併存疾患に注目した認知症重症化予防のための研究

文献情報

文献番号
202316002A
報告書区分
総括
研究課題名
併存疾患に注目した認知症重症化予防のための研究
課題番号
21GB1002
研究年度
令和5(2023)年度
研究代表者(所属機関)
秋下 雅弘(東京大学 医学部附属病院 老年病科)
研究分担者(所属機関)
  • 小島 太郎(東京大学大学院医学系研究科)
  • 亀山 祐美(梅田 祐美)(東京大学医学部附属病院 認知症センター)
  • 田村 嘉章(東京都健康長寿医療センター)
  • 堀江 重郎(順天堂大学大学院 医学研究科 泌尿器外科学)
  • 山口 泰弘(自治医科大学附属さいたま医療センター 呼吸器内科)
  • 山本 浩一(大阪大学 医学系研究科 老年・総合内科学)
  • 海老原 孝枝(杏林大学 医学部)
  • 鈴木 裕介(名古屋大学医学部附属病院地域連携・患者相談センター)
  • 仲上 豪二朗(東京大学大学院医学系研究科 老年看護学/創傷看護学分野)
  • 石川 譲治(地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター 循環器内科)
  • 松原 全宏(東京大学医学部附属病院)
  • 八木 浩一(東京大学 医学部 医学系研究科 消化管外科学)
  • 溝神 文博(国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 病院 薬剤部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 認知症政策研究
研究開始年度
令和3(2021)年度
研究終了予定年度
令和5(2023)年度
研究費
6,664,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 加齢に伴い併存疾患と薬剤数は増加し、認知症者も同様だと考えられるが、実態はよくわかっていない。また、糖尿病、高血圧は認知症者の管理手法が議論され、指針化されているがそれ以外の疾患ではない。認知症者に対する過少医療も懸念される。外科手術や急性疾患治療では認知症のために治療できないことも経験する。手術や化学療法に伴い認知症の重症度はどの程度進行するのか、また、せん妄や転倒などの有害事象はどの程度発生するか、低侵襲手術や多職種によるチーム医療が導入された最先端の医療現場で検証する必要がある。
 そこで本研究では、「認知症の併存疾患管理ガイドブック」の作成をゴールとして、必要な調査研究と作業を行うことを目的とし、以下の5項目を実施する。
研究1.認知症者の併存疾患とその管理実態につき、基幹病院、介護施設、地域で実態調査を行う。
研究2.認知症者の併存疾患(高血圧、糖尿病、心疾患、排尿障害等)からみた場合の認知症の有無と重症度、併存疾患の管理状況につき、各専門医療領域の現場で実態調査を行う。
研究3.認知症者の外科手術(胃癌・食道癌、)と肺炎入院を対象に、認知症重症度の変化、有害事象の発生などを解析する。
研究4.認知症者に対する薬剤師の介入に関する調査。
研究5.「認知症の併存疾患管理ガイドブック」を作成。

