高齢者の中枢神経疾患・動脈硬化性疾患に対する漢方薬の効果に関する研究

文献情報

文献番号
199700661A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の中枢神経疾患・動脈硬化性疾患に対する漢方薬の効果に関する研究
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
寺澤 捷年(富山医科薬科大学医学部和漢診療学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 小林祥泰(島根医科大学医学部第3内科学講座)
  • 後藤壮一郎(宮の森記念病院)
  • 山田陽城(北里研究所東洋医学総合研究所基礎研究部)
  • 土佐寛順(諏訪中央病院分院リバーサイドホスピタル東洋医学センター)
  • 木村和美(国立循環器病センター)
  • 小松靖弘(ツムラ中央研究所漢方生薬研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
長寿科学未来予測調査班の調査で2008年には、「脳血管障害・老人性痴呆の予防薬として漢方薬が臨床応用される。」との予測がなされている。これまで脳血管性痴呆に対する二重盲検試験で釣藤散の有用性を明らかにした。今回、脳血管性痴呆や脳卒中の基礎病変となる無症候性脳血管障害に対する和漢薬の効果を、代表的な血流改善剤の一つである桂枝茯苓丸を用い検討する。さらに、長期臥床者に対する和漢薬治療の効果や、基礎研究では、痴呆に有効であった釣藤散と加味温胆湯の有効成分と作用機序の検討を行う。
研究方法
1.無症候性脳血管障害患者に対する桂枝茯苓丸の臨床効果・対象と方法:50-85才の無症候性脳血管障害患者を対象に、精神症状等に与える影響を桂枝茯苓丸エキス(7.5g/日)12週間投与によるself-controlled trialにより検討した。・評価項目と方法:調査開始時に頭部MRIと開始時、4、8、12週時に自覚症状、神経症候、長谷川式痴呆診査スケール(HDS-R)、Apathy Scale(AS)、Zung' self rating depression scale(SDS)を評価した。
2.高齢者の無症候性脳血管障害と神経心理検査、脳血流の関係についての検討:健常高齢者179名(平均75才)を対象に頭部MRI、脳血流測定、SDS、AS、岡部式簡易知能尺度、Kohs' Block Design Test、老研式社会活動性評価(ADL)を行った。無症候性脳梗塞(SBI)の有無および白質障害の指標として脳室周囲高信号域(PVH:5段階評価)を評価し、いずれも2群に分けて比較した。
3.長期臥床患者に併発した難治性皮膚潰瘍に漢方方剤・帰耆建中湯が奏効した4症例の検討
4.経頭蓋カラードップラによる中大脳動脈狭窄の診断:脳血管造影検査で中大脳動脈に50%以上狭窄を認めた8例(M1群)と狭窄を認めない26例(C群)について経頭蓋カラードップラを用い測定したPeak-systolic flow velocity(PSV)値と血管造影の狭窄度を比較した。
5.MRI、SPECT、HDS-Rによる脳梗塞患者の長期観察と桂枝茯苓丸投与の短期効果:・脳梗塞患者32例(無症候性18例、有症候性14例)の上記経過を6年経過後検討した。・脳梗塞患者33例(無症候性19例、有症候性14例)に桂枝茯苓丸エキスを投与し、6-12ヶ月の経過を検討した。
6.釣藤散の基礎薬理学的研究:各種障害モデル(虚血誘発記憶障害モデル、スコポラミン誘発記憶障害モデル、セロトニン神経系障害モデル、マイネルト基底核破壊モデル)を作成し、釣藤散の効果を検討した。
7.・中枢コリン作動系に及ぼす加味温胆湯の作用機序:ラット胎児前脳基底野細胞中のCholine acetyltransferase(ChAT)活性、NGFmRNAの発現を指標に加味温胆湯の痴呆モデルに対する作用機序を検討した。
結果と考察
1.40例の検討結果では、HDS-Rは、投与時24.7点から12週後には28.4点と有意に改善したが、AS、SDSは変化を認めなかった。 頭重感、めまい感などの自覚症状は改善傾向を認めた。
