種々の要因を調整した比較ではなく、さらに検討が必要と考える。 岐阜県山間部における調査では、男性高齢者のうち単身者では、社会的支援を提供してくれる者の人数が多く、社会活動が活発で、抑うつ症状も低い傾向にあった。また、女性高齢者が自分の入院や自宅療養によって抑うつ的になりやすいことが示唆された。地域集団や家庭内での人間関係の特性がこうしたパターンの背景にあると推測される。都市部と農村部での、こうした抑うつ症状の関連要因の比較検討が今後重要と考える。過疎地である島根県では高齢者の自殺率が高く、上記の農村部で抑うつ症状が低い傾向とは一致しなかった。島根県内でも地域によって自殺率に差がみられ、これは、高齢化・過疎化の程度、地形的な特徴、交通の便、医療機関、気質の差異によるものと推測される。女性の自殺理由の大半を、病気苦と厭世が占めることの背景には、「人に迷惑をかけたくない」「人の世話にはなりたくない」という意識があり、介護者の労苦など疾病がもたらす家族への負担を恐れて自殺した者が含まれている可能性がある。こうした家庭内の介護意識や介護環境と抑うつあるいは自殺との関連を検討することにより、農村部での高自殺率の理由を明らかにできる可能性がある。
結論
島根県、岐阜県、静岡県の調査では、高齢者の抑うつ症状の頻度は農村部では低く、一定規模以上の市部では高い可能性が示唆された。しかし逆に、過疎地である島根県では高い自殺率が観察されており、これと矛盾する事実も指摘された。この点は本研究班の今後の重要な検討課題である。都市部と農村部での、抑うつ症状の関連要因(特に家族構成や介護環境)の比較検討によって、都市部と農村部の高齢者のうつ病、抑うつ症状および自殺の特徴を明らかにできると期待される。

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