研究方法
(1)認知症者の併存疾患と治療・管理の実態調査
 認知症疾患医療センター・基幹病院老年科、老人保健施設、地域(呉市)コホートにおける認知症者の割合とその併存疾患、管理状況の実態調査
(2)認知症者の併存疾患・外科手術・肺炎入院の調査
 高血圧、糖尿病、心不全、外科手術、肺炎、泌尿器疾患患者における認知症頻度と管理について前向き調査
(3)認知症併存疾患ガイドブック作成
臨床課題について文献レビューとガイドブック作成、相互査読を行い出版した。
結果と考察
(1)認知症者の併存疾患と治療・管理の実態調査
地域では65歳以上の12%に、大学病院入院患者(82歳)の48%に、在宅医療患者(85歳)の90%に、老健施設入所(86歳)の81%に認知症を認めた。どのコホートでも認知症者では非認知症に比べ高血圧、脂質異常症、糖尿病、肺炎、心不全、骨粗鬆症、尿失禁の併存が有意に多かった。
(2)認知症者の併存疾患
・高血圧:外来高血圧患者(312名、77歳)で認知機能低下(MMSE≤27点)は109名(35%)、認知症レベル(MMSE≤23点)は24名(7.7%)。1年後、認知機能非低下群142名のうち40名が認知機能低下(コンバート)に、認知機能低下群81名のうち33名(41%)が改善(リバート)。コンバート群は、認知機能維持群より高齢(76.8歳vs. 73.9歳、p<0.05)で、家庭血圧が高く、1年間の握力の低下が大きかった。多変量解析では、リバートに関連する因子として高握力(オッズ比0.80, 95%CI 0.68-0.94)が抽出された。
・糖尿病:外来糖尿病患者406名(79歳)のMMSE≤23は14%。縦断研究 (平均観察1218日)で身体機能が低下(TUG時間の延長、歩行速度の低下)しているものは、認知症の新規発症が多い。
・心不全:入院患者399名(平均年齢85.8歳、女61%)において、DASC-21スコア31点以上が65%に認められた。25か月フォローで33%が死亡。道順の見当識の低下を認めた患者は、総死亡(HR=2.148)、心不全再入院(HR=2.138)が有意に増加。
・肺癌:159例中、検査・治療を控えた38例(24%)。うち4例は認知機能低下で検査が行えなかった。
・肺炎:肺炎入院108名(85歳) MMSE≤23は誤嚥性肺炎の88%・細菌性肺炎の85%。入院中せん妄は誤嚥性の24%、細菌性の12%に出現。
・胃食道がん手術で入院した60名の術前MMSE平均は26.7点。 MMSE≤23は5名(10%)。術後せん妄は23%。
・過活動膀胱:外来200人(女68%)で MMSE≤23 35名(18%)。
・褥瘡:非認知症者と比較して重度認知症では、高度褥瘡治療のうち手術率が低かった。
・薬剤師の介入で退院時の薬剤数減少、有害事象発生率が低下(重度認知症で80%から30%に)した。
・Multimorbidity:外来(レセプトn=61,158)2年間で認知症の増悪(自立度低下)は20%、女性(OR 1.24)、大腿骨骨折入院(OR 1.27)、PIMsの使用(OR 1.16)がリスク。
結論
 高血圧と糖尿病の外来コホート縦断研究において身体機能の低下(握力や歩行速度)が新規認知症発症に共通して関係していた。胃・食道癌手術は、認知機能が保たれた患者の18%に術後せん妄が生じた。誤嚥性肺炎入院でも24%にせん妄が生じた。認知症のために褥瘡の手術や肺癌精査ができない現状がみられた。

公開日・更新日

公開日
2024-06-03
更新日
-

研究報告書(PDF)

