高齢社会における医療・保健・福祉制度と高齢者の人権

文献情報

文献番号
199700640A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢社会における医療・保健・福祉制度と高齢者の人権
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
斎藤 正彦(東京大学医学部精神医学教室)
研究分担者(所属機関)
  • 飛鳥井望(東京都精神医学総合研究所)
  • 新井誠(千葉大学法経学部)
  • 伊藤淑子(北海道医療大学)
  • 冷水豊(上智大学文学部)
  • 三宅貴夫(弥栄町国民健康保険病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
100,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
介護保険の導入によって、これまで公的セクターがほとんど独占してきた福祉サービスにも、民間のサービスが参入しようとしている。一方で、これを利用する高齢者の人権を守るための法制度は事態の急激な変化に十分対応しきれていない。この研究は、意思能力あるいは行為能力に障害がある高齢者が、医療、保健、福祉制度の中で、出来る限り自律を保ち、それがかなわない場合でも人道的な処遇を受けることを保証する制度のあり方を検討することを目的としている。
研究方法
テーマ毎の研究方法を略記する。
1,意思能力の欠陥と高齢者の人権保護制度に関する研究:痴呆症のために意思能力に欠陥があると考えられる高齢者の人権問題が、民事裁判、家庭裁判所での係争に至った事例を上げて精神医学的に分析を加えた。
2,高齢者在宅ケアにおけるサービス利用者の個人情報保護に関する研究:在宅高齢者ケアでは、多職種あるいは多機関の間で、高齢者の個人情報を共有し活用する必要があるが、一方で、高齢者の個人情報が保護されなければ、これらの人々のプライバシーは侵害され、様々な犯罪の危険が高まる。この研究では、国際的な基準を考慮して、わが国における個人情報の共有と保護のための制度について考察した。
3,高齢社会における高齢者の資産活用と財産保護の方法に関する研究:財産を担保にした生活資金の融資、財産の保全、管理、有効利用等に関する制度を、対象となる高齢者のタイプ別に、法律的観点から検討した。
4,痴呆性老人の保健・医療・福祉のサービスにおける「不適切と思われるケア」の実態に関する調査:社団法人呆け老人を抱える家族の会員に対して、保健・医療・福祉施設内で経験した、痴呆老人に対する不適切な処遇についてアンケート調査を行った。
5,保健福祉サービスの決定・実施過程における高齢差者の自己決定権に関する研究:意思能力が不十分な痴呆症などの高齢者が、特別養護老人ホーム入居等の措置を受ける場合の自己決定権の位置づけ、対応の現状などについて、福祉事務所職員へのヒヤリング調査を行い、あわせて、オンブズマン制度について文献的調査も行った。
6,家族による高齢者に対する不適切対応に関する研究:北海道内601の保健、福祉機関を対象に、在宅高齢者の不適切処遇の実態についてアンケート調査を行い、同時に、各機関の取り組みについて調査した。
結果と考察
「意思能力の欠陥と高齢者の人権保護制度に関する研究」では、痴呆症等のために、意思能力に欠陥のある高齢者を、有料老人ホームに入所させる場合、および入居後に行動を制限する場合の法手続きが存在しないこと、人権の侵害が起こった場合にこれを救済する手段が少ないことが明らかにされた。この他、民事鑑定や裁判に関する精神医学的診察手続きや、意思能力に関する精神医学的判定基準が、現代社会における必要に十分答えていないこと、禁治産における後見人の行動を監督する必要性が、高まる可能性を示唆した。
「保健福祉サービスの決定・実施過程における高齢差者の自己決定権に関する研究」では、意思能力に欠陥のある高齢者が、特別養護老人ホーム入居を申請する場合、家族の意向がその決定に大きなウェイトを占めていることが示唆された。高齢者自身の自律を最大限尊重しその人権を擁護するために、福祉専門職の重要性が検討された。
「高齢者在宅ケアにおけるサービス利用者の個人情報保護に関する研究」では、OECD理事会勧告による、個人データ保護に関する国際的ガイドライン、わが国における行政機関の保有する電子計算機処理に係わる個人情報の保護に関する法律など、個人情報保護の視点と、ケアマネジメントの思想に裏付けられた、チームケア、情報共有化の必要性という視点を合わせて、両者の共存する方策を探った。
「高齢社会における高齢者の資産活用と財産保護の方法に関する研究」では、居住用の資産を担保に生活資金を融資する財産活用サービス、財産を盗難、搾取などから守る財産保全サービス、重要な支払いの代行など、財産管理サービス、及び財産を有効利用するための財産有効利用サービスについて、各々の実例を挙げ、利用者の生活状況との対応が検討された。
「痴呆性老人の保健・医療・福祉のサービスにおける『不適切と思われるケア』の実態に関する調査」では、サービス機関を利用した家族の3分の2が、何らかの不適切な処遇を経験していることが明らかにされた。グループホームや老人ホームの長期入所、病院・診療所の入院、老人ホームや老人保健施設のショートステイ利用者では、いずれも40%以上が、自分の家族に対する不適切なケアを目撃していた。
「家族による高齢者に対する不適切対応に関する研究」では、316機関中、100機関から211例の在宅ケアにおける不適切な対応の事例が報告された。こうした事例に対する組織的な対応は不十分で、特に専門機関からの支援が少ないことが指摘された。
高齢のために、行為能力が障害され、生活に援助が必要となったとしても、自宅における生活であれ、施設における生活であれ、高齢者の自律は最大限に尊重されなければならない。意思能力に障害が生じた場合も、その能力が可能な範囲で、自己の望む生活が保障されるべきである。
意思能力の障害があると、本人あるいは周囲の人の保護のために、時には自己決定の権利に制限を加えなければならない事態が起こりうる。本人の意思に反して、その処遇を決定する場合は、当然のことながら、こうした「保護のための強制」が乱用されないようなデュープロセスが必要があり、その後の処遇に関して、問題があったときに、自ら助けを求める能力のない高齢者を救援するためのセーフガードが必要である。
この研究は、わが国の高齢者ケアの様々な場面で、こうした法手続、モニター制度、救済制度が不十分であることを明らかにした。高齢者の生活支援においては、あまりに頑ななデュープロセスは、人権侵害の防止には役立つものの、一方で、柔軟な臨床的活動の手足を縛り、結果として、サービスの質を低下させることにもなりかねない。臨床の柔軟性を保ちつつ、高齢者の人権を担保する制度が望ましい。この研究では、経済的な側面からの高齢者援助、アドボカシーやモニター制度、保健、福祉機関と医療機関などの連携による介入などの可能性について検討を加えた。
結論
痴呆症などのため意思能力に障害のある高齢者の処遇に、不適切な対応が少なからず存在すること、有料あるいは公的な施設入所におけるデュープロセスが欠如していること、これらの場所で起こる人権侵害に対して、救済策が不十分であることを明らかにし、さらに、意思能力を判定する精神医学的基準も、現代社会の問題に十分追いついていないことを示した。これらの問題について、既に行われている人権擁護のための活動に触れながら、解決の方向を示した。

公開日・更新日

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