高齢者支援のための高度技術の応用

文献情報

文献番号
199700639A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者支援のための高度技術の応用
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
星宮 望(東北大学大学院工学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 上野照剛(東京大学大学院医学系研究科)
  • 山口隆美(名古屋工業大学大学院工学研究科)
  • 島田洋一(秋田大学医学部整形外科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、機能的電気刺激(FES)、磁気計測・磁気刺激、バーチャルリアリティといった高度技術を応用した高齢者支援機器を開発することを目的とする。FESに関しては、起立・歩行等の下肢運動機能の補助・再建を中心とした臨床応用及び周辺機器の開発を進め、麻痺や筋力低下に起因する寝たきりを予防し、日常生活動作の獲得や生活の質の向上を実現する。磁気計測・磁気刺激に関しては、SQUIDを用いた生体磁気計測により生体機能解明を図り、生体の無侵襲診断システムの構築を目指し、また、脳神経磁気刺激を利用した神経系の機能検査法の開発や静磁場の医療応用のための基礎的な検討を行う。そして、今後の高齢化社会において重要になると予想される在宅高齢者の健康管理・介護サービスを、バーチャルリアリティを利用したハイパーホスピタルに組み込むための技術開発を検討する。
研究方法
1.機能的電気刺激(FES)
(1)FESシステムの実用性向上に関して、刺激データの作成や調整に利用可能なFES動作のシミュレーションシステムの開発、多彩な動作を再建するたの刺激データの作成法、システム操作インターフェイスの改善について検討する。
(2)FESの臨床応用を推進するために、ハイブリッドFESシステムの開発、治療的電気刺激における刺激条件について検討する。
(3)次世代FESシステムの開発のために、筋疲労検出法、ブロック刺激の利用、神経情報の検出とそのFES制御への応用について検討する。
2.磁気計測・磁気刺激
(1)高分解能SQUID磁束計による生体磁気計測、(2)腫瘍形成のパルス磁場制御の可能性、(3)腫瘍のある脳への磁気刺激に関する計算機シミュレーション、(4)生体への強磁場効果について検討する。
3.バーチャルリアリティ
医療スタッフが不足する地域や、病院が遠隔地にあるために通院が困難な患者、定期的に健康状態を測定する必要がある患者等を支援するために、患者側と医療機関等のサポート側を接続し、動画像・音声を交換すること、患者の心電図、体温といったアナログ臨床データをサポート側からの操作でリアルタイムに取得することを可能にする在宅患者支援システムについて、公衆通信網を用いて実現することを検討する。
結果と考察
1.機能的電気刺激(FES)
(1)簡略化した筋骨格モデルを用いて、対麻痺者の起立をシミュレーションする基本システムを構築した。また、肘関節に関する筋腱-骨格系の結合モデルとして、筋腱の生体内での配置を考慮した経由点を設定することにより、健常者の刺激実験の結果の一部において、良い一致が得られた。
肩関節屈曲角度を種々固定して計測した肘屈曲時の筋電図を線形補間することにより、肩関節角度が変化する場合の肘屈曲動作の筋電図も近似的に生成できることを確認し、補間に基づく刺激データ生成法の有効性を確認した。また、上述のシミュレーションシステムを用いて、動的最適化手法により起立動作の刺激データを自動生成することに成功した。
四肢麻痺者でも利用可能な頭部のうなずき動作でシステムを操作するインターフェイス、ならびにこれを利用した文字入力システムを人工神経回路を利用して試作し、健常者でのうなずき認識実験、文字入力実験を行い、本システムの有用性を確認した。
(2)T8完全対麻痺患者を対象とし、従来のWalkaboutの外側膝継ぎ手部分をフリーとしたものとロックしたものとでFESによる歩行を比較した。その結果、歩行速度、歩調、ステップ長のいずれも膝フリーで有意に優れており、生理的歩容に近かったことを確認した。下肢動作の再建は、障害者や高齢者の自立を支援する上で重要であり、本研究では、実用性を考慮して装具を併用したハイブリッドFESを採用した。ここで改良した装具は、より生理的な歩行に近い動作を目指したものであり、患者自身も、この装具を併用したハイブリッドFESが最も使い勝手がよいと述べている。今後のスタンダードタイプとなることが期待される。
ラットの後肢が床に着かないように固定し、刺激周波数20、50、75、100Hzの条件で総腓骨神経に電気刺激を3週間行った。20Hz群、50Hz群では被刺激筋の筋湿重量の減少が観察されたが、75Hz群、100Hz群では筋湿重量の増減に関して有意差はみられなかった。