研究成果の刊行に関する一覧表
倫理審査等報告書の写し

公開日・更新日

公開日
2024-06-03
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

文献情報

文献番号
202316002B
報告書区分
総合
研究課題名
併存疾患に注目した認知症重症化予防のための研究
課題番号
21GB1002
研究年度
令和5(2023)年度
研究代表者(所属機関)
秋下 雅弘(東京大学 医学部附属病院 老年病科)
研究分担者(所属機関)
  • 小島 太郎(東京大学大学院医学系研究科)
  • 亀山 祐美(梅田 祐美)(東京大学医学部附属病院 認知症センター)
  • 田村 嘉章(東京都健康長寿医療センター)
  • 堀江 重郎(順天堂大学大学院 医学研究科 泌尿器外科学)
  • 山口 泰弘(自治医科大学附属さいたま医療センター 呼吸器内科)
  • 山本 浩一(大阪大学 医学系研究科 老年・総合内科学)
  • 海老原 孝枝(杏林大学 医学部)
  • 鈴木 裕介(名古屋大学医学部附属病院地域連携・患者相談センター)
  • 仲上 豪二朗(東京大学大学院医学系研究科 老年看護学/創傷看護学分野)
  • 石川 譲治(地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター 循環器内科)
  • 松原 全宏(東京大学医学部附属病院)
  • 八木 浩一(東京大学 医学部 医学系研究科 消化管外科学)
  • 溝神 文博(国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 病院 薬剤部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 認知症政策研究
研究開始年度
令和3(2021)年度
研究終了予定年度
令和5(2023)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢に伴い併存疾患と薬剤数は増加し、認知症者も同様だと考えられるが、実態はよくわかっていない。また、糖尿病、高血圧は認知症者の管理手法が議論され、指針化されているがそれ以外の疾患ではない。認知症者に対する過少医療も懸念される。外科手術や急性疾患治療では認知症のために治療できないことも経験する。手術や化学療法に伴い認知症の重症度はどの程度進行するのか、また、せん妄や転倒などの有害事象はどの程度発生するか、低侵襲手術や多職種によるチーム医療が導入された最先端の医療現場で検証する必要がある。そこで本研究では、「認知症者の併存疾患管理の手引き」の作成をゴールとして、必要な調査研究と文献検索を行うことを目的とした。
研究方法
研究1.認知症者の併存疾患と治療・管理の実態調査を認知症疾患医療センター、老年科、老健、地域呉市のデータで行ない、認知症患者の割合、どのような併存疾患をもっているか調査した。
研究2. 認知症者の併存疾患
高血圧、糖尿病、心不全、呼吸器疾患、排尿障害の外来における認知症の割合、治療に与える影響、認知症を悪化させる因子について検討した。
研究3.認知症者の外科手術・肺炎入院の調査
胃癌・食道癌手術入院における認知機能の評価、誤嚥性肺炎と細菌性肺炎入院時と退院時のADL、虚弱スケールの調査を行った。
研究4.認知症者に対する薬剤師の介入に関する調査を行った。
研究5.文献を精読し「認知症の併存疾患管理ガイドブック」を執筆、相互査読を行った。
結果と考察
(1)認知症者の併存疾患と治療・管理の実態調査
地域(呉市のレセプトデータ)では65歳以上の12%に、大学病院入院患者(82歳)の48%に、在宅医療患者(85歳)の90%に、老健施設入所(86歳)の81%に認知症を認めた。地域住民の認知症者の併存疾患は高血圧56.2%、糖尿病32.1%、心不全35.3%、COPD10.3%であった。どのコホートでも認知症者では非認知症に比べ高血圧、脂質異常症、糖尿病、肺炎、心不全、骨粗鬆症、尿失禁の併存が有意に多かった。在宅医療を受けている患者の45.1%に認知症の診断がなされているが、DASC-21を全例に施行したところ認知症の可能性ありは92.8%に見られ、認知症の診断を受けていない認知機能低下者(隠れ認知症)が多いこともわかった。
(2)・高血圧患者(312名、77歳)で認知症レベル(MMSE≤23点)は24名(7.7%)。1年後の認知機能の悪化や改善に握力が関係していた。
・糖尿病:外来糖尿病患者406名(79歳)の縦断研究 (平均観察1218日)で身体機能が低下(TUG時間の延長、歩行速度の低下)しているものは、認知症の新規発症が多かった。
・心不全入院患者399名(86歳)において、DASC-21スコア31点以上が65%に認められた。25か月フォローで33%が死亡。道順の見当識の低下を認めた患者は、総死亡、心不全再入院が増加。
・肺癌初診159例中、検査・治療を控えた38例(24%)。うち4例は認知機能低下で検査が行えなかった。胃癌・食道癌手術入院で認知症者は3%であった。
・肺炎入院108名(85歳) MMSE≤23は誤嚥性肺炎の88%・細菌性肺炎の85%。入院中せん妄は誤嚥性の24%、細菌性の12%に出現。誤嚥性肺炎では約1か月の入院期間中にBarthel index、CFS(虚弱スケール)が有意に低下し50%しか自宅退院できていなかった。
・過活動膀胱外来200人うち MMSE≤23 35名(18%)。抗コリン薬内服は14%使用で、63%にβ3受容体作動薬が選択されていた。
・入院中の薬剤師介入で、認知症者の薬剤数を減らし、薬物有害事象を減らせた。認知症診療に多職種連携が有効である。
・レセプトデータから2年間で認知症の増悪(自立度低下)は20%、女性、大腿骨骨折入院、PIMsの使用がリスク。

結論
高血圧と糖尿病の外来コホート縦断研究において身体機能の低下(握力や歩行速度)が新規認知症発症に共通して関係していた。心不全で「道に迷って家に帰ってこられなくなる」患者は、再入院や死亡が増えていた。
大学病院に紹介される胃・食道癌手術患者は、認知機能が保たれた患者だが、18%に術後せん妄が生じた。誤嚥性肺炎でも24%にせん妄が生じ、入院前に比べ退院時ADLと虚弱スケールの有意な悪化がみられ、入院中のADL維持は課題である。肺癌が疑われるも認知機能低下を理由に侵襲的な精査治療を差し控える現状、重症認知症者は、褥瘡の治療において高度な褥瘡治療手術を控える現状がみられた。大学病院での胃・食道癌手術も認知症者は3%しかおらず、認知症があるとそもそも大学病院に手術を依頼しない可能性も考えられた。
認知症と併存疾患のシステマティック・レビューを行い「認知症の併存疾患管理ガイドブック」の出版を行った。

