高齢者の中枢神経機能の改善とにおける鍼灸刺激

文献情報

文献番号
199700660A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の中枢神経機能の改善とにおける鍼灸刺激
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
丁 宗鉄(東京大学医学部助教授)
研究分担者(所属機関)
  • 八瀬善郎(関西鍼灸短期大学教授)
  • 吉田章(大蔵省印刷局東京病院大蔵技官)
  • 春山克郎(北里研究所東洋医学総合研究所診療部医長)
  • 丹沢章八(明治鍼灸大学大学院教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
8,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者の神経、免疫、内分泌系に対する鍼刺激の影響を総合に検討した。 
1) 加齢モデル動物において神経、免疫、内分泌系に対する鍼灸刺激の効果確認と作用機序の解明。 2) 健常若年者及び健常高齢者の中枢神経活動に対する鍼灸刺激の比較。3) 精神神経障害、循環障害に有する高齢者の中枢神経活動に対する鍼灸の効果。
4) 鍼刺激による視神経乳頭部の網膜中心動脈の血流への影響。 5) 視覚誘発電位,随伴陰性変動や循環動態に対する古典的鍼刺激と電気刺激の比較。以上の諸点を明らかにして高齢者のQOL向上に対する鍼灸治療の位置付けを行う。
研究方法
[動物実験] 雌性C57BL/6Crマウスを卵巣摘出し更年期障害のモデル作製した。両側の腎兪穴相当部位に皮内鍼を刺入し、手術翌日よりStep through 型記憶・学習装置を用い記憶・学習能試験を行なった。
[臨床研究] 対象、移行型植物症、完全型植物症に対して、鍼治療前後の脳血流を測定し臨床症状の比較を行った。パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、捻転ジストニー、について鍼灸治療を行い、経過を追って臨床症状ならびに筋電図所見を検討した。
[視神経血流測定] 60才以上の老年者ボランティアに、左右の風池に、15分間置鍼を行った。視神経乳頭部の網膜中心動脈の最高流速、最低流速、平均流速、血管抵抗値を測定した。
[古典的鍼刺激と電気刺激の比較] 健康成人12名の合谷に手による刺激と低周波電気刺激を行い、視覚誘発電位(VEP),随伴陰性変動(CNV)循環動態の比較を行った。
[中枢神経機能への影響] 70才以上の高齢者93名を対象に運動療法単独群とTranscutaneous Electrical Acupuncturepoint Stimulation (TEAS)併用群を対象に痴呆スケール、HDS-Rを指標にして効果を検討した。また通常のケアとTEAS併用患者のキセノンCTによる脳血流量を検討した。
結果と考察
[動物実験] マウスの脳のノルエピネフリン(NE)量は卵巣摘出後20日目で偽処置群に比べて大脳皮質、腹側海馬、嗅脳で有意に低値であった。セロトニン(5-HT)量も腹側海馬、嗅脳で有意に低値を示し、大脳皮質、背側海馬では低下傾向が認められた。これに対して腎兪穴鍼刺激群ではすべての部位でNE, 5-HT量の有意な増加が観察された。脾臓マイトージェン活性については、他の経穴と比較して腎兪穴鍼刺激群において有意な亢進が観察されたことから刺入部位の特異性が示唆された。
[中枢神経障害への効果] 鍼治療によって意識レベルの明らかな改善の認められた移行型植物症の2症例ではSPECTにより脳血流の増加が認められ、意識レベルの改善が認められた。 
パーキンソン病について、週1回の鍼治療で治療前安静時には筋電図波形の高振幅の異常放電を認めたが抜鍼後、振幅の減少を認めた。捻転ジストニー(萎縮性斜頸)は、鍼治療開始前は腹臥位で僧帽筋で著明であった異常放電は頸肩部への鍼治療で減少した。最も臨床症状の著しい姿勢での鍼治療を行い、症状の憎悪するような姿勢負荷でも頭位、筋緊張の改善を認め、併用薬剤を軽減することもできた。