2.・SBI群(52名)は、平均76才とSBIなし群(127名)の平均72才に比し有意に高齢であったが、全脳平均血流、SDS、AS、岡部スコア、Kohs'IQ、ADLには有意差を認めなかった。・白質障害有群(PVH2-3、59名)は白質障害無し群(PVH0-1、120名)に比し有意に高齢で(77才 vs 72才)、岡部スコア、Kohs'IQが有意に低く、SDSとASが高く、ADLの低下がみられたが脳血流には有意差を認めなかった。・全例においてASは年齢、岡部スコア、Kohs'IQ、SDSの有意な相関を認めたが、脳血流とは相関を認めなかった。年齢とAS、SDSを加えた重回帰分析では岡部スコア、Kohs'IQいずれに対しても年齢に次いでASの関与が大であった。ADLに対してはASが最も関与していた。
3.症例1は82才、女性。繰り返す褥瘡に帰耆建中湯が有効で、内服を継続することにより、新たな褥瘡の再発はない。症例2は59才、女性。直径2cmの褥瘡と周囲の皮下に直径10cmのポケット形成があった。帰耆建中湯内服後、皮膚の色は正常になり褥瘡は治癒した。症例3は85才、男性。過去2回瘻孔を伴う皮膚潰瘍の手術を受けたが治癒せず、帰耆建中湯内服後、皮膚潰瘍消毒時に強い痛みを訴えるようになった。同部の血流の改善が示唆され、同方を継続し、潰瘍、全身状態ともに改善した。症例4は64才、女性。心筋梗塞後、脳死状態になり、仙骨部に褥瘡を形成した。褥瘡は難治であったが、帰耆建中湯で治癒した。
4.PSVはM1群(334.2±35.7cm/s)で、C群(83.0±20.8cm/s)より有意に大きかった(P<0.0001)。また、PSVと狭窄度は、正の強い相関がみられた(r=0.87、P=0.01)。
5.・脳梗塞患者の長期観察では、無症候性脳梗塞患者の17例中8例(47%)が、有症候性脳梗塞患者10例中6例(60%)が10個以上のラクナ多数群に移行した。また、有症候性群は無症候性群に比し白質障害の程度、脳室の拡大も進展しており、神経症候の変化は明らかでないにも関わらず、HDS-Rの増悪を認めた。・桂枝茯苓丸エキスの6-12ヶ月の投与では、SPECTによる脳血流の増加とHDS-Rの改善傾向を認めた。
6.釣藤散は、虚血、スコポラミンおよびセロトニン神経系障害モデルの学習記憶障害に対して用量依存的な改善効果を示した。また、虚血あるいはp-chloroamphetamine (PCA)投与による脳内セロトニンの減少が確認された。
7.・蛋白質リン酸化阻害剤、cyclic AMP依存性阻害剤の前処置により加味温胆湯のChAT活性は阻害された。含有生薬の遠志のNGF誘導作用も同薬物により阻害された。
健常高齢者の無症候性脳血管障害では、SBIよりも白質障害が、言語性、動作性認知機能やうつ状態、やる気のなさに関与し、社会活動性の低下に関係していることが示唆された。また、脳梗塞患者の長期観察では、神経症状は不変にもかかわらず、ラクナ梗塞、白質障害、HDS-Rの進展を認めた。これら障害に対して桂枝茯苓丸の短期間の検討であるが、脳血流改善例を認め、HDS-Rの改善も認めた。寝たきり老人の難治性の褥瘡に対して帰耆建中湯の有効性が初めて示唆された。基礎研究では釣藤散の学習記憶障害改善作用は釣藤鈎中成分のセロトニン受容体に対する直接的な刺激作用による可能性が示唆された。一方、加味温胆湯の痴呆改善の作用機序として構成生薬の遠志のcyclic AMP-PKA pathway への関与が示唆された。
結論
無症候性脳血管障害の精神症状に及ぼす影響と桂枝茯苓丸の効果を検討した。白質障害の関与が明らかになり、桂枝茯苓丸の脳血流改善作用と抗痴呆効果が示唆された。また、急性期の虚血性脳血管障害における超音波検査の有用性が明らかになった。一方、釣藤鈎、遠志の各生薬に中枢神経系に与える抗痴呆効果が示唆され、和漢薬の有用性が臨床及び基礎研究の両面から明らかになりつつある。

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