高齢者の身体的自立に必要な体力レベルとライフスタイルに関する研究

文献情報

文献番号
199700642A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の身体的自立に必要な体力レベルとライフスタイルに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
松村 康弘(国立健康・栄養研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 国吉幹夫(南勢町立病院)
  • 岩岡研典(東京女子大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、高齢者の一人暮らし世帯や高齢者夫婦のみの世帯の割合が増加しているが、それに伴って、高齢化にともなう身体的不活動による脆弱な高齢者の増大が予想される。このような状況においては、高齢者一人ひとりが介助なしに自立した生活を営むことが要求される。それには「自分の身の周りの始末は自分でできる」程度の体力を保持しておくことが必要となり、その体力の中でも全身持久力と脚筋力は重要な要素となる。しかし、脆弱な高齢者が自立した生活を営むために必要な体力の維持・向上に必要な身体活動レベルやライフスタイルについては明らかにされていない。
そこで本研究班では、高齢者が自立した生活を営むための体力レベルの解明と、その体力レベルの維持に関連するライフスタイルを明らかにすることを目的に、?成人女性の運動能力の加齢変化とその測定に関する検討、?中高年齢女性の日常身体活動水準、身体作業能力に及ぼすトレーニングの効果に関する検討、?高齢者における食習慣、筋力と骨量の関連に関する検討、?地域における高齢者の体力と生活活動能力との関連に関する検討、?都市部および農漁村部の高齢住民における体力レベルとライフスタイルの関連に関する横断的検討、?農漁村部の高齢住民の体力レベルとライフスタイルの経年変化に関する検討を行った。
研究方法
?18~76歳の80名の女性を対象に運動能力の測定(形態、柔軟性、足圧中心動揺、脚伸展パワー、10m歩行、3分間シャトル歩行)と健康状態や体力に関する主観的評価(Visual Analog Scaleを用いた質問票)を実施した。?運動習慣のない43~66歳の女性6名を対象に10週間のトレーニング実験(週1回、60分間の運動プログラム:ストレッチング、リズム体操、ダンベル体操、筋力トレーニング、バドミントン:運動強度は1~5週は60%HRmax、6~10週は70% HRmax)を行い、その前後での形態、柔軟性、下肢筋力、歩行能力、1日平均歩数、骨密度、血液性状、栄養素摂取状況(秤量法)の比較を行った。?三重県N町の住民で、骨粗鬆症の治療歴や脳血管障害の既往のない181名(男61名、女120名)(平均年齢59±11歳)を対象として、CXD法による左右の第2中手骨の骨量、脚伸展パワー、脚伸展力、握力を測定し、食習慣(牛乳、魚類、肉類の摂取頻度)に関する質問紙調査を行った。?三重県N町の60~82歳の住民695名を対象として、体力測定(脚伸展パワー、脚伸展力、握力、開眼片足立ちの4項目)を行った。日常身体活動状況は簡易質問票を用いて、階段昇降、青信号中の道路の横断、椅子からの起立、バスや電車の椅子からの起立、エスカレータの乗り降り、水たまりの飛び越し、最近1年間の転倒経験の有無等について調査した。?東京都(都市部)および三重県N町(農漁村部)に在住の60歳以上の男女を対象として、約1000名についての体力(脚伸展パワー、脚伸展力、握力、開眼片足立ち、ステッピング)を測定するとともに、日常生活活動状況、生活習慣調査を行っている(3年計画)。?3年前に行った農漁村部の60歳以上住民の体力測定および生活習慣調査と同じ測定・調査を行い、縦断的検討を行っている(3年計画)。
結果と考察