[視神経血流測定]9例の平均流速(MN)は、鍼刺激直後低下した後、増加した。血管抵抗値(PI)は、刺激直後やや上昇した後、低下傾向を示した。MN値の増加、PI値の低下はいずれも血流 の増加を示すものである。また、同時に測定した、Hb量は刺鍼後一過性に上がり、後に減少した。組織酸素飽和度(StO2)には変化がみられなかった。実際にエコー上血管径が拡大している所見が得られた症例もあった。
[古典的鍼刺激と電気刺激の比較] 手による刺激では、VEPは、P100、N145における潜時の延長とP100における振幅の増加が、認められた。CNVは、400-1000msec 間のエリア面積は減少傾向を示した。循環動態は、拡張期血圧と総末消血管抵抗が有意に減少した。心拍出量は増加傾向を示した。低周波電気刺激では、VEPは、潜時N75が刺激により有意に短縮した。振幅には、手による刺激と同様に、P100の振幅は有意に増加した。CNVは、400-1000msec 間のエリア面積は、増加傾向を示した。循環動態は、心拍出量は増加傾向を示した。
[QOLへの影響] 全体として運動療法群及びTEAS併用群ともに8週間の治療でHDS-Rおよび老人生活スケールのスコアが増加し、改善する傾向を示した。改善した項目はHDS-R項目では日時の見当識、言葉の遅延再生、5つの物品銘といった項目であり、老人生活スケールでは聴覚と摂食以外のすべての項目であった。しかも傾向としてはTEAS併用群のほうが改善した症例が多かった。更にHDS-Rと老人生活スケールのスコアの変化の関連性を検討したところ、両方ともに改善する症例はTEAS併用群で多く見られた。TEASの作用機序の一端を解明するためにデイケアに通院する高齢者10名を対象に局所脳血流量の測定を行った。老年痴呆やアルツハイマー型痴呆では一般的には皮質血流量の測定をキセノンCTを用いて行った。その結果、治療8週間目で皮質血流量は概ね増加傾向を示した。
パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病など神経変性疾患は加齢により出現頻度が直線的に増大する。その病因はなお不明であるが、一部中枢の循環低下が関係しているといわれている。鍼灸の神経変性に対する適応と限界を検討することは極めて重要なことである。
眼底血管は、脳血管の枝とみなすことができ、眼底組織の循環動態は脳血管系の循環動態を知る重要な指標となる。また、眼底の血管は、生体中で直接容易に観察でき、血流を測定できる唯一の血管であり、中枢神経系の有用な情報を与えてくれる。眼底動脈血流の鍼刺激による変化を測定すると視神経内の動態の血流動態が改善されていることが明らかとなった。
実際鍼治療に反応し状態が改善される。植物症の患者や高齢者で脳血流が低下している症例には脳血流も増加していることが確認された。
結論
1)鍼刺激は脳血流だけでなく大脳皮質、海馬、嗅球などのカテコールアミン類の変化も改善していることが示唆された。またこの変化は比較的早く現われることが示された。また鍼刺激によりNK細胞が増加など免疫系が賦活化されることが示唆され、経穴特異性があるものと推定できた。
2)中枢神経系の障害により意識レベルが低下し植物状態になった症例に鍼灸治療を行い症状の改善SPECTにおいて脳血流の改善を認められた。
3)パーキンソン病ので置鍼時間を短縮しても筋緊張の緩和、振戦へ効果がみられた。治療時間の縮小と刺激量の軽減は高齢者治療に良好な結果をもたらす。坐性斜頸の治療に鍼治療を継続することで、筋緊張の緩和、姿勢の改善を認め、併用薬剤の減少が可能となった。
4)鍼刺激は、微細な刺激で眼底血流を変化させ、脳血管系の循環動脈に影響を及ぼす可能性が示唆された。
5)中枢神経疾患をもつ高齢者に対しては、従来の古典的鍼刺激より低周波刺激の方が適してることが示された。しかし、循環器系に問題を有する場合には、古典的鍼刺激の方が好ましいと考えられた。
6)既存の療法にTEASを併用させることによってHDS-Rのスコアは増加する傾向補を示した。このことからTEAS併用療法は高齢者の痴呆予防あるいは軽度痴呆に対する治療法としての可能性が示唆された。
7)デイケアあるいはデイケアにTEASを併用させる治療は、皮質脳血流量を増加させる効果があることが示唆された。

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