公開日・更新日

公開日
2024-06-03
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

行政効果報告

文献番号
202316002C

成果

専門的・学術的観点からの成果
糖尿病、高血圧は認知症者の管理ガイドラインが指針化されているがそれ以外の疾患ではない。認知症者に対する過少医療も懸念される。今回、糖尿病、高血圧だけでなく、心不全、肺炎、胃食道癌手術、肺癌、排尿障害、薬物治療に関する前向き症例登録による臨床的な実態調査を行った。認知症と併存疾患のシステマティック・レビューを行い、成果物として「認知症の併存疾患管理ガイドブック」を執筆、専門家による査読を経て完成させた。認知症者の併存疾患治療が適切に病院、高齢者施設、在宅で行えると幅広く実践で使えると反響があった。
臨床的観点からの成果
高血圧と糖尿病の外来コホート縦断研究において身体機能の低下(握力や歩行速度)が新規認知症発症に共通して関係していた。心不全で「道に迷って家に帰ってこられなくなる」患者は、再入院や死亡が増えていた。胃・食道癌手術患者は、認知機能が保たれた患者の18%に術後せん妄が生じた。誤嚥性肺炎入院は入院前に比べ退院時ADLと虚弱スケールの有意な悪化がみられ、入院中のADL維持は課題である。認知症者の併存疾患の管理に対し指針が必要であり、エビデンスに基づいたガイドブックを作成した。
ガイドライン等の開発
関連ガイドラインと文献検索に基づき❶ 認知症❷ 精神症状(睡眠障害・うつ・せん妄)・てんかん❸ Multimorbidity❹ 高血圧❺ 糖尿病❻ 呼吸器疾患❼ 誤嚥性肺炎・摂食嚥下障害❽ 心不全❾ 透析❿ 胃・食道癌手術⓫ 大腿骨近位部骨折⓬ 骨粗鬆症⓭ 転倒⓮ 便秘⓯ 下部尿路症状⓰ 褥瘡⓱ 感覚器障害(聴覚・視覚・嗅覚)⓲ 薬剤師⓳ 介護施⓴ 在宅医療。2023年8月7日の班会議でエビデンス読み合わせを班員で行い、14名に査読依頼し修正の上、2024年3月8日南山堂より刊行された。
その他行政的観点からの成果
認知症者のポリファーマシー、薬剤師の介入による減薬や有害事象の減少、高齢者施設における実態調査を行った。日本老年薬学会(代表理事:秋下雅弘)の高齢者施設の服薬簡素化提言ワーキンググループ(代表:秋下雅弘、溝神 文博、大河内二郎ら)において、高齢者施設の服薬簡素化提言を2024年5月に発表している。文献による考察の上、服薬回数を減らす「簡素化」の手順は対象となる薬剤の特定、多職種での変更の協議、方変更の実施などの段階のフローチャートを公開している。厚生労働行政に対して貢献できる内容である。
その他のインパクト
研究成果を複数の学術集会で発表した。「認知症の併存疾患管理ガイドブック」の刊行により、広く医療関係者に普及した。認知症専門医療,各疾患の専門医療,外来・在宅医療,介護施設など認知症に関わるすべての医療現場の医師のみならず,看護師や薬剤師など多くの職種の方にとって.従来の書籍には書かれていない有用な情報が得られる書籍となった。今後、定期的に改訂を重ね、英語版の作成で海外にも広く普及できるガイドブックである。

発表件数

原著論文(和文)
2件
原著論文(英文等)
51件
その他論文(和文)
0件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
65件
学会発表(国際学会等)
14件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
1件
認知症の併存疾患管理ガイドブック
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Hasegawa s, Mizokami F, Kameya Y,et.al.
Machine learning versus binomial logistic regression analysis for fall risk based on SPPB scores in older adult outpatients.
Digit Health , 9 , 20552076-  (2023)
https://doi.org/10.1177/20552076231219
原著論文2
Hasegawa S, Mizokami F, Arai H. et.al.
Investigation of geriatric syndromes associated with medication in Japan using insurance claims data.
Geriatr Gerontol Int. , 24 (1) , 61-67  (2024)
doi: 10.1111/ggi.14755.
原著論文3
Mizokami F, Hasegawa S, Arai H.et.al.
Authors' reply to the letter to the editor on" Managing geriatric syndromes: necessity of pharmacists' involvements" by Kojima
Geriatrics & Gerontology International. , In press  (2024)
https://doi.org/10.1111/ggi.14859
原著論文4
Suzuki Y, M, Akishita M, Umegaki H, et al.
COVID-19 pandemic increased the risk of prescribing potentially inappropriate medications to older adults.
Geriatr Gerontol Int , 23 (7) , 579-581  (2023)
DOI: 10.1111/ggi.14623

公開日・更新日

公開日
2024-06-12
更新日
2024-06-18

収支報告書

文献番号
202316002Z