高齢者のストレスと不安に関する研究

文献情報

文献番号
199700655A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者のストレスと不安に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
藤井 滋樹(公立学校共済組合東海中央病院)
研究分担者(所属機関)
  • 久保木富房(東京大学)
  • 早野順一郎(名古屋市立大学)
  • 水野信義(日本福祉大学)
  • 榊原雅人(公立学校共済組合東海中央病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、高齢者用ストレス評価質問紙を作成しつつ、高齢者に特徴的なストレスや不安状況を社会的な背景要因と共に明らかにしてゆくことである。同時に、主観的なストレス反応と生理的ストレス反応との関連、ストレス反応の背後にある認知的要因、さらには運動による心身状態の改善効果などの予備的検討を行い、高齢者のストレスと不安について心身医学的な視点から総合的に検討することを意図している。
今年度は、高齢者用ストレス質問紙を作成するための基礎資料を収集する目的で、加齢に伴うストレス反応の特徴を検討すること、ストレス反応と個人の認知スタイル(物事の受け取り方の個人差)との関連を予備的に検討すること、さらに、長期の運動療法による高齢者のストレス軽減効果を検討することを目的とし、高齢者のストレスと不安について多軸的な観点から考察を行った。
研究方法
1.加齢に伴うストレス反応の特徴:対象は40代から60代までの健常成人男女計405名である。ストレスチェックリスト86(以下、SCL86)質問紙によって行動反応、心理反応、身体反応の各得点を比較検討した。2.認知スタイルとストレス反応:対象は健常大学生73名とし、認知スタイルは日本語版irrational belief test(以下、IBT)によって不合理な信念の程度を、ストレス反応はSDS、STAI-?によって抑うつ、不安傾向(特性不安)を測定した。不合理な信念の程度と抑うつ・不安傾向の関係を検討するために、IBT7因子の
得点を抑うつまたは不安得点に対する説明変数として各々の重回帰分析を行った。3.高齢者の運動療法によるストレス軽減効果:対象は特別な運動習慣をもたない健常高齢者計45名とし、運動群23名と非運動群22名に分けた。12週に渡って水中歩行、リズム運動、筋力強化、水中浮遊リラクセーションなどのプログラムを施行した。非運動群に対しては、同期間を従来どおりの生活習慣で過ごすよう指示した。ストレス状況は特性不安、感情プロフィール検査(以下、POMS)の下位尺度(緊張-不安、抑うつ-落ち込み、怒り-敵意、活気、疲労、混乱)によって評価した。
結果と考察
1.加齢に伴うストレス反応の特徴:加齢に伴って、ストレス行動反応は男女とも低下し(p<.05~.01)、心理反応は男性において「不安・抑うつ」因子が増加し(p<.01)、女性では「不安・抑うつ」、「不眠」などの得点が減少した(p<.01)。一方、身体反応は男性において「消化器症状」は減少するものの(p<.05)、「疲労」、「循環器症状」は有意に増加していた(p<.05~.01)。女性では、「疲労」、「消化器症状」、「自律神経症状」などの得点が減少していた(P<.05~.01)。今回の検討において、行動反応は加齢によって男女ともに低下する傾向にあること、心理反応では男性において「不安・抑うつ」が増加するのに対し女性では減少していたこと、身体反応では男性で「疲労」、「循環器症状」が増加するのに対し女性では減少していたこと、などの結果が見出された。これら加齢によってストレス反応の様相が異なることが示されたが、一方でストレスイベントの多寡を表すストレッサー項目の変化については比較検討できず、これらの知見がストレスに対する反応なのか単に加齢による変化なのかを結論づけることは困難であった。今後はこれらの点を参考にしながら、高齢者のストレス評価を目標としてSCL86の改訂作業を進める予定である。
2.認知スタイルとストレス反応:重回帰分析の結果、SDS得点とIBT「協調主義」項目得点との間の標準偏回帰係数は-0.24(p<.05)、「外的無力感」項目得点との間の標準偏回帰係数は0.43(p<.01)であった。一方、STAI-?得点は、IBTの「外的無力感」項目得点との間に0.51(p<.001)の標準偏回帰係数が見出された。認知スタイルと精神的ストレス反応の関連を検討するにあたり、不合理な信念と抑うつおよび不安傾向との関係を分析した。結果に示されたように、抑うつ得点とIBTの「協調主義」に負の連関、同じく抑うつ・不安両得点と「外的無力感」項目に正の連関が見出された。これらの結果から、抑うつ傾向の高い者では社会との関係性もしくは連帯感に関した信念が低下し、さらに、抑うつや不安傾向の高い者では過去や外的な事象をコントロールできないという信念をより強くもっていることが示唆された。本検討は若年者における認知スタイルとストレス反応の相関関係を分析した。今後は高齢者のデータと比較検討しながら、さらに認知スタイルとストレス反応の因果関係を説明できる研究が必要である。
3.高齢者の運動療法によるストレス軽減効果:水中運動初回において状態不安は運動群において有意に低下した(p<.001)。また、12週間後では、特性不安は運動群において低下したが(p<0.01)、非運動群には変化はみられなかった。一方、POMSの緊張-不安、怒り-敵意、混乱は運動群で低下したが(p<.05~.01)、非運動群ではいずれも低下しなかった。水中運動を実施することによって、短期的効果として運動直後に状態不安の低下が見られ、長期的運動効果として、感情プロフィール検査の緊張-不安、怒り-敵意、混乱などの得点が低下した。感情プロフィール検査のうち、活気に関する得点には変化がみれなかったことから、高齢者の運動療法では陰性感情の改善に効果があることが示唆された。この結果の背景には、体力の増加、日常生活動作の向上、生理学的な変化などの可能性が考えられ、今後、運動療法による心身への影響を詳細に検討するために生理学的指標の変化を考慮する必要があろう。
結論
加齢に伴うストレス反応の特徴、認知スタイルとストレス反応の関連、運動療法によるストレス軽減効果を検討した。主な結果として、心理・身体的ストレス反応は加齢に伴って男性では増加する傾向があったのに対し、女性では減少していたこと、物事の受け取り方を反映する認知スタイル(不合理な信念)のうち、社会的連帯感に関する認知や外的事象への無力感の認知が抑うつや不安傾向と関連していること、さらに、比較的長期にわたる高齢者の水中運動によって、特性不安や感情プロフィール検査によって表される陰性感情が低下すること、などが見出された。
これらの知見を基礎として、今後は、1)高齢者用ストレス評価スケールを開発する、2)認知スタイルとストレス反応の関連性を高齢者において検討する、3)水中運動療法におけるストレス軽減効果を心理・生理学的な観点から詳細に検討する予定である。高齢者ストレス評価については、さらに、さまざまな社会背景因子を考慮しつつ、高齢者の生活の改善、介護や治療などのあり方が真に役立っているかどうかについても実際的な考察を加えていく予定である。

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