?形態、歩行能力、平衡機能、脚伸展パワーと年齢との間には2次の曲線関係が認められた。脚伸展パワーは年齢と高い正の相関を示し、また足圧中心動揺や歩行能力と高い正の相関が認められた。歩行能力(10m 直線・ジグザグ歩行、3分間シャトル歩行)は年齢や他の運動関連変数と有意に関係していた。高年齢群では体力や人間関係満足度、総合的な幸福度などの主観的評価と脚伸展パワーや歩行能力との間に有意な関係が認められた。
?日常生活で実施可能な低頻度・低~中等度強度のトレーニングを10週間にわたって行ったところ、身体活動水準(1日あたりの平均歩数)がトレーニングの進行にともなって有意に高まり、歩行能力(10m ジグザグ歩行時間、3分間シャトル歩行距離)と脚筋力にトレーニング前後で有意な変化が観察された。一方、形態、柔軟性、骨密度に関しては、トレーニングによる有意な変化はみられなかった。
?男女とも相対脚伸展パワー(W/kg)、相対脚伸展力(kg/kg)、握力は年齢と負の相関を示し、特に握力にその傾向が強かった。中手骨の骨量と筋力とは男女とも正の相関を示した。骨量を従属変数、年齢、BMI、脚伸展パワー、脚伸展力、握力、睡眠時間、運動習慣、牛乳、魚類、肉類摂取頻度を説明変数とした重回帰分析結果では、男性では握力、睡眠時間が正の関連を示す変数として採択され、女性では年齢が負の関連、握力が正の関連を示す変数として採択された。
?日常生活活動能力項目の障害の有無により得点化し、7項目の合計点を生活活動能力指数として、体力レベルとの比較を行ったところ、男女とも体力レベルの高い者は日常生活活動遂行能力が優れている結果であった。また、日常生活動作遂行能力と脚伸展力、脚伸展パワー、握力および開眼片足立ちとの間にはいずれも有意な正の相関が認められた。7項目の生活活動項目のいずれにも障害のない者の平均脚伸展パワーは9.1W/kgであった。
?都市部および農漁村部の60歳以上住民約340名に対する測定および調査票調査を行い、そのデータベース化がほぼ終了し、横断比較に関して解析中である。
?3年前に行った体力測定の対象者である農漁村部の高齢者(ベースライン時60歳以上)110名を対象として、3年前と同様の測定を行った。脚伸展パワーは3年の間に有意な低下を示したが、脚伸展力、握力、開眼片足立ちの低下は認められなかった。その他の項目との関連については、現在解析中である。
以上の結果から、高齢者が自立した生活を営むのに必要な体力レベルを解明するための体力測定項目として、脚伸展パワー、脚伸展力、歩行能力が有用であることが、?成人女性の運動能力の加齢変化、?地域の高齢者の体力と生活活動能力との関連に関する検討によって示唆された。
高齢者の体力レベルを反映すると考えられる脚伸展パワーに関して、Youngらは階段を昇るのに必要な利き足の脚伸展パワーを2~3W/kgと提唱しているが、本研究では7つの生活活動すべてを遂行するために必要な脚伸展パワー(両足)が9W/kg前後であることが示唆された。この点については、さらに日常生活活動の分析を進めるとともに、他の集団についても検討を行う必要があると考えられた。また、運動習慣のない中高年齢女性を対象とした低頻度・低~中等度強度のトレーニングでも、日常生活の活動水準が高まり、歩行能力と脚筋力を高めることができることが示唆された。
高齢者のQOLの低下をもたらす骨折を予防するためには、転倒および骨量に影響を及ぼす要因の検討が必要である。本研究では、中手骨の骨量は男女とも上腕筋力を反映する握力と正の関連が認められたが、脚筋力との関連は有意ではなかった。このことは各部位における骨量と筋力が相関することを示唆しているものと考えられた。
結論
高齢者の体力レベルを反映する指標として脚伸展パワーが有用であり、自立した日常生活を送るのに必要な脚伸展パワーの水準の1つを提示した。今後、この体力レベルの妥当性の検討を行うとともに、その体力レベルを維持するためのライフスタイルに関する検討を都市部および農漁村部の住民を対象として、横断的および縦断的に検討していく。

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