高齢者の諸臓器機能低下に対する漢方薬の効果に関する研究

文献情報

文献番号
199700659A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の諸臓器機能低下に対する漢方薬の効果に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
三潴 忠道(飯塚病院漢方診療科部長)
研究分担者(所属機関)
  • 三潴忠道(飯塚病院漢方診療科部長)
  • 伊藤隆(富山医科薬科大学医学部)
  • 横澤隆子(富山医科薬科大学和漢薬研究所)
  • 下手公一(医療法人壽生会寿生病院)
  • 佐藤弘(東京女子医科大学附属東洋医学研究所)
  • 小林豊(国保町立ゆきぐに大和総合病院和漢診療科)
  • 二宮裕幸(愛媛大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
東洋医学的な「腎」は生命現象の根源にかかわる機能単位である。また「脾」は食物の消化・吸収に関与し、生命誕生後の「気」(生命エネルギー)補給にかかわる重要な単位である。ここで東洋医学的に老化あるいは老化に伴う病態に対する治療法を考察すると、「腎虚」の治療を中心に「脾虚」治療などが重要である。ところで、一般に加齢と共に全身諸臓器の機能は低下し、単一の疾患に罹患してもその影響が多臓器に及び、あるいは複数の疾患が併存しやすい。したがって、治療手段(薬)も多種類が必要となりがちで、QOLや経済的負担の問題が生じやすい。ここで、東洋医学的な腎虚や脾(気)虚に着目した治療は、より少ない治療手段(漢方方剤)で有病老人を加療しうると考えられる。また疾患の有無にかかわらず、虚弱な老人の身体諸臓器の機能を改善し、疾病罹患の予防にも役立つものと推測される。そこで以下の観点から東西両医学的に検討している。
1) 腎虚の代表的治療方剤である八味地黄丸、あるいは気虚の代表的治療方剤の補中益気湯による、高齢者を中心とした複数の病態や愁訴に対する治療効果と適応病態の検討。2) 老化あるいは腎虚・気虚、それらの治療薬の適応病態における現代科学的なパラメーターの検索とその治療前後における変化。
研究方法
1.八味地黄丸あるいは補中益気湯の投与基準に合致する症例における各種パラメーターの検討。八味地黄丸群は42例、平均68.9歳、補中益気湯群は12例、平均71.8歳。自覚症状をもとに八味地黄丸投与基準(案)、腎虚、患者愁訴、脾虚に関連した症状によりそれぞれスコアを設定した。服薬4週間前後のスコアの変化、老化関連物質として血清AGE(advanced glycation end-products )、MDA(malondialdehyde)について検討した。(三潴忠道)2.八味地黄丸の副腎アンドロゲンに対する影響の検討。老化あるいは八味地黄丸の効果の指標としてDHEA-S(dehydroepiandrosterone-sulfate)に着目した。健常人に八味地黄丸を投与し、7日間および4週間の血中DHEASやcortisol、尿中17OHCS, 17KS、症状による各種スコアに及ぼす影響について検討した。(伊藤 隆)3.高齢者の各種病態における漢方方剤の効果の検討。?八味地黄丸投与基準を満たす60歳以上の脳梗塞後遺症患者11例を対象として、八味地黄丸の4週間服用前後における、うつ状態(自己評価表、SDS)、ADL(Barthel Index)、意欲減退(Apathy Scale)などの症候と、Xe(ゼノン133)を用いた脳血流の変化を観察した。(下手公一)?漢方治療をおこなった慢性腰痛患者146例について、年齢別に臨床像、有効率、有効方剤などを検討した。(小林 豊)?補中益気湯、八味地黄丸、大棗(対照)を4週間服用した3群の高齢者について、血液生化学や精神神経学的検査など各種の指標を検討した。(二宮裕幸)?漢方治療の骨代謝回転マーカーに与える影響について、C型慢性肝炎あるいは肝硬変の6症例を対象に検討した。(佐藤 弘) 4.近位尿細管障害に対する漢方薬の作用について。補中益気湯の構成生薬である人参含有のginsenoside-Rdをラットあるいは細胞培養培地に付加し、近位尿細管障害を引き起こすcephaloridineに対する細胞保護作用について検討した。
結果と考察