(3)ラットにおいて、20、50、100Hzのブロック刺激により有意に筋張力が低下することを確認した。さらに、ある程度長い時間の刺激において、50、100Hzのブロック刺激により筋疲労が抑制されることを確認した。
刺激パルス列の一部をダブルパルスとすることにより、誘発筋電図から、より早期に、かつ明確に筋疲労を推定することが可能になることを示唆する実験結果を得た。
外部から機械的刺激を与えた時に末梢神経束から神経インパルスを計測し、その波形を統計学的手法を用いて分類することにより、与えた外的刺激を推定する手法について、実現可能性を示した。
2.磁気計測・磁気刺激
(1)聴覚刺激、視覚刺激をラットに与えたときの脳磁場を計測し、単一電流双極子を仮定して電流源を推定することに成功した。しかし、聴覚刺激による電源推定に若干の相違があり、個体差及び位置決め精度、麻酔の種類に問題があると考えられた。視覚刺激の場合には推定精度が低く、網膜磁場も計測された。推定精度の低さは、網膜の電源の単一双極子の非適合と視覚脳磁図と網膜磁場の混在等によると考えられる。今後広がりを持った電源推定モデルを用い、視覚脳磁図の電源を推定する方針である。
(2)正常細胞と腫瘍細胞で、連続パルス磁気刺激や温度刺激によるHSP70の発現をタンパクレベルで比較した。40℃の熱刺激によりHSP70の発現の増強が認められ、磁気刺激を同時に与えた場合の方が発現が増強される傾向があった。また、腫瘍細胞の方が正常細胞に比べ発現の増強が認められた場合があった。より強い熱刺激では、短時間の後に非常に強いHSP70の発現の増強を認めたが、磁気刺激の有無による差は認められなかった。これらの結果から、磁気刺激は、ある適度なストレス刺激下においてそのストレスの耐性を獲得するまでの適度な時間においてのみ、生体に対して影響を及ぼす可能性が示唆された。本研究では、磁気刺激装置の規格により17mT以上の強度では実験を行わなかったが、磁気刺激の刺激強度や頻度、刺激波の種類、細胞の種類を変えること等により、本研究以上に磁気刺激の生体に対する影響が認められる可能性はある。
(3)磁気刺激による神経興奮に対する不均一領域の影響を、脳腫瘍を例に神経興奮特性の計算機シミュレーションにより調べた。正常組織と病的組織の導伝率の差に着目し、磁気刺激による誘導電場とその空間微分を計算した結果、不均質境界面において電界勾配のピークが現れ、この部分に神経が存在していると、興奮が起こりやすい場合と抑制される場合があることを明らかにした。
(4)生体への強磁場効果として、生物発光強度の磁場下での抑制効果、皮膚体温が強磁場下で低下する効果、血液への酸素溶解や赤血球への酸素吸着が磁場下で促進する効果などが見出された。
3.バーチャルリアリティ
試作した在宅患者支援システムでは、患者側の作業は、患者に心電図や体温、脈拍、血圧等のセンサを装着し、パソコン本体の電源を入れれば完了する。回線の接続やソフトウェアを起動する操作はすべてサポート側から遠隔制御されるため、患者はキーボードやマウスを使わずにサポートを受けることができる。接続後は、カメラ、マイクを通して診断等のサポートを受け、必要に応じて臨床データが送信される。本システムでは、伝送するべきデータとして、リアルタイムアナログ医療情報、動画像、音声等を対象とした。これ以外の、在宅患者の健康管理や介護サービス、病院の医師による診察等に必要な診療データは、既存の公衆通信網を使って伝送してもその目的を十分に果たし得ることは明らかである。したがって、本システムを用いれば、新たな通信システムを開発する必要がなく、通信コストも抑えられる点で、より実用的であった。
高齢者の住居形態が今後多様化することを考慮すると、在宅高齢者に健康管理・介護サービスを提供するためには、病院や施設の医療の拡充では経済的、社会的な限界がある。これに対し、地域、在宅ケアの方向が打ち出されているが、そのためには地域医療の援助体制を確立する必要がある。本研究で開発した在宅患者支援システムは、遠隔地からでも在宅患者の診療データをリアルタイムで送受信でき、有用であると考えられる。
結論
機能的電気刺激、磁気計測・磁気刺激、バーチャルリアリティといった高度技術を高齢者支援に応用するシステムについて検討を行った。本研究で得られた結果を基に、現システムの改良や新システムの開発を行いさらに研究を展開することによって、高度技術を応用した実用的な高齢者支援機器の実現が期待される。
本研究のうち、FESに関する研究の一部は、「仙台FESプロジェクト」研究グループによる共同研究の成果である。記して感謝する。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)