1.八味地黄丸投与前後あの検討:腎虚スコアは前値57.5±17.7から4週間後には31.3±16.4に、八味地黄丸スコアも36.0±12.7から31.8±13.9にいずれも低下した(p<0.05)。血清AGEは有意(p<0.02)に低下した。MDAは低下傾向を示した。AGEの改善度は腎虚スコアの改善度と正の相関があり、八味地黄丸スコアの改善度とも正相関が認められた。2.八味地黄丸の7日間投与により尿中17OHCS/Crは21.4%低下、17KS-S/17OHCSは51.5%上昇した。4週間投与群は対照群に比べ、血中DHEA-Sが25%高値で、2週間後の時点で尿中 17KS-S/Crの上昇が認められた。3.高齢者の各種病態における漢方方剤の効果。?6例が軽症、5例が重症例であった。SDSスコアは軽症全例で改善し、平均53.1点から28点になった。重症例でも3例で改善した。Apathy Scaleもほぼ前例で改善した。局所脳血流を測定した5例中2例で血流の増加とApathy Scaleの顕著な改善が認められた。?漢方治療が有効であった腰痛患者は100例であった。有効方剤は八味地黄丸(含、牛車腎気丸)が多く47例で、60歳未満の39例中12例(30.1%)であったのに対し、60歳以上では有効61例中35例(57.4%)と特に効率であったであった。?補中益気湯、八味地黄丸、大棗を投与した3群の比較では、補中益気湯投与群でBarthel Indexの上昇(ADLの改善)が認められた。またvW因子関連抗原は補中益気湯投与群および八味地黄丸投与群において低下した。?漢方治療5カ月前後において、骨代謝回転マーカーは有意な変動を示さなかった。4. Wister系雄性ラットにcephaloridineを静注前にginsenoside-Rdを経口投与したところ、尿浸透圧の低下や尿蛋白排泄量の現象が認められ、ginsenoside-Rdの腎保護効果が認められた。(近位尿細管の壊死の程度、脂質過酸化の指標となるMDAも低下し、ラジカル消去酵素活性は上昇した。LLC-PK細胞の培養系においても、ginsenoside-Rはcephaloridine添加による細胞内からのLDH
逸脱を用量依存的に抑制した。これまでに報告したように、八味地黄丸あるいは補中益気湯は高齢者ほど臨床に応用される頻度が高い。本年度の腰痛患者に対する有効処方の検討でも明らかとなったように、この傾向は特に八味地黄丸において顕著である。また八味地黄丸を投与することで愁訴が改善し、腎虚スコアや八味地黄丸スコアが改善した。すなわち漢方医学的な診断(証)の妥当性が示唆されたが、さらに個々の漢方方剤の適応病態について客観化していく必要がある。高齢者において特に問題となる精神・神経系の機能低下について、脳血管障害後遺症患者を対照に検討した。その結果、八味地黄丸投与後に脳血流量の改善が確認され、同時に意欲やうつ状態の改善も認められた。症例数の増加や観察期間の延長により、ADLなどの改善も確認されつつある。老化に対するパラメーターとしては、年齢以上に明確なものがない。しかし漢方方剤の適応と有効性の検討のため、いくつかの指標について検討してきた。このうち血中AGEは年齢と相関して上昇することを確認し、既に報告した。AGEはその生成や病的な意義について未だ充分に解明されてはいないが、ラジカルとの関連、Alzheimer病における関与なども報告され、老化関連物質と考えられる。八味地黄丸服用により腎虚スコアが改善すると共に血中のAGEが低下した。すなわちAGEは腎虚の指標となる可能性が示唆された。同様にDHEA-Sも老化に対する八味地黄丸の適応や効果の指標となる可能性が示唆された。補中益気湯についてはAGEの低下作用は認められたが症例数が少なく、今後の検討課題である。しかしその主要構成生薬である薬用人参のサポニンは、セファロリジンによる腎障害を軽減し、老化の一因であろう酸素ストレスに対し防御作用を有する可能性が示唆された。骨代謝については症例数が少なく、また1年後の検討において骨形成マーカー(タイプ1コラーゲン)の上昇が観察されたことから、今後の検討が必要である。
結論
八味地黄丸を漢方医学的な診断基準に従って用いた場合、高齢者の腎機能障害や神経伝達速度、気管支喘息などの病態(以上既報)、腰痛を改善し、脳血管障害後遺症患者の意欲やうつ状の軽減と共に脳血流を増加させるなどの作用が認められた。これらの八味地黄丸の効果は、各種の老化や「腎虚」、八味地黄丸適応病態にともなう症候の改善を来し、虚弱老人の全身機能にも好影響を及ぼすものと推測される。老化あるいは八味地黄丸適応症とその改善の指標として、AGE、DHEAは有力で、他のパラメーターも含めてさらに検討が必要である。

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